第4話 小さな異常の波
リオとユリウスは引き続き市場区を歩いていた。
屋台の喧騒に混じり、風に乗った声が耳をかすめる。
「──祈環区の広場で中型魔獣が出たらしい。巡礼者が大慌てだったとか」
「噴水の水も瘴気に汚染されて避難騒ぎ。聖導士も大勢出動したって」
リオは小さく息をついた。
「北か……書院区や錬環区以外でも事件が起きてるんだ」
「普段はあんまり聞かないけどね……」
そんな会話をしながら、二人が賑わう屋台の間を歩いていると──石畳を震わせる甲高い鳴き声が響いた。
荷車の下から、猫ほどの影がふっと飛び出す。
屋台の商品が次々に薙ぎ倒され、人々の悲鳴が飛び交う。
「きゃあっ!」
魔獣だ──。
悲鳴とともに野菜や果物が宙を舞い、石畳にばらまかれた。
リオは眉を顰め、思わず呟く。
「食べ物を粗末にしたら、だめなんだよ」
「いや、怒るところ、本当にそこ……?」
ユリウスは苦笑しながらも目を細める。
リオは短く詠唱する。魔法が一瞬で魔獣を鎮めた。
すぐに散らばった食材を魔法で清め、広げた布の上に集めていく。
「ありがとうございます、どうお礼を言っていいか……」
礼として渡された赤いリンゴを手に、リオが小さく笑った頃、通報を受けて駆け付けた狩人二人と聖導士が到着した。
事情を聞かせてほしいと声をかけられ、リオとユリウスは頷く。
狩人たちはすぐに別の場所へ向かう必要があるらしい。
リオとユリウスは賑わいを離れ、彼らに従って裏道に入った。
「急に魔獣が……」
呟く狩人に、リオはリンゴをかじりながら尋ねる。
「よくあることですか?」
「あってたまるかよ……」
それはそうか。
話を交わしつつ、狩人たちと足早に移動していたその時──大通りに面した裏手で、再び悲鳴が響いた。
黒いもやを纏った狼型の瘴気魔獣が、瘴気を吐きながら人々を蹴散らしている。
「またか……!」
狩人たちが剣を抜き、リオたちも魔法で応戦する。
だが魔獣の傷口から黒い霧が吹き出すたび、影が二つ、四つと裂け増えていく。
「倒した……?」
ユリウスが息を呑む。
「まだだよ!」
リオの声と同時に、分体たちが荷馬車や屋台の影に散開する。
霧が視界を覆い、石畳は濡れて滑る。避難は困難だ。
狩人が本体を抑える間、小型の分体が人々の退路を塞ぐ──最悪の連携だ。
その時、リオの目に、霧の奥でひときわ濃くゆらめく瘴気が映る。
風の流れ、濃淡──おかしい。
本体ではない、離れた影の中……核がある。
「馬車の影!あれが本体です!」
リオの叫びに応じ、狩人の一人が本体を切り裂く。
瘴気魔獣の絶叫が響き、最後に聖導士の浄化の光が魔獣を包む。
魔獣は分体も含め、霧ごと塵へと還った。
「分裂するなんて……初めて見る型だ」
狩人が息を吐く。
*
狩人から人員不足を聞かされ、リオは無意識に思考を巡らせる。
──北に狩人も聖導士も集中している。
西で連鎖的に事件が起きれば、手が回らないのは当然だ。
「北に引きつけておいて、西で騒ぎを起こす……」
ユリウスは唇を噛んだ。
「誰かが狙ってるみたいだ」
低く呟く。
リオも同じ考えに辿り着く。──だが、その先が見えなかった。
「誰が?何の目的で?」
「さあ……」
答えのない問いだけが、霧のように胸の奥に残った。




