第4話 学びの始まり
リオたちは講堂を後にし、教室へ戻る。
教室の入り口付近には、担任と思しき先生が立っていた。
漆黒に近い銀色の髪は後ろへ滑らかに流され、深紅の瞳は理知的な光を宿す。
生徒たちの動きに穏やかに目を配り、細身で高身長の体躯に灰青色のシャツと黒のネクタイ、ブラウンのズボンが落ち着いた印象を与えていた。
肩から羽織った白衣が知の場に相応しい威厳を添え、教室全体に自然と落ち着きのある空気が流れている。
「席は自由ですので、好きな席に座ってくださいね」
教室は床が少しずつ段になっており、後ろの席ほど視界が開ける。
黒板は最下段に控えめに置かれ、木製の机と椅子は備え付けの二人掛け。三列四段の配置で、どの席からも黒板や教師の姿が見やすい。
机の表面が光を柔らかく反射し、木目が教室に温かみを添えていた。
そっと差し込む外の風が心地いい。
リオは光の差し込む二列目の窓際に腰を下ろす。
段差のおかげで、前の席の生徒の頭越しでも黒板が視界に入る。
「隣いいかしら?」
イリスだ。
リオは微笑んで「どうぞ」と隣を示す。
イリスが腰を下ろすと、アリアが机の上にふわりと降りて丸くなる。
静かな温もりが、リオの心を少し和らげた。
生徒が全員席に着くと、先生は軽く頷き、準備を整える。
「担任のヴァルセリオです。六年間、よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
生徒たちの明るい声が返る。
ヴァルセリオはゆったりとした声で説明を始める。
「まずは魔法の基礎から。皆さんには、自分の属性を確かめてもらいます」
机の端に置かれた機械には半球が埋め込まれている。
ヴァルセリオが手をかざすと、半球が淡く光り、魔力の流れに応じて色が紫に変化した。
リオも手をかざすと、温かい感触が掌に伝わり、半球は淡いオレンジに輝く。
予想通りの色だった。
機械は魔力の属性を視覚化する装置で、火は赤、風は緑、水は青、光は白、闇は紫に光る。
リオが手を引っ込めると、隣のイリスの手も半球にかざされる。
半球は鮮やかな緑に光り、イリスは少しうれしそうに笑った。
「緑……やった」
リオは思わず隣をちらりと見る。
イリスの小さな喜びが、静かな教室の中でひそやかな温もりを生んでいた。
自然と周囲も笑顔になる。
「魔力は誰にでも流れており、詠唱によって属性に繋げ、現象を顕現させます。初級であれば、誰でも簡単な火花や風を起こすことが可能です。しかし、中級以上は適性によって差が出ます。まずは、自分の属性を知ることから始めましょう」
生徒たちは半球に手をかざし、色の変化に目を輝かせる。
教室の中に淡い光が散らばり、歓声交じりのざわめきが広がった。
次に剣術の説明に移る。
ヴァルセリオは落ち着いた声で話す。
「剣術といっても、武器は選択制です。まだ決まっていない場合は相談してください。さまざまな武器との戦いに慣れるため、クラス内や学年を超えた交流試合もあります」
生徒の一人が手を挙げ、興味深そうに質問した。
「狩人の長みたいに、武器を振りながら魔法を使えますか?」
リオは肩をすくめて苦笑する。
「…あの人はだいぶ特殊だから。省略詠唱みたいなものだし危険だよ、真似しない方がいい」
質問をした生徒は残念そうに手を下げた。
ヴァルセリオも穏やかに頷き、説明を続ける。
ヴァルセリオは教室前方の黒板脇に立ち、軽く地図を掲げた。
手元の指示棒を取り、地図に沿って動かす。
「こちらをご覧ください。グランゼリアは、大陸のほぼ中央に位置しています」
指示棒が地図上の大陸をなぞる。
大陸は巨大で、少しいびつな円に近い形をしており、ちょうど月のように西側内部に小さな円がくり抜かれたような構造をしている。
続いて、別の地図に描かれたグランゼリアの街の構造を指示棒で示す。
「中央の王冠区を起点に、上空から見ると、四つの扇を抱いた大円のような街並みが広がっています」
指示棒が中央の円環広場を指すと、放射状に街道が四方向へ伸びる様子をなぞる。
ヴァルセリオは指示棒をゆっくり北に動かす。
北は祈環区。聖導教会があり、光の魔法で人々を支える組織の聖堂が建っている。
東は書院区。ヴェルディア学園はここにある。
西は市場区。各地から来る商人や狩人で賑わい、揃わないものはほとんどない。
南は錬環区。ここには魔法研究を行う施設が立ち並ぶ。
生徒たちの間から、ささやきが聞こえる。
「探検してみたいね」といった小さな声が耳に届く。
最後に南に指示棒を動かしたヴァルセリオが、街区全体を包み込むように掌を広げた。
「大陸と街全体の配置をざっと頭に入れておくと、今後の学びや演習でもイメージがしやすく……」
解説中、突然、教室の窓の外で警報が鳴る。
警戒を促すような、軽く低めのブザー音が三回ほど鳴り、静まった。
「瘴気が観測されたようですね」
その言葉に、生徒たちは不安げに顔を見合わせる。
リオは音のした方向を見つめるが、目に見える異変はない。
「揺らぎは時折ありますので、心配無用ですよ」
ヴァルセリオは指示棒を脇に戻し、柔らかく頷きながら生徒たちを見渡した。
教室に再び安心感が満ち、生徒たちは肩の力を抜いた。
窓から差し込む光と、落ち着いた声が教室を包み、柔らかな空気が漂った。




