宮廷大臣の驕り
王都の晩秋、宮廷の正殿は黄金の光に包まれていた。貴族や高官が集い、絢爛な衣装と権威の香りが広間を満たしている。私は一歩ずつ静かに歩を進め、周囲の微妙な空気の変化を読み取った。
今日の相手は、王国宮廷の大臣、カスパール・フォン・ハイデル。権力と地位に固執し、傲慢な態度で周囲を威圧する男だ。財政と政治に精通し、王や貴族に対しても物怖じせず発言する。
「アローナ・グランツ嬢……噂は聞いているぞ」
カスパールは冷たい微笑を浮かべ、周囲の視線を集めながら近づく。
「王太子を追放し、詩人や貴族を言葉で屈服させた女。果たして宮廷での議論に耐えられるか」
私は静かに扇子を開き、微笑を保ちながら一歩前に出る。
「ご挨拶、カスパール様。議論は尊重します。ですが、噂で評価することは、知恵ある者の態度でしょうか」
大臣は肩をすくめ、嘲笑を浮かべる。
「噂に過ぎぬ? 噂は真実を反映するものだ。言葉だけで人を制すという君の技量、ここで試させてもらおう」
私は落ち着いた声で前に進む。
「言葉は武器です。威圧や権力に頼るだけでは、人心を掴めません。真の影響力は、知恵と配慮、そして相手の立場を理解することから生まれるのです」
カスパールは眉をひそめ、少し声を荒げる。
「理解だと? 政治は妥協と駆け引きだ。理想論だけで国を動かせると思うのか?」
「理想論ではなく、現実に即した行動です」
私は静かに言葉を重ねる。
「あなたが誇る政治手腕も、傲慢さが伴えば部下や民衆の信頼を失い、国政に歪みを生じます。知恵ある者は、権力を振りかざす前に、相手の心と状況を見極める。あなたの態度は、その知恵を欠いている」
カスパールは口を開き、必死に言い返す。
「なら、君はどうして私を論破できると?」
「論破するのではなく、現実を示すだけです」
私は一歩前に進み、視線を彼から逸らさない。
「権力と地位は、正しく使われる時に価値を持つ。傲慢に振る舞う者は、自らの地位を脅かす刃を背負うことになる。信頼を無視し、己を正当化するだけでは、最終的に孤立するだけです」
観客たちは息を呑み、カスパールの顔色が変わる。額に汗が浮かび、立ちすくむしかない。私はさらに冷静に論理を積み上げる。
「あなたが尊ぶ地位や権力は、人の心によって支えられるものです。それを軽んじれば、真の影響力は失われる。過去の偉大な政治家も、傲慢な振る舞いで退場を余儀なくされたのです」
カスパールは言葉を絞り出す。
「……君の言うことも、理屈としては正しい……」
「理屈ではありません」
私は微笑を崩さず、確信を込めて言葉を重ねる。
「人を理解し、行動を観察し、配慮をもって導くこと――それこそが真の政治力です。傲慢な大臣は、その価値を知らず、自らの評価で敗北を招くだけです」
観客たちは静かに感嘆し、カスパールは顔を赤らめ、膝に力が入らない。私は扇子を閉じ、微笑を保ったまま一礼する。
――権力や地位も、軽んじる者を曝す刃には敵わない。今日もその証明ができたのだ。
控えの者たちが小声で称え合う。
「アローナ・グランツ、ただ美しいだけではなく、頭脳と観察眼も圧巻だ」
夜風に顔をさらし、石畳に映る影を見つめる。
――宮廷での戦いは終わったが、私の挑戦はまだ続く。アローナ・グランツの未来は、誰も予測できない。
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