第4話 森に響く咆哮
リオたちは空に浮かぶ信号弾を確認しながら、森の奥へ向かった。
生徒たちの悲鳴が耳に入り、魔法光が木立の間に断続的に見える。
森を抜け、目の前に広がる光景に、リオたちは言葉を失った。
そこは、元は開けた場所などではなかった。
なぎ倒された木々、剥き出しになった地面──大きなものが暴れた結果生まれた空間だった。
イリスが中央に目を凝らし、息を止めた。
そこには瘴気魔獣がいた。
元の姿は判別できず、ただの黒い塊に見える。
黒いもやの下からは、ところどころ骨が突き出していた。
濁りきった赤黒の瞳がぎらりと光る。
わずかに見える爛れた肉の裂け目からは膿が糸を引くように滴り、濁った瘴気と錆びた鉄の匂いが辺りに漂った。
生徒たちは魔法で何とか時間稼ぎをしているようだった。
しかし攻撃が瘴気魔獣に当たっても、その跡はすぐに消える。
全ての攻撃が無駄に帰していた。
「あれは……」
固まるユリウス。
リオは一歩踏み出す。
「瘴気魔獣だよ。距離を保って、仕留めるしかない」
言い切るリオに、ユリウスの瞳が揺れる。
「そんなの…できるわけが……」
「できるよ。瘴気はあとで浄化すればいい、倒すだけなら光魔法は不要だから」
ユリウスは言葉を続けかけたが、視線が次第に定まった。
「…僕は何ができる?」
「水魔法で皆を守ってほしい。あれが何の魔獣かわからないから、対処しきれないかもしれない」
「私は?」
リオはイリスを見やる。
「攻撃を手伝って。あいつの動きを確認したい」
「わかった」
アリアがいれば、上空から状況を確認してもらえるのに。
だが、野外訓練は生徒のみの規則だ。嘆いても仕方がない。
リオは、瘴気魔獣が動く前に詠唱し、風魔法を解き放った。
魔獣に向けた手から暴風が吹き荒れ、瘴気魔獣の纏う瘴気を叩き散らす。
黒いもやが渦を巻いて四方に散り、濁った瘴気の匂いが一瞬の風とともに流れ去る。
場の空気がざわめいた。
狼、鹿、兎、熊──森にいる、ありとあらゆる動物の体の断片が寄せ集められたような、いびつな異形。
リオは息をのんで目を見開いた。
そのあまりにおぞましい姿に、場の空気は凍りつき、しばらく誰も動けなかった。
瘴気を吹き飛ばしても、魔獣は瞬く間に黒い塊へと戻る。
「リオ!」
イリスの声で我に返る。
イリスが槍を振るうが、瘴気が槍を伝って逆流し、慌てて距離を取る。
「何、あれ!?」
「わからない!」
リオも戸惑う。
こんな瘴気魔獣、聞いたことがない。
そのとき、瘴気魔獣の体から黒い腕が幾本も伸び出した。
水魔法の盾を展開するユリウスめがけ、同時にリオたちにも襲いかかる。
盾が軋む。ユリウスの顔に苦悶が走った。
リオとイリスは腕を切り捨て、風刃と槍で捌いていくが、切り落とした端から黒い瘴気が渦を巻き、瞬く間に再生していく。
リオは歯噛みした──この腕は瘴気そのものだ。
形も長さも数も自在。このままでは押し切られる。
ユリウスの盾が音を立てて割れる。
そのまま生徒の一人へ、瘴気の腕が振り下ろされる。
ナイフで受け止めた──だが止めきれない。
鋭い悲鳴が森に響く。
リオは思わず立ち止まり、迷いの中で息を詰める。
どうすればいい?何なら効く?あの魔法なら──けれどあれは使うなと言われている。
「リオ!」
今度はユリウスがリオの名を呼ぶ。
「迷うな!躊躇うな!君の父なら、きっとそう言うはずだ!」
ユリウスの言葉で、リオは詰まっていた息を吐き出した。
剣を握る手に力を込める。
「……一緒に、怒られてくれる?」
「光栄だね!」
リオはユリウスの声を聞き、胸の奥で小さく固まっていた何かが解けるのを感じた。
小さく笑い、迷いを断ち切るようにゆっくり目を閉じた──。
肩の力を抜き、声を低くして詠唱を紡ぐ。
省略はしない、完璧な詠唱だ。
瘴気魔獣が雄たけびを上げ、リオへ襲いかかる。
イリスが叫ぶ。
リオはゆっくりと目を開けた。
その瞳に白銀の炎が宿る。
「──ホーリーライト」
暖かな白銀の光が森を染め、魔獣を、そして生徒たちをも包み込んだ。




