商人ギルド会頭の高慢
王太子リオネル殿下の国外追放から数週間、王都は落ち着きを取り戻していた。
しかし、今度は経済界からの挑戦者――商人ギルド会頭マルコ・ヴァレンティンが現れた。
「アローナ嬢、御家の繁栄をさらに高めたければ、私の助言に従うとよい」
マルコは胸を張り、挑戦的な笑みを浮かべる。
「契約書にサインすれば、全て私の判断で取引を進め、御家は何も心配せず利益を得られる」
私は軽く首を傾げ、扇子で口元を隠した。
「なるほど……ですが、御家だけが利益を得るための条件では、私が承諾する理由はございませんわ」
周囲の商人たちがざわつく。会頭の自信満々の表情が、徐々に崩れていく。
私はゆっくりと歩み寄り、書類を広げる。
「御提示の条項、拝見しましたわ」
指で契約書をなぞる。
「公爵家と都市全体の利益は二の次で、御家だけが得をするよう設計されておりますね。しかも、条件違反があれば痛い目を見せる……」
会場の空気が一瞬で凍る。商人たちは息を呑んだ。
マルコの顔は赤く染まり、握った書類が手の中で震える。
「つまり、御意図された“支配”は、私の微笑ひとつで簡単に崩れますわ」
私は扇子を打ち鳴らす。
「御家の威光に頼ろうとするなら、まず公平な条項をお示しになってからですわ。独り善がりの契約では、信用は失われる一方」
マルコは狼狽え、口を開けるが言葉が出ない。
商人ギルドのメンバーたちも、彼の慢心に気づき、ひそひそ笑いをこらえている。
私はさらに続ける。
「御家の力を借りるのは悪くありませんわ。ただし、それは御家と公爵家、さらには都市全体の利益が両立してこそ意味があるのです」
扇子をゆっくり閉じ、柔らかく微笑む。
「自己の利益だけを追求し、他を犠牲にするのでは、王都での信用はすぐに失われます」
マルコの目が泳ぎ、手に握った書類を落としそうになる。
会場の商人たちは、アローナの言葉に頷きながら、彼の失態を静かに見守る。
「……く、くだらぬ! なぜ、貴女は……」
マルコは俯き、怒りと焦りで震える声を漏らす。
社交界では常に自分が支配者であると思っていた男が、公爵令嬢に完璧に論破された瞬間だった。
私は軽く扇子を打ち鳴らし、周囲の視線を集める。
「慢心だけでは、王都で生き残ることはできませんわ」
議論が膠着し、マルコの顔は完全に赤くなった。
だが、その怒りはさらなる行動に変わる。
「アローナ嬢……私の言うことを聞かぬなら、無理やりでも従わせてみせる!」
マルコは書類を握りしめ、私の前に一歩踏み出した。
その瞬間、会場の空気が一気に張り詰める。
商人たちはざわつき、緊張で息を潜める。
これが「権力と財力で押さえつける男」の最後の手段か――と思った瞬間、私は静かに扇子を広げた。
「なるほど……物理的に迫るつもりですか」
私の声は柔らかいが、鋭さを帯びる。
「ですが、その行為は王都の法と社交界の礼を犯すもの。御家の信用も、すぐに地に落ちますわ」
マルコは一瞬ためらったが、怒りに駆られ、さらに身を乗り出した。
そのとき私は一歩前に出て、冷静に指先で彼の手首を掴む。
「……ほう、力任せに来るとは予想外ですわね」
軽く手首をひねるだけで、彼の動きは完全に止まる。
マルコの足はもつれ、体は前のめりになり、まるで自らの高慢さでつまずいたかのように倒れかけた。
会場は息をのむ。商人たちも、思わず顔を背け、次の瞬間に起こる光景を固唾を呑んで見守る。
「私に逆らうのなら、まず礼儀と常識を学んでからにしてくださいませ」
私は扇子で軽く彼の胸元を押すようにして、体勢を整えさせる。
するとマルコは完全に体勢を崩し、床に膝をつく形になる。
「わ、私は……」
必死に言い訳しようとするが、息が上がり、言葉は途切れる。
強欲と慢心が、完全に彼自身を裏切った瞬間である。
私は静かに手を離し、扇子を閉じる。
周囲の商人たちは小声で囁く。
「さすがアローナ嬢……一歩も退かず、返り討ちにしたわ」
「会頭も、完全に赤っ恥ね……」
マルコは膝をついたまま、震える手で床を支えるしかなかった。
これ以上反抗すれば、社交界の信用はさらに失墜するのが明らかである。
私は微笑み、ゆっくりと会場を見渡す。
――慢心と強欲は、こうして返り討ちに遭うのだ。
王都における“ザマァの連鎖”は、今日も静かに、しかし確実に刻まれた。
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