第2話 夜を映す来訪
職員室の前にいたのは、一組の男女だった。
男性は無駄なく整えられた淡い金髪を肩先で揺らし、蒼の瞳で隣の女性を見つめている。
白いシャツの上に黒いベストを重ね、首元には黒のスカーフタイが静かに結ばれている。
黒のロングコートは夜を映したかのように深く、立ち上がった襟が首元に影を落とし、細身のシルエットが体に沿う。
金糸の縁取りが淡い光を返し、胸元では赤い宝石が微かに揺れていた。
長い裾が風に翻るたび、腰に下げた剣が鋭い輪郭を浮かび上がらせる。
女性は長い銀髪を緩やかにまとめ、翠の瞳で穏やかに男性を見返している。
黒を基調にしたロングコートに足首までのフレアスカート。
肩から裾へと走る金糸の刺繍が、わずかな動きにも淡い輝きを宿す。
白いブラウスの首元には細い黒リボン、胸元で赤い宝石が静かに輝いていた。
腰には、素朴な木の杖をぶら下げている。
「うわあ、本物だ……」
「バルテラン商会の戦闘服じゃない?格好いい……」
周囲の生徒が息を呑む中、リオはゆっくりと足を前に出す。
見間違えるはずがない。
ざわめきの中心に近づくほど、心臓の鼓動が速くなる。
「あれ……まさか、金と銀の狩人!」
イリスの声に、歓声が弾ける。
「すごい!本物!?サインほしいわ!ねえ、リオも──リオ?」
男性がふとこちらを見た。
柔らかく細められた蒼の瞳と視線が合った瞬間、リオの胸が熱くなる。
「……父さん」
小さく漏らした言葉が、周囲の空気を凍らせた。
次の瞬間、職員室前に生徒たちの絶叫が響く。
「えええええええええっ!?」
*
急遽、職員室には生徒接近禁止令が出され、ようやく静けさが戻る。
応接ソファにはヴァルセリオ、リオ、イリス、そしてその向かいにリオの両親が腰を下ろしていた。
「本当に……どうして生徒の登校時間に合わせて来るんですか」
頭を抱えるヴァルセリオに、男性──アレンが平然と答える。
「リオがいると思って」
ヴァルセリオが低く唸る。
ちなみにリオたち一年は、今日は自習だ。
ヴァルセリオが何やら所用があるとのことだったが、まさかこれだったとは。
ユリウスは、後ろ髪引かれながら授業へ向かったため、ここにはいない。
リオはおずおずと父を見た。
涼しい瞳で出されたコーヒーを飲んでいる。
会いたいと思ってはいたが、あまりに予想外でリオも変に緊張していた。
「貴方たちは……!もっと!自分たちの存在を!把握してください!」
「ごめんなさい、ヴァルセリオさん。約束していた通り、もう少し後で来ようと思っていたんですが……夫は足が速いもので」
「つまり止めなかったんですね!一言くらい──!」
リオの母──フィオナは困ったように微笑む。
イリスがその笑みに息を呑むのがわかった。
「それで、例の薄片は?」
「ちょっと、私のせいで逸れたから戻すみたいに話を振らないでくれますか?」
アレンの問いに、ヴァルセリオが眉間を押さえる。
「古代の遺物には間違いありません。用途も効果もまだ不明ですが、結界を張る力を持つ可能性があります」
リオははっとヴァルセリオを見た。
「そういえば、最近見つかった遺物があるって……」
「はい。結界のせいで近づけないので、実物は確認できていませんが」
アレンが何かを考えるように顎に手を当てる。
「昨日、北の祈環区と、西の市場区で小規模な事件が連続発生しました。偶然とは考えにくいです。現在、狩人と聖導教会が合同で対策を練っています」
フィオナが静かに告げる。
「あ、昨日の事件、俺も──」
リオが声を上げると、アレンが柔らかく笑った。
「ああ、聞いた。よくやったな」
その一言に、リオは膝の上で拳を握る。
喜びが顔に出そうで、必死に抑えた。
「学生を巻き込みたくはないが、学園内でも事件が起きている以上、協力を要請するかもしれない。ヴァルセリオ、頼む」
「わかりました」
ヴァルセリオがうなずく。
「じゃあ、リオたちは勉強に戻りなさい。イリスも、また後でね」
フィオナがそっと立ち上がり、リオとイリスを扉へと導く。
通りざま、屈んでリオの耳元に囁いた。
「アレン、あなたのことを褒められて、とても嬉しそうだったの。見せてあげたかった」
「え……」
振り向くと、フィオナは優しく微笑んで手を振った。
その笑顔を胸に刻みながら、リオはイリスと並んで廊下を歩き出す。
「……私、夢を見てるのかしら」
「……ね」
二人の足取りは、どこか夢見心地のままだった。




