侯爵家の財産を狙う者
リオネル殿下が追放されてから数週間後。
王都の社交界では、私――アローナ・グランツの名はますます広まっていた。冷静な令嬢、論破の女王、そして“笑顔の処刑人”。どれも私を評する異名である。
その日、グランツ公爵邸に来客があった。父の弟にあたるエグバート侯爵である。
彼は柔らかい笑みを浮かべながらも、その瞳には計算高い光が宿っていた。
「アローナ嬢、久しいな。いやあ、殿下との婚約破棄は残念だったなあ」
「ええ、叔父上。ですが、私はすでに前を向いておりますわ」
私は扇子を開き、涼やかに微笑む。だが、その裏で彼が何を狙っているのか、すでに察していた。
「実はな、アローナ嬢。今回の件で公爵家の立場も揺らいでおるだろう? そこでだ、私が“後見人”となってやろうと思ってな」
「……後見人、でございますか?」
「そうだ。お前も若い。家を支えるにはまだ経験が足りぬ。私が代わりに財産や領地を管理してやれば、家も安泰だろう」
やはり――財産狙いである。
私は静かに扇子を閉じ、姿勢を正した。
「叔父上。つまり、私が“無能ゆえに家を守れぬ”と仰りたいのですね?」
「いやいや、そうではない。ただ――」
「けれども、今の叔父上の言葉は、婉曲的にそう仰っておられるに等しいのではなくて?」
私は一歩進み、視線をまっすぐに向ける。
「確かに、私は若く、まだ未熟な部分もあるでしょう。しかし、私は十年にわたり王太子妃教育を受けてまいりました。政務、財務、礼儀作法、国際交渉……その教育の内容を、叔父上はご存じでいらっしゃいますか?」
「そ、それは……」
「私は殿下の傍らに立つために、国の財政記録を読み解き、領地の収支を監督し、農作物の輸送や関税の仕組みまで学びました。王太子妃として備えるべき力を、私が持っているか否か――それは、王宮の誰もが証言できるでしょう」
会場――すなわち同席していた他の親族たちがざわめく。
「対して叔父上はどうでしょう? 近年、侯爵領の収支は赤字続き。鉱山の収益も落ち、借財が積み重なっているとか。領民からの訴えが宮廷に届いているのも、私は耳にしております」
エグバート侯爵の顔がひきつる。
「そ、そんな細かい話は……」
「細かい話? 財産管理の話をしているのです。財政の細部を無視して“管理してやろう”と仰るのは、船の構造も知らぬまま舵を取ろうとするようなもの。無謀ではございませんか?」
私は声を少し強め、周囲に響かせる。
「公爵家の財産を守れるのは、実務に通じた者でなくてはなりません。私にはその力があります。けれども、叔父上には――おそらくございません」
その言葉に、周囲の空気が一気に変わった。誰もが「侯爵は財産目当てだ」と気づいたのだ。
「叔父上、最後に一つだけ申し上げます。公爵家は“利用されるためにある”のではございません。むしろ、血縁者であればこそ――互いを支え、誇りを守るべきなのではなくて?」
沈黙。
侯爵は何も言えず、汗を流しながら椅子に沈み込むしかなかった。
私は扇子を閉じ、軽やかに一礼する。
「本日はご足労ありがとうございました。ですが、公爵家の未来は、私が責任を持って守りますゆえ」
その瞬間、親族たちの視線は一斉に私へ集まり、賛同の拍手が広がった。
エグバート侯爵は赤っ恥をかいたまま、屋敷を後にするしかなかった。
――これもまた、ザマァの連鎖のひとつ。
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