真実の愛の末路
――王太子リオネル、子爵令嬢メリッサ、国外追放。
国王陛下の威厳ある宣告は、一晩で王都中を駆け巡った。
華やかな舞踏会の余韻は消し飛び、代わりに広まったのは失笑と嘲笑。人々の口々に上ったのは、かの「真実の愛」に身を投じた愚かな王太子と、見事に彼を連れて転げ落ちた子爵令嬢の話題であった。
そして今、翌朝。王都の西門前には、追放の儀を見届けようとする群衆が集まっていた。
「おや、殿下……いえ、もう“元”殿下ですな。旅支度にしてはずいぶんと軽やかで」
「荷馬車もなしとは。まさか徒歩の旅路か?」
「まあ、“真実の愛”があれば、食料も寝床も不要なんでしょう」
門前に並んだ市井の人々が、口元を押さえつつも笑いを隠しきれずに囁く。
リオネルは背筋を伸ばし、虚勢を張って歩いていた。豪奢な王子装束は没収され、今はただの簡素な旅装。腰には護身用の剣ひと振り。かつての威厳は見る影もなく、ただ疲れ切った青年の姿にすぎない。
「リオネル様……恥ずかしい、皆が見てます……」
隣で小声を漏らしたのは、彼の「真実の愛」メリッサ。昨日の豪奢なドレス姿は跡形もなく、いまは古着屋でかき集めたような粗末なワンピース。しかも、歩きにくいと文句を言いながら裾を引きずっている。
「気にするな、メリッサ! 彼らはただ嫉妬しているのだ。我々の愛に!」
リオネルは声を張り上げた。群衆の笑いが一斉に大きくなる。
「おやおや、嫉妬ですと? こんな追放劇に?」
「陛下にまで愛想を尽かされておいて、よく言えたもんだ」
ひそひそ声は遠慮なく耳に届き、メリッサの顔はみるみる真っ赤に染まる。
それでも、二人は門をくぐらねばならなかった。門番たちは無言で見送る――いや、顔を背けて笑いを堪えていたのは明らかである。
***
追放の道中は、さらに惨めだった。
王都を出て最初の宿場町。二人は宿屋へ駆け込んだが――
「一泊お二人で、銀貨二枚になります」
宿屋の女将が事務的に告げると、リオネルは胸を張った。
「よかろう、これを――」
と、懐から取り出した小袋を女将に渡す。しかし、中から転がり落ちたのは銅貨ばかり。
女将は眉をひそめ、にべもなく言い放った。
「……銀貨が足りませんね。銅貨二十枚で一泊できる安宿なら隣にございますけど?」
「なっ……! おい、これはどういうことだ!」
「リオネル様っ、昨日慌てて馬車を飛び出したときに……財産の大半は置いてきてしまったみたいで……」
メリッサが涙声で囁く。群衆に押し出されるように追放されたとき、彼らはまともに準備をしていなかったのだ。王子としての特権も失い、使用人も財産もすべて没収されている。
「くっ……! だが、我々には愛がある! メリッサ、一緒に隣の安宿に行こう!」
「……いやあああ! 私、汚い宿なんて無理っ! 虫とか出るんでしょ!? せめて絹のシーツじゃないと寝られないのに!」
彼女の金切り声に、宿屋の客たちがドッと笑い出す。
リオネルは顔を真っ赤にして剣に手をかけかけたが――その剣の鞘には、昨夜落書きのように「愚王子」と刻まれていた。誰の仕業か分からぬが、街道の笑い話としてすでに広まっていた。
「はぁ……はぁ……覚えていろ! 必ず俺は復活してみせる!」
「いやいや、復活も何も、国外追放ですよ殿下」
「殿下じゃなくて、ただの放浪者だろうに」
すれ違う旅人たちの皮肉が背後から突き刺さる。メリッサは泣き喚き、リオネルは必死に彼女の肩を抱きながら、薄汚れた安宿へと消えていった。
***
一方そのころ、王都の公爵邸。
私は窓辺に立ち、侍女から差し出された手紙に目を通していた。
――リオネルとメリッサ、早くも宿場町で大騒ぎの巻。金もなく、笑われ、惨めな旅の始まり。
ふっと、笑いを堪えきれずに息が漏れる。
「まあ……“真実の愛”の旅路も、ずいぶんと険しいようですわね」
私は扇子で口元を隠しながら、静かに紅茶を口にした。
そう、この国に必要なのは軽薄な恋ではなく、責務と矜持。
彼らのようにそれを捨て去った者は、勝手に転がり落ちていくだけ。
「陛下に感謝を。私はようやく、自由に呼吸できますもの」
窓の外、澄み切った秋空を見上げて、私は小さく笑った。
――追放劇は始まったばかり。だが、それは同時に、私の新しい物語の幕開けでもあるのだ。
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