伯爵の浅知恵
王太子リオネル殿下の国外追放から数週間。
王都の社交界は、まだその余韻でざわめいていた。人々は密かに笑いをかみ殺し、あるいは茶屋や市場で噂を交わす。
そんな中、密かに動き出したのが、リオネル派の伯爵――アルフォンス・フォン・ハイデルである。
「アローナ嬢の評判を少しずつ傷つけておけば、殿下の味方として地位を回復できる……ふふ、うまくいくだろう」
アルフォンスは微笑んだが、その目には軽薄さと慢心しかなかった。
彼は公爵令嬢アローナを侮りきっていたのである。
数日後、舞踏会の会場。
アルフォンスは巧妙に仕掛けを用意した。
――アローナの社交界での地位を揺るがす、噂話と陰口の連鎖。
彼の腹案は、周囲の令嬢や未婚貴族に「アローナ嬢は最近、王太子追放の件で感情的になっているらしい」と流布することで、信頼を失わせるというものだった。
「ふふ……今日も、皆が私の噂に耳をそばだてているはずだ」
アルフォンスは心の中でほくそ笑む。
しかし、計算外の出来事がすぐに起こった。
アローナはその場に現れ、微笑みながら周囲を見渡す。
「皆さま、先ほどの噂を耳にされたでしょうか?」
その声は柔らかく、それでいて鋭く周囲の視線を一手に集めた。
「アローナ嬢……」
アルフォンスは微かに動揺した。
「私の“感情的”などというお話、事実ではございませんわ」
私は扇子を軽く打ち鳴らす。
「十年にわたり殿下の婚約者として努め、毎日政務や家事、社交の礼儀を欠かさず務めてきたのです。もし私が感情的であるとすれば――それは日々努力してくださった殿下や、国王陛下に対して、失礼にならないためのものでしょう」
会場は一瞬静まり返る。
アルフォンスの顔が青ざめ、目が泳ぐ。彼の計画が一瞬で崩れ去った瞬間である。
「さらに申しますと、私の行動を歪めて噂を流すとは……まさか、この国の貴族が、ここまで愚かだとは思いませんでしたわ」
周囲の令嬢たちはくすくす笑い、すぐにざわざわと囁き始める。
「伯爵様の浅知恵が見事に裏目に出たようね」
「噂の種を蒔いたつもりが、自分が笑われてるわ」
アルフォンスは狼狽え、言葉も出ずに立ち尽くす。
その背後では、使用人や侍女たちが小声で笑いをこらえ、密かに王宮に報告する者もいた。
そして、思わぬところで国王陛下の耳にも噂が届いた。
「アローナ嬢を陥れようとしたリオネル派のアルフォンス伯爵――社交界での工作が露呈した」
国王は即座に陛下の書状を発し、アルフォンスを呼びつけた。
王宮に現れた伯爵は、まるで小動物のように震え、顔面蒼白。
「陛下……弁明を――」
しかし国王陛下は冷たく言い放つ。
「アルフォンス・フォン・ハイデル。お前の浅知恵と慢心、すべて承った。王都の秩序を乱し、令嬢の名誉を傷つけるなど、王族にあるまじき行為だ」
アルフォンスは言葉を失い、ただ俯くしかなかった。
王宮を出るときには、爵位剥奪や社交界での失脚が確実視されていた。
その知らせが舞踏会の会場に届くと、令嬢たちは一斉に顔をほころばせた。
「さすがアローナ嬢……またひとつ、ザマァを積み上げましたね」
「伯爵の慢心も、微笑ひとつで粉砕」
私は扇子を軽く閉じ、静かに微笑む。
こうして、また一つ、王都におけるザマァの連鎖が加わったのだ。
――誰もが、自分の慢心を過信してはならない。
それを知る者は、ただ微笑みを浮かべ、静かにその瞬間を見守るだけで十分なのだ。
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