第3話 未知なる遺物
ようやく全ての解読が終わった。
リオは頭がいっぱいになって、机に突っ伏す。息が少し詰まる。
「大変だったな」
いつの間に取りに行っていたのか、アレンが水の入ったコップを渡してくれる。
「ありがとう……」
リオはそれを受け取り、グイッと飲み干す。冷たい水がひときわおいしい。
「では、まずは古代の遺物ですね」
厳重な箱が二人がかりで運び込まれ、机の上に置かれた。
いくつもの鍵がカチリ、カチリと外れ、蓋が静かに持ち上げられる。
現れたそれは、不思議な形をしていた。
人が両手で支えられるほどの大きさ。
外環の中に内環が浮かぶ複環構造──金属でも石でもない素材でできている。
光の角度で質感が変わり、皮膚がざわつくような冷たさを感じさせた。
名づけようのない材質で、ひび割れのような紋が走っている。
「まだ……存在しているのか」
アレンが視線をそらす。
声は淡々としているが、どこか苦味が混じっていた。
「ほとんどは壊れた不完全なものですが、これだけはほぼ完全な姿を保っているんです」
持ってきた研究員が、うれしそうに説明する。
「やはり……瘴気を操る道具、か」
別の研究員が息をのんでつぶやいた。
リオは顔を近づけて眺める。
「これ、動かないんですか?」
「はい。危険なので最も重要と思われる部品を取り外してあります。ほら、内環の一部が欠けているでしょう?」
ヴァルセリオに指し示された箇所を見ると、確かに何かがはまっていた跡があった。
「動かないことは確認済みです。ご安心を」
ヴァルセリオが穏やかに付け加える。
背後では研究者たちが資料を手に、興奮気味にささやき合っている。
「何の素材だ?」
「外環と内環が接していないのに、なぜ浮いている?」
リオも興味を覚え、人差し指の外側で内環をコツンと叩いてみた。
鈍い反響だけが返ってくる。びくともしない。
指先に伝わる冷たさが、胸の奥にざわめきを呼ぶ。
「これ、何で動くんですか?」
リオの声は自然と小さくなる。手が少し震えた。
ヴァルセリオが困ったように笑った。
「それも不明です。少なくとも魔力では動かないことだけは確認できています」
話を聞いていたイリスとユリウスも近づき、恐る恐る指先で外環をつつく。
「まさか……瘴気で動くなんてこと、ないよね」
ユリウスが苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめる。
「まさかー。ね、リオ」
イリスが苦笑する。
リオは解読した文字を思い返した。
──瘴気を操る。瘴気を取り込み、循環させ、放出する。
だがそれは“結果”でしかないのかもしれない。
リオは眉間にしわを寄せ、口の中で小さく呟く。
「もしかしたら、操られる瘴気は副産物で、これ自体は別の用途を持っているのかも」
頭に浮かぶのは、何度も見た“ルミナス”の文字。
その周囲に記されていたのは、悪意に満ちた言葉ばかりだった。
「例えば……攻撃とか。カルドニアの戦いでは、どんな使われ方を?」
光を受けたヴァルセリオの瞳の奥が一瞬だけ、何かを堪えるように震えた。
その優しげな人となりに、少し申し訳なくなる。
視線をアレンへ向ける。
「…………瘴気を孕んだ黒炎、黒雷。瘴気の嵐──そんな現象もあった」
アレンは俯いたまま、たっぷり間を置いて答えた。
リオは身震いした。
これが戦いに使われたら、その戦場は地獄と化す。
そのことは、容易に想像がついた。
「それじゃないかな。瘴気を炎や雷、風に変える……」
「そんな……魔法を使えばいいじゃないか」
リオは眉を寄せる。
「適性が無いと、強力な魔法は使えないじゃないですか。それに、雷の魔法なんてかなり希少ですよ」
「それは……確かに」
「なら、これを使えば誰でも戦えるのか」
研究者の一人が呟く。
その言葉に、リオの背筋がひやりとする。
「いえ、使用者にも相応の負担がかかります。そう簡単には扱えません」
ヴァルセリオの言葉に、リオは小さく息をついた。
それでも胸の奥の冷たさは、じっと消えずに残った。
不意に、背筋をなぞるような視線を感じた。
振り返るが、そこには誰もいない。
やがて、気のせいかと小さく息を吐く。
……机の上の遺物が、まるで何事もなかったかのように、静かに光を反射していた。




