幕間 ユリウス
返却された杖を見て、ユリウスは気が遠くなった。
魔法を使うのに、杖は必須ではない。詠唱が主体であり、杖はあくまで補助的なものにすぎない。
それでも──ユリウスにとっての“剣”は杖だった。
そしてその杖は、両親がくれたものだった。
*
ユリウスは常に重い期待に晒されていた。
母は聖導教会の最高位、大導士ノエル。
父は彼女を支える聖騎士団長ラウレン。
誰もが、有能な二人の長男に未来を重ねた。
だが、ユリウスには戦いの才がなかった。
光魔法は使えず、どの武器も扱えない。
唯一使えたのは、父譲りの水魔法だけ。
──親の跡を継ぐ未来など、早々に諦めた。
努力でどうにかなったのは、勉学だけだった。
*
唯一の癒しは、幼い頃に会った子どもだった。
淡い金髪の下に澄んだ翠の瞳を輝かせ。
その子はユリウスの小難しい話を興味深そうに聞き、「ユリウス兄ちゃん」と呼んで、弟のように後ろをついてきた。
頼られる──。
初めてのその経験に、ユリウスは満たされた。
あれから十年。
新入生の中に“リオ”の名前を見つけた瞬間、胸が高鳴った。
言ってくれればいいのに。まったく、水臭い。
嬉々として後輩の案内役に立候補し、会いにいった。
「後輩に会えて光栄だよ」
冗談めかして笑ったユリウスだったが──
「初めまして、ユリウスさん。俺はリオです」
リオの一言で、血の気が引いた。
リオは丁寧に頭を下げる。
ユリウスは戸惑った。まさか、まさか……!
「ああ…うん。……よろしく」
こいつ、僕のことを忘れたな──!
怒りと寂しさが同時に湧き、ぎこちなく返事をして背を向けることしかできなかった。
*
「すまなかった。鋭利なものでは、フィオナを傷つけかねなかった……」
あのアレンに申し訳なさそうに謝られて、ユリウスは高速で首を横に振った。
「いえ、お役に立てたなら何よりです」
アレンがほっとしたように表情を緩める。
「同じものを探したんだが、どうしても見つからなかった。ノエルとラウレンに確認したら……特注品だったらしい」
「え……?」
ユリウスは耳を疑った。
「水魔法が得意だから、十分活かせるようにと、かなり考えられていたようだ」
半分になった杖を見下ろす。
知らなかった。そんな想いがこもっていたなんて。
アレンが続ける。
「人のことを過保護だ何だと言うが、どの口が……。いや、話が逸れたな。代わりと言っては何だが、新しい杖を作った」
「……はあ」
呆けた返事しか出ない。
アレンの口調が優しすぎて、かえって戸惑う。
「俺のせいだから任せろと言ったが、口を出してきて……少しばかり華美になったが、使ってくれると嬉しい」
アレンが差し出してきたのは、杖が入っているとは思えないほど豪奢な箱。
装飾品かと思うほどだった。
「まさかこれ……」
「バルテラン商会の逸品だ。性能は申し分ないはず」
「アレンさん……商会に伝手でもあるんですか?」
ユリウスはアレンの漆黒の服に目をやり、ゆっくりと尋ねた。
アレンはわずかに目を逸らす。
「……聞かないでくれ」
「ああ、はい」
リオといい、この親子は商会に脅されでもしているのだろうか。
ユリウスは箱を開けた。
中の杖は、元のものに似ていたが、細部の装飾が格段に美しい。
グリップの部分には白と青の小さな石が、一つずつ埋め込まれていた。
光を受け、杖がわずかにきらめく。
ユリウスは息を呑んだ。
「ありがとう……ございます……」
気の利いたことは何も言えなかった。
ただ、胸の奥が熱くて、言葉にならなかった。
ユリウスは新しい杖を握ったまま、しばらく動けなかった。
新しい杖は、ユリウスにとっての宝物になりました。




