成金の自惚れ
冬の夜、王都の宮廷邸宅に設えられた晩餐会は、暖炉の炎とシャンデリアの光で柔らかく照らされていた。香り高い料理と香水の混ざり合う空気の中、社交界の者たちが静かに視線を巡らせている。私は一歩ずつ大理石の廊下を進み、場の空気を確かめた。
相手は、城下で急速に財を成した成金、グスタフ・ヴァイゼン。派手な金糸の刺繍をまとい、指先には宝石が輝く。姿勢から漂うのは、自信と慢心、そして自分の力がすべてだという信念だった。
「アローナ・グランツ嬢……本当に、君がその噂の人かね」
グスタフは豪奢な指輪をちらりと見せながら、微笑を浮かべる。
「王太子を追放したとか、貴族を言葉でねじ伏せたとか……本当か?」
私は軽く頭を傾け、扇子を指で軽く回す。
「噂は多くの場合、事実に彩りを添えるものです。まずはお互い、冷静に現実を見て判断すべきではありませんか?」
彼は肩をすくめ、声に嘲笑を含める。
「冷静? 金さえあれば、大抵のことは動かせる。言葉で屈服だなんて……面白い冗談だな」
私は小さく息を吐き、視線を鋭くして彼を見る。
「確かに、財力は多くの手段をもたらします。ですが、相手の心や信頼まで買えるわけではありません。誇示だけで人を動かそうとするのは、短期的には成功しても、長期的には孤立を招くのです」
グスタフは片手を軽くあげ、笑いを浮かべながら反論する。
「心か……人は金に従うだろう?」
「従うのは一時的です」
私は静かに一歩前に出る。声は柔らかいが芯が通っている。
「人は、尊敬や信頼のために行動します。豪華な衣装や宝石、威勢だけでは、表面上の従属にしかならない。あなたの傲慢さは、間違いなく未来で自分を縛ります」
グスタフの笑みが一瞬固まり、指先が微かに震える。視線が揺れ、言葉を探す様子が見て取れる。私は扇子を軽く閉じ、さらに言葉を重ねた。
「富は道具です。それを誇示だけに使うなら、人々の心は離れ、評価は低下する。真に力ある者は、洞察と配慮によって人を動かすのです」
観客たちは静まり返り、グスタフの顔に青ざめが広がる。彼は言葉を探すも、簡単には見つからない。私は冷静に視線を渡し、論を続ける。
「あなたが信じる力は、砂上の楼閣のようなものです。どれだけ見た目を飾ろうとも、基盤がなければ崩れる。富を誇示する者の行動は、往々にして自己満足に過ぎず、他者の心を揺さぶることはできません」
グスタフは唇をかみ、視線を一瞬逸らす。私は内心で彼の焦りを確認しながら、さらに静かに言葉を重ねる。
「尊敬や信頼は、計算と誠実さ、そして相手を理解する力から生まれます。豪華さや脅しで人を動かすのは一時的な成果に過ぎず、やがてその虚飾は自分を縛る鎖となるのです」
彼は椅子にもたれ、指先でワイングラスを握りしめる。表情が固まり、唇がわずかに震える。周囲のざわめきは止まり、静寂が広がる。
私は扇子を閉じ、微笑を浮かべながら視線を全員に向けた。
――金も豪華さも、傲慢を曝す者の前では無力である。今日もそれを証明できたのだ。
グスタフは何も言わず、肩を落として立ち尽くした。金の輝きも、誇示も、今や何の助けにもならない。私は軽く息をつき、次に訪れる挑戦を思い描く。
――この城も、この社交界も、私の挑戦の舞台にすぎない。誰も想像できぬ未来が、待っているのだ。
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