従姉妹のお手本
舞踏会から数日。王都はまだ、リオネル殿下追放の話題で持ちきりだった。
人々は口々に噂を飛ばし、笑いを堪えきれず、酒場でも市場でも替え歌が流行するほどである。
そんな折、私は社交界に復帰するべく、母に連れられて茶会へ顔を出すことになった。
その場にいたのが――わたしの従姉妹、リリアーナである。
「まあまあ、アローナ様。お元気そうで何よりですわ」
リリアーナは上品ぶった笑みを浮かべつつ、わざとらしいほど大きな声を出した。
居合わせたご令嬢方が、一斉にこちらを振り向く。
「でも……ふふっ。十年も殿下のお相手を務めて、結局“捨てられた”とあっては、お気の毒でございますわねえ」
ああ、来た来た。
心底うれしそうに人の不幸をつつくその顔。幼いころから、私の持ち物をこっそり盗んでは「見つけたの」と言い張っていた張本人だ。
この場に集まった令嬢方も、耳をそばだてている。さて、どう料理して差し上げましょうか。
「リリアーナ様」
私はにっこりと微笑み、カップを持ち上げた。
「お気遣い、痛み入ります。ですが……“捨てられた”という表現は正確ではございませんわ」
「えっ?」
従姉妹は面食らったように瞬きをする。
「殿下は、十年を経てなお私を手放す理由を見つけられず、ようやく“愛の衝動”を盾に決断なさいました。結果として国外追放。つまり――私に十年縛られ続け、最後に国も位も失ったのです」
場がしん、と静まる。
わざとらしく驚いた顔をして、扇子を広げる。
「殿下をお気の毒に思うべきは、私ではなく、国を追われたご本人の方でしょう?」
令嬢たちの口元が、一斉に震えた。くす、くすくす、と忍び笑いが広がる。
リリアーナの頬はみるみる赤くなっていった。
「な、なによ……! そんなの、強がりですわ! どうせ殿下がいなくなって、あなたの縁談はもう――」
「まあ、まあ」
私は軽く首を傾げ、彼女の言葉を遮った。
「十年ものあいだ“次期王太子妃”を務め、政務も礼儀も完璧にこなしてきた令嬢を求める家がない……と、本気でお考えで?」
「っ!」
リリアーナの口が開いたまま閉じない。
周囲の令嬢たちがどっと笑いをこらえきれずにうつむいた。
「むしろ、“あの殿下を追放にまで追いやった女”として、縁談のお話は山ほど。おかげで、忙しくて選びきれませんのよ。ねえ、お母様?」
母はにっこりと頷き、わざとらしく分厚い手紙束をテーブルに置いた。
縁談候補の家紋がびっしりと並んだ封蝋が目に入るや、場の空気は一気にざわめいた。
「こ、こんな……!」
リリアーナの顔は紅潮し、椅子を蹴って立ち上がる。
だがドレスの裾を踏みつけ、バランスを崩して――見事に前のめりに転倒。
カップの紅茶が彼女の髪をつたって滴り落ちた。
「あら、まあ……お見事なお手前ですこと」
私が涼しい顔で扇子を打ち鳴らすと、場は爆笑に包まれた。
リリアーナは泣きながら駆け去っていったが、すでに遅し。
この茶会の出来事は、次の日には「従姉妹のお手本」として王都中の噂になっていた。
***
「やはり、ザマァというのは甘美な響きですわね」
夕刻、馬車で屋敷へ戻りながら、私は小さく呟いた。
窓の外には沈む夕日。けれど私の心は、不思議と澄み切っていた。
――王太子を追放に導いたのも、従姉妹を笑い者にしたのも、すべて計算ずくではない。
私はただ、真実を穏やかに告げただけ。
それが相手にとっては、何よりも鋭い刃となる。
「次は、誰が私の前で躓くのでしょうね」
扇子を軽く閉じる音が、心地よく響いた。
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