侯爵子息の高望み
社交界の茶会や舞踏会に顔を出すたび、私はどういうわけか求婚されることが増えた。
まあ、当然といえば当然だ。
十年も王太子妃教育を受け、政務や礼儀作法に通じ、しかも殿下を国外追放に導いた「伝説の公爵令嬢」。
今や、私の名はそれだけで一種のブランドである。
そんな中――ひときわ目立つ男が現れた。
侯爵家の長男、クラウディオ。元々、リオネル殿下の婚約が決まる前に「次期王妃候補」として、ちらりと名前が出ていた人物である。
つまり、私を「惜しくも逃した獲物」と思っているらしい。
「アローナ嬢」
ある日の庭園パーティー。バラの花壇を背に、クラウディオが胸を張った。
「そなたの婚約が白紙に戻った今、私が拾ってやろう。感謝してもらいたいものだ」
……拾う?
ごみ扱いでもされた気分だが、にこやかに微笑んでみせる。
「まあ、ご親切にありがとうございます」
「うむ! 私と結婚すれば、君の失った“王家の座”の代わりに侯爵家の座を与えてやろうではないか。安心したまえ!」
周囲の令嬢方が「は?」と絶句する。
本人は得意げに胸を反らし、顎を突き上げている。
……これは、なかなか手応えがありそうだ。
「クラウディオ様」
私は扇子をゆるりと広げ、声を落とした。
「ご存じないのですか? 私は“王家の座”を失っておりませんわ」
「なに?」
「殿下は追放されました。つまり、いずれ次代の王は“別の血筋”から選ばれる。私のように十年政務を支え、実績を残した令嬢は、その候補の最有力。言うなれば――王妃候補のままですのよ」
「っ……!」
クラウディオの顔から血の気が引いた。
令嬢たちがざわざわと囁き合う。
「確かに……」
「公爵家の後ろ盾もあるし……」
「それを“拾う”なんて……」
空気は一気に彼に不利に傾いた。
「それに」
私はさらに追い打ちをかける。
「“拾ってやる”とは、面白い言葉選びですわね。まるで、侯爵家のご威光があれば、公爵家など足元にも及ばないと……そう仰りたい?」
「そ、そんなつもりでは!」
「では、訂正をなさいます?」
「……っ! し、失礼した!」
クラウディオは真っ赤な顔で退散した。だが後ろ姿に、令嬢方の笑いをこらえる気配が突き刺さる。
その日のうちに、「侯爵子息、拾う発言で大炎上」という噂が王都を駆け巡ったのは言うまでもない。
***
「高望みも、ほどほどになさいませね」
帰りの馬車で呟き、窓外の夕陽に扇子をかざす。
人を見下す者ほど、足元をすくわれる。
それを証明するのは、実に気分が良い。
クラウディオが庭園を去ったあと、私は周囲に微笑みを向けた。
令嬢たちはまだざわつき、口々に囁いている。
「いやぁ……あの侯爵子息、まさかあんなに赤くなるとは」
「拾うだなんて、恥ずかしい言葉選びですわ」
「アローナ様、やはり只者ではない……」
私は軽く頭を下げ、扇子で口元を隠す。
だがその視線の先では、クラウディオの従僕たちが眉をひそめ、何か口々に指示しているのが見えた。
……どうやら、まだ諦めてはいないらしい。
その夜、社交界の噂はたちまち王都中を駆け巡った。
「アローナ嬢、侯爵子息を完膚なきまでに論破」
「拾う宣言、赤面で撤回」
「公爵令嬢、笑顔ひとつで男の面子を粉砕」
舞踏会や茶会のたびに、クラウディオはアローナの視線に怯え、顔を背けるようになった。
これが、王都における“ザマァの連鎖”の始まりである。
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