第7話 痕跡なき現場
リオはアレンとともに、ヴェルディア学園の中央広場に戻った。
ヴァルセリオと数名の研究者が、フィオナの消えた位置の周辺を調査している。
「アレン!戻りましたか」
ヴァルセリオが駆け寄ってくる。
「何か見つかったか?」
「いえ、それが……何も痕跡が残っていないのです」
リオは、刃を突き付けられたかのような冷たさを感じた。
「そんな、人が一人消えて、痕跡が無いなんて……」
「何か塵でも残っていないか、魔力痕跡が無いか。全て調べましたが、何もないのです」
無言で聞いていたアレンが、ポケットから何かを取り出す。
それがユリウスの杖だと、リオは遅れて気付いた。
「それは?」
「フィオナを攫った裂け目に入れた杖だ。裂け目のこちら側に残っていた部分のみがここにある」
杖を受け取ったヴァルセリオが、断面を見て目を見開く。
「随分、綺麗な切断面ですね」
「街の方でも、空間の裂け目から瘴気魔獣が出現した」
沈黙が落ちる。
「冗談ですよね?瞬間移動なんて……」
「瘴気魔獣は、いつもどうやって現れる?」
「それは……どこからともなく、瘴気が集まって……」
アレンが、凍てつく刃で射抜くように目を細めた。
「瘴気は、何か空間的に作用できるのかもしれない」
*
リオは男子寮に向かって歩いていた。
後ろに、アレンが続く。
「父さんは……帰らないの?」
「お前の部屋、狭くはないだろ」
部屋まで来るのか。リオはぎょっとして振り返る。
「ベッドは、一人用だよ?」
「お前が使え。お前のを奪うつもりはない」
それだけ言うと、アレンはリオを追い抜いて行った。
「えぇ……」
戸惑いの声を漏らすリオ。
だが、聞きたいこともある。すぐにその背を追った。
部屋に着くと、アレンはゆっくりと中を見渡し、ベッドと反対の位置の机に手でそっと触れる。
リオは扉を閉め、静かに鍵をかけた
「父さん、何で魔法を使わなかったの?」
アレンが目線だけ振り向く。
「使っただろう。瘴気を飛ばした」
「違う!父さんの戦い方は、炎を剣に纏わせるのが主体だ!何で使わなかったの!」
部屋の中に、リオの声が響く。
「手を抜いたの?」
自分の口から出た声は、思っていた以上に低かった。
「……手は抜いていない。そう見えたなら謝るが……」
「何で、そんな冷静でいられるの!」
叫んだ瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。
目の前から消えた母の笑顔が、脳裏にちらつく。
今更ながらに、母が。フィオナがいなくなった現実が襲ってくる。
涙が溢れ、頬を伝った。
どうしよう、もう二度と会えなかったら。
どうしよう、俺だけ助かってしまった。
アレンが振り返るのが、衣擦れの音でわかる。
「取り乱したところで、何も解決しないからだ。うろたえる暇があれば考えろ、足踏みする前に動け」
「そんなの……」
できるわけがない。
そう続けようとしたとき、眼前に気配が迫った。
アレンが、リオの後頭部に手を添える。
そして額をこん、とぶつける。
「いいんだ。お前はそれでいい」
その言い方があまりに優しくて、リオはアレンの肩に顔を埋めた。
大きな手の温もりが、凍りついた心を少しずつ溶かしていく。
ああ、そうか。
リオはようやく理解した。
父は、きっとそうやって生きてきたんだ。
うろたえることも許されず、足踏みする暇も与えられず。
取り乱したところで、何も解決しない。
そんな世界で生き抜いてきたんだ。




