第1話 微かな揺らぎ
リオは目を開け、眉をひそめた。
今日も風は爽やかだ。
しかし、どこか胸の奥でざわつく、嫌な感じがする。
険しい表情のまま無言で起き上がり、素早く制服を纏って身支度を整える。
剣を手に取り、窓際で靴を履くと、そのまま窓枠に足をかけた。
──寮の近くの森に、何かある。
身を乗り出し、窓から飛び降りる。
足は静かに地面を捉え、着地の衝撃を和らげた風魔法の残滓があたりを震わせる。
森の匂いと湿った土の感触が、瞬間的に緊張を呼び戻す。
駆け出そうとした、その瞬間。
肩を誰かに掴まれ、息が詰まった。
指先に緊張が走り、反射的に振り返る。
剣の柄に手を添え──
伸ばした手を宙に残したまま、呆然とこちらを見つめるユリウスの姿に、リオは我に返った。
「先輩…?」
「ああ、うん。おはよう」
臨戦の構えをとるリオと、突っ立ったままのユリウス。微妙な間が漂う。
ユリウスは首にタオルをかけ、動きやすい格好で汗を滲ませている。
「どうしたんだ?まだ朝早いのに」
「ええと、ですね…」
リオは体の力を抜き、息を整えながら答えを探す。
どう説明したものか。慌てていると、森の方から教師の一人が走ってきた。
「君たち、無事かい」
「先生?」
ユリウスが首を傾げる。
「いやー、何事もなかったみたいで何よりだよ。実は、錬環区の研究所から魔獣が逃げ出してね」
リオとユリウスが同時に息をのむ。
「足跡もほとんどなくて、追跡は困難を極めていたんだ。そんな中、学園内で発見されたものだから、総出で討伐していたんだよ」
「錬環区から?学園に?」
ユリウスの言葉に、リオは遠くを見る。
学園は森よりも高い壁に覆われていて、夜間は門も閉まっている。
「猿タイプの魔獣だったから、壁を乗り越えたのかもしれないね。まあ、偶然だよ、偶然」
教師はそう言って笑う。
「足跡がほとんどないって、そんなことあるんですか?何か痕跡は……」
「何も残ってなかったんだよ。……って、こら。君たちは首を突っ込まない」
リオが質問するが、すげなくたしなめられる。
「とにかく、逃げた魔獣が潜んでいるかもしれないから、一人で行動はしないこと。異常があったらすぐ逃げるんだよ」
登校も遅れないようにと言い残して去っていく。
その後ろ姿を見送ったリオは、ユリウスの視線を感じ、肩をビクリと跳ねさせた。
「それで?君はどうしてここに?」
「あの…すごく嫌な感じがして、それで……」
魔獣のせいだったのだろうか。
リオはしゅんとして地面に視線を落とす。
ユリウスがため息をつき、肩をすくめた。
「まったく…危ないから、一人で突っ走らないように。そういう時は僕を呼んでくれ」
「……はい」
仕方ないな、という顔でユリウスがリオの頭にポンと手を置く。
兄がいたらこんな感じだろうか──リオはそんな風に思って笑みをこぼした。




