第6話 古代文明の断片
夕陽が街を淡く照らす。
「遊びに来たはずなのに、すごく疲れた……」
ユリウスがぐったりとつぶやいた。
「少しだけ、錬環区にも寄っていいかな?」
「ええ……僕は早く帰りたいんだけど」
「少しだけ!」
リオはユリウスを引きずるようにして、錬環区に向かう。
*
しばらくして、南の建物の壁を夕陽が赤く染める時間。
蒸気や魔力の残滓が橙色の光に照らされ、路地全体が揺らめいている。
炉の炎や装置の光が、建物の窓や狭い隙間から漏れ、静謐な緊張感を生む。
研究者たちはまだ白衣を羽織り、資料や魔導具を手にせわしなく動く。
金属を叩く音や低い魔力の唸りが響き、路地には小さな光の粒が漂う。実験で使われる液体や結晶がかすかに輝き、闇の中で知恵の気配を放っている。
街灯がつき始め、光と魔力の残光が入り混じる錬環区は、不思議な青白い陰影に包まれる。
蒸気の煙や温かな炉の光が、静かに呼吸するように揺れ、学問と魔法、危険と探究心が共存する雰囲気が深まった。
「昼間も思ったけど、錬環区の雰囲気、結構好きそうだよね。魔道具にも興味津々だったし」
「うん……なんかこう、わくわくするよね」
「……しないんだよね」
ユリウスから力のない声が返ってきた。
「あれ?」
リオはふと、目を止めた。
見知った人影が、通りを歩いている。
「ヴァルセリオ先生!」
「え?」
ユリウスを軽く引きずりながら、リオは駆け出す。
振り返ったヴァルセリオは目を丸くした。
「リオ君?ユリウス君まで……どうしてここに?」
「散歩です」
ヴァルセリオは瞬きし、微笑む。
「先生こそ、どうして錬環区に?」
「ああ、私はこれを届けに来たんですよ」
懐から取り出されたのは、小さな木箱。
開けると、野外訓練で拾った正方形の薄片が鎮座している。
こうして改めて見ると、瘴気に似た嫌な感じがして、リオは眉を寄せた。
──なぜだろう。
その瞬間、ふと、母の顔が浮かんだ。
「状態も非常に良いですし、解析を依頼しようかと思いましてね」
リオの目が輝き、ユリウスが「あっ」と小さく声を上げた。
「先生!俺も同行したいです!」
「いいですよ。ただし、お触り厳禁です」
「はい!」
元気に返事をするリオに、ユリウスは深くため息をついた。
*
一角の建物に入る。
用途は不明だが、さまざまな装置が並ぶ。
リオはうずうずしながらも、見るだけに留め、ヴァルセリオについていく。
研究者が現れ、ヴァルセリオを出迎えた。
後ろのリオとユリウスに少し驚いた様子だったが、すぐにヴァルセリオの持ち込んだ薄片に興味を移した。
「間違いない、マグナ・オルビスと同じ……古代の遺物ですね」
虫眼鏡を覗きながら研究者が言う。
リオは机の上に目をやる。
紙で溢れ、見覚えはあるが普段は使わない文字が並んでいた。
「古代文字だ」
リオがつぶやく。
「よくわかりましたね」
ヴァルセリオに感心され、リオは小さく笑う。
「これは、古代の遺跡から発見された遺物に刻まれた、文字の写しです。古代文字は一つの言葉で複数の意味を持つため、解読が大変で……」
研究者は疲れたように息をついた。
「今日なんて、ここの部分でもう三時間も悩んで……」
リオは研究者の指先を見つめながら考えた。
「それなら、“経路”って意味ですよ」
研究者が首をぐりんと回してリオを見る。
リオは肩を跳ねさせる。
「経路!?なるほど!となると次は……」
「あの、ちょっと。薄片の解析も頼みますよ」
「おおおおお!つまりこれはこうで、なるほど!じゃあこっちは……」
ヴァルセリオが声をかけるが、研究者は紙の束を持ち上げて歓声を上げる。
「ダメだ、聞いてない……」
ユリウスがげんなりした顔で言った。
「……帰りましょうか」
ヴァルセリオも困ったように笑った。




