第5話 痕跡
森に瘴気魔獣の絶叫が響き渡った。
濃く漂っていた瘴気のもやが蒸発するように消え、異形の中身が再び露になる。
浄化の光に焼かれた毛皮が、爛れ、白い煙を立ち上らせていた。
最初に見たときは、その歪さにただ恐怖した。
けれど今は──どこか哀れにさえ思える。
瘴気魔獣が長さの違う足の一本を折り、ぐらりと傾ぐ。
まるでリオにその首を差し出すかのように。
リオは剣を握り直し、短い詠唱を口にした。
刃が風を纏う。
地を蹴り、一閃──魔獣の首を切り落とす。
ゴトリ、と落ちかけたその“頭”は、地に触れる前に塵となって消えた。
巨体もまた、ゆらりと傾きながら灰の粒子へと崩れ去っていく。
リオは息を吐き、額の汗を拭った。
久しぶりに光魔法を使ったせいで、魔力が底をつくような疲労が残る。
「リオ!やったわね!」
イリスが勢いよく飛びつき、リオは目を丸くする。
視界の端では、ユリウスが地面に腰を下ろしていた。
リオと視線が合うと、疲労を滲ませながらも肩の力を抜き、安堵の笑みを浮かべる。
「倒した…?」
「助かった……?」
恐怖で目を閉じていた生徒たちも、訪れた静寂に気づいて顔を上げた。
空へと昇っていく黒い塵を見て、次々と表情が明るくなる。
歓声が上がり、涙を浮かべながら抱き合う者、手を叩き合う者──安堵が一気に広がった。
リオはその様子を見て、頬を緩めた。
まだ自分にしがみついて喜ぶイリスを片手で支えながら、何気なく魔獣が消えた地面へ視線を向ける。
陽光を受けた土が、きらりと光った。
「イリス、ちょっと」
「どうかした?」
腕を軽くたたいて離れてもらい、リオは片膝をついて地面を探る。
指先に触れたそれを拾い上げる。
薄くて、整った正方形。
金属とも石ともつかぬ材質で、表面にはひび割れが走っている。
だが割れたというより、もとからそういう模様を持つかのようだ。
「これ、何だろう」
イリスもリオの手元をのぞき込み、首をかしげる。
「見たことないわね」
──その瞬間、言葉にならない冷たさが、ひやりと背筋をかすめた。
……何となく、触れてはいけない気がした。
リオはポケットからハンカチを取り出し、それを包む。
後でヴァルセリオに見てもらおう。
落ち着きを取り戻した生徒たちが、口々に礼を言いながらリオへ駆け寄ってくる。
尊敬のまなざしに囲まれ、リオは少し照れた。
「大丈夫ですか!?」
森の奥からヴァルセリオの声が響く。
教師二人の姿を認めた生徒たちは一斉に走り出し、勢い余って抱きつく。
倒れ込む教師と、泣き笑いする生徒たち。
リオは空を見上げた。
結界はすでに消え、遮るもののない青空に、まぶしい太陽が輝いていた。




