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冷徹な獣人将軍に“番”と刻まれたら、独占愛が止まらなくなりました

作者: 五月雨

ざわめく人の声、汗と獣臭の混ざった空気。

ここは、帝都の地下にある「いち」――人間の社会では禁止されているはずの、“奴隷”が売り買いされる黒市だった。


木の檻の中に押し込められていたエルフィーナは、膝を抱えて目を閉じていた。ぼろぼろの麻布のような服に、裸足の足首には皮の拘束具。冷たい鎖の感触がまだ慣れない。


(……こわい。どうして、こんなことに)


小さく震える指を、ぎゅっと握る。

母の形見の首飾りは、市場に連れてこられる時に奪われた。今、自分を人として繋ぎとめてくれるものは、何もない。


「次! こいつだ。珍しいぞ、人と獣人の混血。目はちゃんと二重、体つきも悪くない。生まれたばっかの子どもでも孕ませられる柔らかさが売りだ!」


そんな汚い言葉が、自分のことを指しているのだと理解するまでに少し時間がかかった。

男たちの手に引きずられ、壇上に押し出される。エルは顔を伏せたまま、震えながら立った。


観衆の中からざわつきが起こる。


「おい、ハーフだろ? あんまり見た目変わらねえな」

「けっ、忌み子ってやつじゃねえの」

「ま、使い道はあるかもな。獣人の血が入ってると……匂いが良いって話だしな」


(……やだ。誰か、助けて)


そのとき――観衆の空気が、急激に変わった。


低い唸り声のような気配。

辺りが静まり返り、獣たちが本能的に息を潜めるような、重くて鋭い“圧”が会場を支配した。

背筋を這うような冷気に、エルも思わず顔を上げる。


「……その娘を、俺に売れ」


――黒い軍服。

銀に光る長髪をひとつに束ねた、獣人の男。

高貴な骨格に深紅の瞳。人間離れした鋭い眼光に、会場中が震えた。


軍の将――帝国軍の獣人部隊を率いる若き狼族の将、レオンハルト=ヴォルグだった。


「れ、レオンハルト様……!? い、一体なぜこんなところに……」


拍子抜けしたように声を上げた商人が、額に汗を浮かべて土下座する。


「理由は聞いたか?」


低く、冷え切った声。

問うというより、突きつけるような威圧。


「い、いえっ……もちろん、すぐにお渡しいたします! こ、こちら、金額は――」

「要らん。軍からの調達と記録しろ」


そう言って、レオンはゆっくりと壇上に上がる。

その動作一つひとつが、まるで獣のようにしなやかで、精密な力を秘めていた。


そして――エルの前に立った。


(……息が、できない)


その目に映った瞬間、エルは体が凍りつくような錯覚を覚えた。

この男は、ただの獣人じゃない。

本物の、野生の中にいた“狼”だ――。


レオンの目が、ゆっくりとエルを舐めるように眺める。

顔、首筋、胸元、手首、腰、太もも。

体を見ているのではない。“におい”を確かめるように、獣の目で観察していた。


そして、呟いた。


「……やはり、この匂いは――」


次の瞬間。

レオンはエルの首輪を引きちぎるように外し、抱きかかえた。


「待って、なにを――っ」

「お前は今日から、俺のものだ」




帝都の東側、軍の訓練地の奥にある兵舎の一画。

そこには「将軍付き」とされる者だけが使える、特別な離れがあった。

装飾も少なく無骨な石造りの建物。誰も近づかず、気軽に足を踏み入れようとする者もいない。

その扉を、レオンハルトが無言で開いた。


「……ここが、お前の居場所だ」


エルフィーナは、黙って頷いた。

彼に抱えられたままでは不格好だと分かっていたが、怖くて動けなかった。

(……なんで、私を買ったの? 番――なんて、まさか。ありえない)

獣人と人間、それもハーフである自分が“番”になるなんて、そんなことあり得るはずがない。


「立てるか」

「……はい」


おろされた足に力が入らず、膝がかくんと崩れる。

レオンはとっさに支えたが、すぐに手を引っ込めた。


「……歩けるなら、それでいい。俺はここには滅多に戻らん。夜だけだ」


言葉少なにそう告げると、レオンは部屋の奥に進んだ。

エルは見よう見まねで部屋の片付けに取りかかる。


驚くほど、生活感のない部屋だった。

食器は最低限、調理器具も簡素で、寝台も殺風景。

必要最低限のものしか置いていない、というより、必要なものすら使わない暮らしに見えた。


(将軍様って、本当に……人間味がない)


でも不思議と、怖いとは思わなかった。

あの黒市の誰よりも冷たく、そして誰よりも――“触れてこない”。


(たぶん、あの人は……優しさの出し方を知らないだけ)




日々は静かに過ぎていった。

エルは兵舎の裏手で洗濯をしたり、訓練場の掃除を任されたりして過ごす。

食事は粗末だがちゃんと出してくれるし、夜も一人で眠れるだけでありがたかった。

けれど、その平穏を破るように、兵舎の中の獣人兵たちの間で囁かれ始めた。


「……あの女、将軍様に気に入られてるんだとよ」

「ハーフだろ? 番だとか、んな都合いい話あるかよ」

「気安く近づくなって言われたぜ。あれじゃまるで……“咬まれた”って噂まである」


陰口は聞こえないふりをした。

でも胸の奥で、何かがきゅう、と痛む。


(気に入られてなんか、ないのに)


レオンハルトが自分に向ける視線は、いつも無機質だった。

命令口調で、冷たい言葉しか返さない。

……けれど――。

視線だけは、時折、奇妙な熱を帯びていた。




ある夜。

エルが洗濯物を干していると、ふとレオンの軍服が風で揺れ、足元に落ちた。


「あっ……」


あわてて拾い、そっと胸に抱き寄せる。

少しだけ、硬めの布地。でも温もりが残っていて……。


(あの人の匂い……)


胸の奥が、きゅうっと締めつけられる。

気づけば、服を抱きしめたまま、頬をそっと埋めていた。


――その瞬間だった。


「……なにをしている」

「っ!」


低く、威圧するような声が背後から落ちてくる。

慌てて振り返ると、レオンがすぐ目の前に立っていた。


「将軍さ、ま……っ! ご、ごめんなさい、これは……」


服を返そうとして、手が震える。

その震えを見たレオンは、一歩前に踏み出し――


「違う。……そのまま、持っていろ」

「……え?」

「明日、予備を支給させる。それはもう、お前のだ」


言いながら、彼の赤い瞳が、じっとエルの胸元――“匂いを埋めた場所”を見つめていた。

喉がごくり、と鳴る。

熱を孕んだ呼吸。

唇をわずかに開き、牙が覗く。

けれど彼はすぐに顔をそらし、短く吐き捨てた。


「……部屋に戻れ」


夜の空気は冷たく澄んでいて、星がよく見えた。

エルフィーナは、兵舎の裏手で一人、洗濯物をたたんでいた。


数日前にレオンハルトから渡された軍服――自分のものとして持っていろと言われたそれを、彼女は毎晩のように手に取っていた。


(ほんの少しだけ。匂いを感じるだけなら、許されるよね……?)


胸に抱く。

ざらりとした布地と、そこに微かに残る獣人の“匂い”。

彼の体温、汗の香り、肌の奥に染みついた――野生のような気配。


ふと、太腿の奥がぴくりと震えた。

いつからか、彼の匂いを感じると、身体の奥が疼くようになっていた。


(だめ、だめ……っ)


熱がじんわりと、腹の底から湧いてくる。

エルは軍服を抱きしめたまま、何度か深呼吸しようとして――


「……また、それを嗅いでいたのか」

「っ――!」


背後から落ちてきた声に、心臓が飛び跳ねた。

振り返ると、そこには暗がりに立つレオンハルトの姿。


「ご、ごめんなさいっ……っ。返します、すぐ……!」

「返すな。……それはもう、お前のだと言った」


低く押し殺したような声。

その声が、どこか苦しげに震えていることに、エルは気づかなかった。


レオンの瞳が、まっすぐにエルの胸元を見つめる。

嗅ぎ慣れた匂いが、自分の服にまとわりついているせいか、彼の呼吸が徐々に荒くなっていくのが分かった。


その時だった。


ぐらり、と。


レオンが急に一歩、前に出た。

その動作はどこか、獣じみていて――獲物に近づくような、ゆっくりとした一歩だった。


「レオンハルト様……?」

「……動くな」


その言葉に、身体がびくりと硬直する。

すぐ目の前に、熱を帯びた赤い瞳。


彼の手が、エルの顎をそっと持ち上げた。

爪の尖った指先が、彼女の肌に軽く触れ――そのまま、唇の端に、指が当たる。


「……甘い匂いがする」

「え……?」

「これが、お前の匂いか……。それとも、番の……」


自問のような低い声が耳をくすぐる。


そして――。

レオンの口元から、唸るような低音が漏れた。


「……くそ……」


そのまま、エルを押し倒すようにして地面へと倒れ込んだ。


「ひ……っ!」


何が起きたか分からないまま、エルは草の上に押し倒されていた。

レオンの手は、彼女の手首を押さえ、もう片方は腰を支えている。

顔が近い。吐息が触れる。唇が当たりそうな距離――


「……レオンハルト、様……っ?」

「……っ、動くな。頼むから……っ」


レオンの目が、野生そのものだった。

普段の冷徹さはどこにもなく、獣のように、瞳孔が開き、呼吸が荒く、息が熱い。

その体から、獣人特有の“発情の気”が立ち上っていた。


(――発情?)


そう理解した瞬間、レオンの顔が首筋に埋まる。


「っん……!」


彼の鼻先が、彼女の皮膚をなぞる。

香りを嗅ぎ、唇で触れ、舌で舐めるように――首筋、鎖骨、耳の後ろへと這いまわる。


「……この匂い……ずっと、俺を狂わせてたのか」

「ちが……そんなつもりじゃ……っ!」

「……番じゃないなら、こんなふうに香るはずがない……でも……」


レオンの手が、ゆっくりとエルの足に触れる。

衣の上から、膝、太腿の内側――熱を帯びた掌が、震えるように滑っていく。


「……だめ、そこ、触っちゃ……っ」

「……なら、どうすればいい。お前が俺を狂わせて……もう……抑えられない」


震える声とともに、レオンの唇が彼女の唇に重なった――。


唇が触れた瞬間、何かが弾けた。

柔らかな感触。だけどその内側には、熱くて鋭くて、触れるものすべてを焼き焦がすような欲望が潜んでいた。

レオンの舌が、浅く、優しく、けれど徐々に執拗に、エルの唇をこじ開ける。


「ん……っ、ふ……あ、や……ぁ」


抗う気持ちはあった。だけどそれより早く、身体が甘く痺れていく。

口内を這う舌が、唾液を絡めとるように深く侵入し、何度も味わうように吸われる。


「……お前の味、ずっと……気になってた」

「や……そんな……っ」


レオンの手が、エルの太ももを押し開くようにして、その間に膝を滑り込ませる。

衣越しに触れられる腹部、脚、そして――

ぐっしょりと熱を帯びて湿っていた、下着の上から。


「……濡れてる」

「ちがっ……わたし、そんな、いやっ……っ」

「番じゃないとしたら……こんなふうにならない。お前の身体は、俺を求めてる」


彼の声は、もはやかすかに唸っていた。

押し殺した咆哮のような声。獣が獲物を目の前にしてなお、自分を律しようとしている。


「服、脱がせるぞ」

「や……ま、って……そんな、急に……っ」


エルが抗う暇もなく、レオンの手が器用に布の結び目を解いていく。

胸元が露わになり、冷たい夜気に触れて震える。

レオンはその姿に息を止め――そして、次の瞬間、噛みついた。


「ひぁっ……!」


首筋。鎖骨の端。胸の柔らかな膨らみの下――

次々に、愛撫というにはあまりにも本能的で、獣じみた噛み跡が刻まれていく。


「お前が……誰のものか、分からせてやる……」


甘噛み。強く吸い上げるような口づけ。

吸い跡はじわじわと浮き上がり、まるで彼のものとしてマーキングされているかのようだった。


「……やぁ……だめ……そんな、ところ、あっ」


唇が、胸の尖りかけた頂に触れる。

舌がそこを舐め上げ、熱く吸い付き、くり返し転がす。

そのたびに、エルの体がびくびくと跳ねる。


「やぁ……っ、レオンハルト様……っ、そんなとこ、だめぇ……っ」

「呼び方はそのままでいい。まだ、いい。……けど、お前は、もう俺の番だ」


レオンの手が、下着の中へと潜り込んでくる。

そして、指先で触れられる――濡れ切ったその中心に。


「……っんああぁっ!」


びくりと、腰が跳ねる。

指が濡れた肉に触れ、ゆっくりと奥へと差し込まれる。

きつくて、柔らかくて、でも熱に濡れていて、レオンの喉が唸る。


「……お前の中……こんなに、俺を欲しがってる」


人差し指が、そして中指が、ゆっくりと広げるように動く。

擦れる粘膜、ぬるぬるとした音。快感が波のように押し寄せて、エルの喉から甘い声が漏れ続ける。


「やぁっ……あ、ああっ……そこ、っ……あん……」

「……もっと、感じろ。もっと俺に……溺れろ」


レオンの声が、耳元でささやかれる。

それだけで、エルの頭が真っ白になった。


「もう……だめ、変になっちゃう……っ」


脚の間を掻き回すように出入りする指。

粘膜をくちゅくちゅと擦り、深く浅く、ぐちゅ、といやらしい音が静かな室内に響く。


「身体が……勝手に……っん、あっ、いやぁ……」


エルはもう、自分の声すら聞き分けられなかった。

レオンの指先は、まるで彼女の弱いところを全部知っているかのように、的確に、じっくりと責め続ける。


そして――。


「……中、欲しいか?」

「……っ!」


その低い問いかけに、身体がびくんと跳ねた。


「返事をしろ。お前の口で言え。欲しいか?」

「や……そんなの、言えない……っ」

「……なら、俺の本能で押し込むしかないな」


そう言って、レオンは自らのズボンをゆっくりと緩めた。

露わになる、熱く滾ったもの。根元まで脈打ち、怒張したそれは、明らかに普通の男よりも太く、獣じみた存在感を放っていた。


「……入るわけ、ない……っ」

「入れる。お前が番なら……全部、受け入れられる」


脚を掴まれ、ゆっくりと腰を持ち上げられる。

指先で慣らされた膣口に、レオンの熱が押し当てられる。


「っ……っく……」

「……はぁ……くそ……あったかい……」


ぐちゅ、と音を立てながら、彼のそれが押し入ってくる。

最初は入り口だけだったのに、押し広げられるように、ぬぷ、ずぷ、と少しずつ深く――


「あっ……あ、あっ……い、いやぁ……!」

「まだ半分だ。我慢しろ。もっと、奥まで……っ」


 ずん、と一気に押し込まれた瞬間、視界が一気に白くなった。


「――っぁあああああああっっ!」


痛みと快感のない交差点を、無理やり突き抜けるような衝撃。

下腹を貫かれる感覚。内壁を蹂躙される異物感。

だけど、その奥に確かに、熱く痺れる“気持ちよさ”が広がっていく。

腰を打ちつけられるたび、肉の奥が擦れ合い、いやらしい水音が響く。


「はっ、あ、や、だ、そんな、奥までっ……! ああっ、また、いっちゃうっ……!」

「いい。何度でもイけ。……壊れるまで、俺に感じさせろ」


髪を掴まれ、唇を塞がれ、首筋を甘噛みされながら――

エルは何度も絶頂を繰り返した。

ヒトの限界を超えて、本能のままに啼かされていく。



何度目の絶頂だっただろうか。

エルの身体はもう、熱と快感でぐったりと弛緩していた。


「……中に、出すぞ。これで……番の証が、刻まれる」

「……っう、あっ……!」


深く突き入れたまま、レオンの腰が震え、熱が一気に膣内へと流れ込む。

どくん、どくんと、熱い精液が奥に注ぎ込まれ、まるで身体の中心に焼き印を押されたような感覚。


「ふぁ……ん……あ、あぁ……」


何度も、何度も――長く、濃く、吐き出される熱。

中で繋がったまま、レオンは荒く息を吐きながら、エルの髪に顔を埋めた。

しばらく、互いの心臓の音だけが響いていた。



――そして、数分後。


レオンはそっと身体を起こすと、何も言わずに服を身に着け始めた。

エルは、床に横たわったまま、かすかな痛みと心地よい痺れを感じていた。


「……っ、あの、レオンハルト様……?」

「……すまない。発情を抑えきれなかった。それだけだ」


その言葉に、胸の奥がひどく冷えた。


「それ、だけ……?」

「忘れろ。……番の証が出る前でよかった」


彼はそう言い残して、部屋を出ていった。

残されたエルは、唇を震わせながら、シーツをきつく握りしめた。


(……ああ、やっぱり……)

(私は、ただ抑えるために抱かれただけ……)



夜が明けた。

ベッドの中で目を覚ましたエルフィーナは、しばらくそのまま動けなかった。

体の奥には、まだかすかにレオンハルトの名残が残っていた。

内腿に残る甘噛みの跡。肌にこびりついた香り。熱く、痺れるような感覚。


…でも、心の中には何もなかった。

彼の言葉が、何度も脳裏で繰り返される。


「発情を抑えきれなかった。それだけだ」

(……それだけ、って……)


目頭が熱くなるのをこらえて、布団をぎゅっと抱きしめる。

快楽はあった。優しさも、確かに一瞬は感じた。

でもそれは「愛」ではなく、「発情した獣人が本能に負けただけ」――

そう思うことで、なんとか涙を飲み込んだ。




それから数日、レオンハルトはまるで別人のようだった。

話しかけても目を合わせず、必要最低限の言葉しか返さない。

夜になっても、部屋には戻らず、軍の詰所で仮眠を取っていると噂を聞いた。


距離を置かれている。

……いや、避けられている。


(そうだよね……抱いたことを、後悔してるんだ)


胸の奥がぎゅっと痛む。

でもそれを誰にも言えない。

言ったところで、番になり損ねた女の独りよがりだと笑われるだけだから。




そんなある日。

軍医のオルド医官に、声をかけられた。


「エルフィーナ殿、少し診せてくれるか。……その、背中と、腹部の皮膚」

「……? はい……」


言われるままに上着をめくると、オルドの目が驚愕に見開かれる。


「……まさか。もう、こんなに……」

「えっ?」

「……“番の印”が出ている。獣人特有のものだ。しかも、はっきりと……」


背中に、赤く浮かび上がる花のような模様。

それは、獣人と番の関係が“結ばれた”証。


「でも……レオンハルト様は、出る前でよかったって……」

「彼が気づいていないわけがない。……むしろ、わざと黙っているんだろう」


その言葉に、エルの胸が締めつけられた。


(……気づいてたのに、言ってくれなかったの……?)



夜。

エルは一人、レオンの部屋の前に立った。


ノックする指先が震えている。

けれど、言わなければ何も変わらない。


「レオンハルト様……お話があります」


返事はない。

それでもドアを開けると、彼は机に向かって書類を見ていた。


「……何の用だ」


その声に、エルの胸がぎゅうっと痛む。

何度も口を開こうとして、でもどうしても言葉が詰まる。

最後に出たのは――小さな、震える声だった。


「……発情の時、私のこと……どう思ってたんですか?」


レオンは、顔を上げない。


「本能だ。それだけだと、言ったはずだ」

「じゃあ……番の印が出ているのは、見間違いですか?」


その瞬間、レオンの瞳が揺れた。

けれど、彼は何も言わなかった。


「……分かりました」


エルは深く頭を下げ、ゆっくりと部屋を出る。

その背に、レオンの声は一言もかからなかった。



その夜、エルは兵舎の荷物をまとめた。

わずかな衣服と、あの日渡された軍服。

胸にしまったままの、母の形見の首飾り。


そして――朝早く、兵士に一通の届けを出した。

『将軍付きからの辞退を願い出ます。別の仕事を希望します』




ーーーーレオンハルト視点

あの夜から、俺はエルの部屋に一度も入っていない。

それが正しいと思った。

そうすることで、彼女を――番を、本当の意味で守れると。


(あんなふうに、抱いてしまった……)


発情に抗えず、彼女を組み敷いて、何度も絶頂させた。

あんな無垢な身体を、自分の欲で汚した。

彼女の瞳は、怯えていた。

最後まで、俺の愛に気づいてなんていなかった。


(……当然だ。俺が何も言わなかったからだ)


番の印が彼女の肌に浮かび始めていたのを、俺は見た。

あれは、間違いなく本物だった。

俺の匂いに反応し、俺の中に注ぎ込まれた証に応え、彼女の身体は番として刻まれた――


嬉しくなかったわけがない。

けれど。


(お前が番だからこそ……俺はお前に触れるべきじゃない)


帝国の獣人将の番が、ハーフの奴隷上がりだと知られたら?

エルはあっという間に、権力者たちの憂さ晴らしの的になる。

軍も貴族も、そんな関係を許しはしない。


(……もう、二度と誰にも奪わせないって思った)

(それなのに、抱いたことで、お前を傷つけただけだ)


彼女は泣いていた。

その涙が、ずっと胸に刺さっている。



そして――あの夜。

「番の印が出ているのは、見間違いですか?」と、彼女が震える声で尋ねた時。

俺は、返せなかった。

本当は、「そうだ。お前は俺の番だ」って、言いたかった。

でも――言えば、彼女はここに縛られる。


(俺の隣は、きっと地獄だ。お前には幸せになってほしい。俺のせいで、泣いてほしくない)


だから、何も言わなかった。

そうして、自分の番を、ただ見送った。


……なのに。

彼女が部屋を出た後、俺は気づいてしまった。

エルが、もうこの離れから去る準備をしていたことを。


机の上に置かれた一通の届け出。

『将軍付きからの辞退を願い出ます』

その文字を見た瞬間、何かが頭の中で“ぷつり”と切れた。


「……ふざけるな……」


声が震える。

拳を握りしめ、唇を噛む。


「……お前がいなくなったら、俺は……」


初めて気づいた。

ただの発情なんかじゃなかった。

俺はあの夜、確かに心ごと彼女を求めていた。


「……もう遅いのか……」


顔を覆い、声を押し殺して呟く。


「……もう一度だけでいい。あの子を、抱きしめたい――」




ーーーーエルフィーナ視点

朝焼けが、東の空をわずかに染め始めていた。

エルフィーナは、最後の荷物を背負って、兵舎の裏門へと歩いていた。

まだ誰も目覚めていない時間。

見送ってくれる人も、止めてくれる人も、いない。

肌寒い風が頬を撫でる。


(これでいい。……私がいなくなれば、将軍様の負担も減る)


そう自分に言い聞かせながら、でも胸の奥はどこまでも痛んだ。

喉の奥に何かが詰まって、うまく息ができない。


(――最後くらい、ちゃんと笑って去りたかったのに)


視界が滲んだ時だった。

――ドンッ、と激しい音が鳴り響いた。


振り返ると、兵舎の扉が開かれ、誰かが駆けてくる足音が響いていた。

その姿は、見間違えようがなかった。


レオンハルト。


軍服も乱れ、髪もほどけかけたまま。

息を荒くしながら、血の気の引いたような表情で、彼はエルの前に立ちはだかった。


「……どこへ行くつもりだ」

「……他の任務へ、配置換えを申請しました」


震える声で、エルは答える。


「あなたのそばにいる資格なんて、私には――」

「ふざけるな」


その言葉を、レオンは噛み殺すように吐いた。


「俺が、どれだけお前を避けることで……お前を守れると思っていたか、分かってたまるか……!」

「……守る? それって、私を抱いたあとに“すまなかった”って言ったことも?」


エルの声が、かすかに震える。


「“発情を抑えられなかっただけ”って言ったのも? それで、私がどう思うかなんて、考えてくれたんですか……っ?」

「……っ……!」

「私は……私は、将軍様に必要とされたくて……っ、でも、ただ抱かれて、終わって、避けられて……っ、そんなの……そんなの、辛すぎて……!」


張り詰めていた想いが、一気に涙に変わって溢れた。

声を殺して泣くエルを、レオンは見ていられなかった。


「……俺は……!」


レオンは、彼女の腕をぐいと引き寄せた。


「俺は、怖かったんだ。お前を番だと認めたら……もう二度と、離れられなくなると思った」

「お前を番だと受け入れたら、世界がどうなろうと、お前だけを選びたくなると分かっていた。だから……!」

「じゃあ、言ってよ! ちゃんと……ちゃんと、気持ちを言ってくれたら……!」


エルの叫びに、レオンの胸が張り裂けそうになる。

そして――その手が、そっと彼女の頬に添えられた。


「……俺は、お前が欲しかった。身体じゃない。心も、全部だ」

「……お前が俺の番だと分かった時、嬉しくて、でも怖くて……それでも、もうどうしようもないくらい、お前を愛してる」

「……っ、レオンハルト様……」

「……“様”なんて、もうやめろ。俺の番だろ」

「お前だけは、俺のこと――“レオ”って呼んでくれ”」


その一言が、堤防を崩した。

エルは涙でぐしゃぐしゃになった顔をレオンの胸に埋めながら、小さな声で囁いた。


「……レオ……」

「……レオ……好き……大好き……」

「……ああ。俺も、お前だけが欲しい。お前しか要らない」


そのまま、彼女を強く抱きしめる。

朝日が昇り始める空の下、二人の影がひとつに重なっていた。



夜、離れの一室。

焚かれた暖炉の火が、静かにぱちぱちと木を焼いていた。

エルはレオンの軍服に包まれて、その腕の中にいた。

いつも硬くて冷たかったその体が、今は嘘みたいに優しくて、温かかった。


「……俺の番」


そう言って、レオンはエルの手を取り、そっと指を絡めた。

その手は大きくて、ごつごつしていて、でも信じられないほど丁寧に触れてくる。


「今度は……ちゃんと、お前の心ごと抱く」

「身体だけじゃない。全部、俺のものにさせてくれ」


唇が、そっと額に落ちた。

そこから、鼻先、頬、耳、そして――唇へ。


「……レオ」


小さな声でそう呼ばれた瞬間、レオンの瞳が熱を帯びる。

ゆっくりと、甘く、深く――舌が差し入れられ、口内をくちゅくちゅと愛撫される。


「ん、ふぁ……レオ……や、キス、長い……っ」

「足りない。もっと味わわせて。……お前の全部、俺に教えて」


レオンの手が、そっと太腿を撫でる。

指先が内腿を滑り、小さな蕾へと触れる。


「ここ……もう、熱い」

「やっ……だ、恥ずかしい、っ……ああっ、レオ……っ」


ぬるり、と熱を帯びた粘膜が割れ、レオンの指がそっと擦る。

直接、尖った粒――クリトリスをじっくりと。


「ひっ……あっ、やぁ……やだ、レオ、そこ……弱いの……っ」

「知ってる。だから、ここをいっぱい可愛がる」


指先で優しく円を描き、時に少し強く押し当てる。

舌でなぞるように、唇で吸い上げるように――

クリを愛撫するたび、エルの体が跳ね、甘く、何度も啼く。


「だめっ、もう、なんか、来るっ……また……!」

「いいよ。感じて。俺のせいで、壊れそうになって」


びくびくと震えるヒロインの腰を支えながら、レオンの舌は執拗に責め立てる。

くちゅ、ぬちゅ、と音が立つたび、エルの身体がびくびくと跳ね、絶頂に達していく。


息も絶え絶えになったエルを、レオンはそっと抱き上げる。

そして、自らの熱をその濡れた中心に押し当てる。


「……もう、お前の中、俺を覚えてるな。受け入れる準備、できてる」

「っ、うん……レオ……今度は……ちゃんと、あなたを感じさせて……」


ずぷ……っと、肉が押し分けられていく。

エルの中に、再びレオンの熱が、根元まで沈んでいく。


「ふ、っああ……っあ、あ……っ」

「奥まで、ちゃんと埋まった。……気持ちいい?」

「うん……すごく……っ、好き、レオ……」

「俺も……お前の中が気持ちよすぎて、我慢できそうにない」


腰をゆっくりと、深く、打ちつける。

とろとろと濡れた膣壁がレオンを絡め取り、動くたびにいやらしい音が響く。


「ぬちゅっ……っん、あっ、レオ、また、来ちゃう……!」

「イけ。もっと何度でも。俺だけで満たされろ……っ」


体位を変え、背中から、膝立ちで、最後は密着して――

エルを抱きしめながら、何度も何度も、中で絶頂させる。


「レオっ……だめ、また、きちゃう……っ」


何度目の絶頂だったかもうわからなかった。

奥を何度も擦られ、濡れた音が部屋中に響く。

ひくひくと震える膣に、レオンの熱が深く突き刺さるたび、身体が跳ねた。


「……エル……お前の中、気持ちよすぎて……」


レオンの声も、甘く、震えている。

彼はヒロインをぎゅっと抱きしめながら、ゆっくりと、けれど止まることなく腰を打ちつけていた。


「……レオ、もっと、ちょうだい……っ」

「俺の名前、そんなに可愛く呼ぶな……理性が……っ、全部飛ぶ……」


最後の一突きで、奥深くにぐぷ、と根元まで沈み込む。


「――あっ、ふぁあああああっっ!!」


熱が、一気に注ぎ込まれた。

びゅっ、びゅるっ、と――何度も、どくどくと、膣内を満たしていく。

それが注がれていると理解しただけで、エルはまた絶頂を迎えた。


「レオ……あったかいの、いっぱい……」

「出しすぎたかも。でも……足りない。もっと、俺のをお前に刻みたい」


そのまま、結合部は離れない。

レオンは、繋がったままエルの腰を抱きかかえ、ベッドの上にそっと横たえる。


「……はぁ、ふぁ……レオ……」

「……繋がったままって、気持ちいいな」

「番って、こうやって……本能だけじゃなく、心まで交わっていくのかもな」


汗ばんだ額に、キス。

ふわふわの髪を撫でながら、レオンは優しく囁く。


「……お前を、誰にも渡したくない」

「誰かと話してるだけで、俺は腹が立つ。触れられたら、噛みちぎってでも引き剥がしたくなる」

「こんな気持ち……お前以外に感じたこと、ない」


その言葉に、エルの目にまた涙が滲む。


「レオ……私も、同じだよ。誰かにあなたを取られるくらいなら、壊れてもいいって思うの」

「壊させない。……これからも俺のって、思わせて」

「……うん。レオの番で、いさせて」


その瞬間、エルの腹部に――

淡く紅く、花のような模様が浮かび上がる。


「……番の証だ。……やっと、完全に俺のものになったな」


そう呟いたレオンは、彼女の首筋に、再び甘く牙を立てた。

ちゅっ、と小さな音がして、赤く吸われた跡が残る。


「これで、どこから見ても、お前が俺の番って分かる」

「ふふ……レオって、ほんとに独占欲強いね」

「お前が可愛すぎるから悪い」



夜は、まだ終わらない。

離れたくないと囁くエルを、レオンはまたゆっくりと奥まで繋いでいく。

繋がったまま、甘くとろけるような、もう一度の深い交わりが――

番となった二人を、静かに、でも確かに結びつけていった。


朝が来ても、彼のものは抜けなかった。

繋がったままの身体を、レオンは静かに抱きしめ、エルの髪を何度も撫でた。


「……ずっとこうしていたい」


その呟きに、エルは恥ずかしそうに笑った。


「レオ……それ、身体が……抜けないからじゃなくて?」

「違う。……たとえ抜けても、またすぐに繋ぐ」

「……ん、もう……好き……」


指を絡め、優しくキスを交わす。



数時間後。ようやく二人の身体が離れたころには、太陽が高く昇っていた。

レオンはエルの体を抱えたまま湯浴みの場へ連れていく。

湯に浸かりながら、何度も彼女の身体を撫で、傷のないかを確かめ、洗い、抱きしめる。


「痛いところはないか?」

「ないよ……むしろ、幸せすぎて……ふわふわする……」


身体を拭いて、肌着を着せ、髪を乾かすところまで、レオンはすべて自分で行った。

まるで宝物を扱うように、丁寧に。優しく。何度もキスを落としながら。


けれど。

その平穏は、すぐに破られる。



将軍直属の幹部会議。

貴族家系の獣人たちが居並ぶ中、ある男が声を上げた。


「聞くところによれば、将軍は人間との混血を“番”にしたとか?」


ざわめきが走る。


「将軍。まさか、そのような……血筋も名も無き、ハーフの娘を」

「帝国軍の将が、そんな前例を作れば、秩序が乱れる!」


激しい非難の声。

そして、その中心に座っていたレオンは、静かに立ち上がる。


「黙れ」


その声は、低く、静かで――だが、確実に場の空気を凍りつかせた。


「お前らにとってはただのハーフでも、俺にとっては唯一無二の“番”だ」

「彼女の存在を否定するなら――俺が軍を辞してでも、守る」


場が一瞬、静まり返る。


「……ふざけるな。将軍の立場を盾に――!」

「……俺の番を侮辱したら、牙を剥く。それだけの話だ」


会議室の外で待機していたエルは、その言葉を、扉越しに聞いていた。


胸が熱くなった。

涙が、自然にこぼれた。


 (……私は、守られてる。ちゃんと、番として……“選ばれてる”)



会議後、戻ってきたレオンは、彼女の前でしゃがみ込み、小さな箱を差し出した。


「……指輪なんて習慣は、この世界にはないけど」

「……代わりに、これを」


その中には、獣人の番が交わす“牙の飾り”が入っていた。

レオンが自らの牙を削り、磨いて作ったもの。


「これは、俺の誓い。……これからも、ずっと俺の番でいてくれ」

「……うん。もちろん。どこにも行かない。私は……“レオの”だから」



静かな夜。

再び身体を重ねながら、ヒロインは耳元でそっと囁いた。


「……誰にも渡さないでね?」

「……当たり前だ。お前は、俺の誇りだ。俺の番――俺だけの、エル」


あれから数日。

レオンが幹部会で俺の番だと宣言してから、エルの周囲の空気は明らかに変わった。


表立っては何も言わない。

だが、軍内の一部では、陰で冷ややかな視線が向けられていた。


「将軍に媚びただけのハーフのくせに」

「体を使って番になった女」

「本当に“本物の番”か? 将軍がそう言えば、何でも通るのか」


小声で囁かれる悪意に、エルは耳を塞ぐしかなかった。




そんなある日。

レオンが外部任務で不在となった夜、エルは部屋の中で自分の腹に浮かぶ“番の印”をそっと撫でていた。


紅い花のような模様。

レオンの証。番の証。


(……私が、彼の足を引っ張ってるんじゃないかな)


レオンは将軍だ。国の未来を担う者。

そんな彼の番が、自分のような身元も名もない“混血”でいいのだろうか。


(……もし、私がいなければ……)


そんなことを考えた瞬間、背後から声がした。


「お前……また余計なこと考えてるな」


驚いて振り向くと、そこには予定よりも早く任務から戻ったレオンが立っていた。


「レオ……!」

「腹の印を見て、そんな顔をするな。……俺があれを刻んだんだ。俺の証だ。恥じるな」


レオンは彼女の前にしゃがみ込み、そっと指でその紅い模様をなぞった。


「これがある限り、何があっても俺はお前を“番”として選ぶ」

「たとえ帝がそれを否定しても、俺はお前を抱く。守る。離さない」


その言葉に、エルの涙が溢れる。


「……でも、レオ……みんな、あなたの足を引っ張ってるって……私のせいで、あなたが……!」

「お前が俺の誇りだ。誰が何と言おうと関係ない」


レオンはゆっくりと彼女を抱き寄せ、囁いた。


「……俺は、俺の番を恥じたくない。だからお前も、自分を恥じるな」



その夜。

エルは久しぶりに自分から、レオンの胸に身体を預けた。


「レオ……もう一度、証をつけて」

「……お前、甘やかされたいだけだろ」

「うん……いっぱい甘やかされたい」


レオンは微笑みを浮かべ、彼女の首筋にそっと唇を落とす。

そして、何度も、何度も――優しく、そして深く。

番の証を、愛情を、熱を――彼女の全身に刻み込んだ。




帝都の正殿。

重厚な玉座の前で、レオンは跪いた。


その背後には、やや緊張した面持ちのエル。

だが、彼女の目には迷いはなかった。


向かい合うのは――帝国を統べる獣人皇帝。


「将軍。……貴殿の“番”について、再度問う」

「それは真に、獣の理に従って選ばれた番か? 本能の証か?」


「はい。俺の番は、彼女――エルフィーナです」


迷いなく、真っ直ぐに。

レオンの声は、低く、しかしはっきりと広間に響いた。


静まり返った空間の中で、皇帝がゆっくりと立ち上がる。


「……ハーフの娘を番に選ぶことが、いかに社会に波紋を呼ぶかは、貴殿が最も理解していよう」

「理解しております。それでも俺は、彼女を選びます」


皇帝の眼差しが鋭さを帯びた。


「理由は?」


レオンはすっと立ち上がり、隣のエルの手を取った。


「彼女は、俺の本能が唯一反応した存在です。

 それだけではなく――心の底から、愛している」

「この先どんな未来になろうとも、俺は“番としての責任”を背負い続ける覚悟です」


しばしの沈黙ののち――

皇帝は、深く息を吐き、口を開いた。


「……分かった。将軍の覚悟と、娘の眼差しを見れば、偽りではないことが分かる」

「……!」

「我が帝国は、“真の番”を拒むことはしない。

 レオンハルト=ヴォルグ、エルフィーナ。貴殿らの契りを、正式に承認する」


その言葉に、エルの目から涙がこぼれた。


「……ありがとう、ございます……っ」


レオンは、彼女の肩を抱き寄せ、そっと囁いた。


「これで、もう誰にも奪わせない。堂々と、お前を“俺の番”として抱ける」

「……レオ……ありがとう……!」



屋敷に帰り。

レオンは静かに、エルの左手を取り、あるものを差し出した。

それは――彼女の母が遺した形見の首飾りを模した、特製の誓いの飾りだった。


「これ、私の……?」

「作り直した。……お前が誰のものか、誰の番か、一目で分かるように」


チェーンの先には、番の証と同じ花の模様が刻まれていた。


「これから先も、もし怖くなることがあったら、これを見て思い出せ」

「“お前は、俺が誓った唯一の番だ”って」


レオンの手は、彼女の頬にそっと添えられていた。

まるで壊れものに触れるように、ゆっくりと撫でる。

目と目が合うたび、何度も、何度も、唇が重なる。


「……レオ」


小さく名前を呼ぶ声に、レオンの喉が微かに鳴る。


「好きだよ、エル……愛してる」

「番じゃなくても、きっと俺は、お前を選んでた」


囁きながら、額に、瞼に、唇に――静かにキスを落としていく。


そして、レオンの手が、彼女の腰をそっと撫でた。

膝の間に入り込むように体を預け、繋がる場所へ――愛しさを込めて、ゆっくりと。


「……んっ、あ……」


何度も繋がった場所なのに、それはまるで初めてのようだった。

少しだけきつく、でもすぐに馴染んで、ぬくもりが絡み合う。

腰を押し込むたび、エルが甘く息を吐き、

それを受け止めるように、レオンがそっと耳元で囁く。


「……気持ちいいか?」

「うん……レオが、優しくしてくれるから……」

「優しくしかしない。もう泣かせない……お前が嬉しい顔をしてるのが、一番好きだから」


深く、でも激しくない。

打ちつけるのではなく、確かめるように。

ひと突きごとに、心が触れ合う。


濡れた音が静かに響くたびに、

愛撫も、キスも、名前を呼ぶ声も――すべてがひとつに溶けていく。


「レオ……もっと……」

「ん、あ……好き、好き、好き……」

「エル……可愛くて……たまらない……全部、俺のだ……」


絶頂は、静かだった。

でも、深く、身体の芯からほどけるような幸福があった。

レオンの熱が奥に注がれるたび、エルは目を潤ませて、彼の名前を呼び続けた。


「レオ……だいすき……私、ほんとに幸せ……」

「俺もだよ……誰よりも、お前が……」


そのまま抜けないように、彼女を抱きしめたまま、レオンは囁き続けた。

夜が明けるまで、彼は何度も愛を囁いた。

その声は、キスのように柔らかく、まるで“未来の誓い”を綴るようだった。


「お前の隣で、年を取っていけたら……それが一番の幸せだ」

「……私も。レオとなら、どんな未来でも怖くないよ」

「……じゃあ、ずっと隣にいて。これからも、俺の番でいてくれ」

「うん……“レオの”で、いる」


そうして、朝が来るまで、

ふたりは何度も唇を重ね、何度も繋がりながら、離れることはなかった。



淡い光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

東の空がゆっくりと色づき、夜が静かに明けていく。

エルフィーナは、ぬくもりの中でゆっくりと瞬きをした。

頭のすぐ上、髪を優しく撫でる手のひら。

そして――まだ自分の中に深く繋がったままの、彼の熱。


「……レオ、起きてたの?」

「お前が可愛く寝てるのに、寝られるわけないだろ」


レオンは、ベッドにもたれたまま彼女を抱きしめていた。

彼女の背中を軽く撫でながら、体温を分け合うように。


「気持ちよさそうに眠ってた。……だから、ずっと見てた」

「恥ずかしいこと言うの、ずるい……」


頬を染めてうつむいたエルの唇に、そっとキスが落とされた。


「おはよう。俺の番」

「……おはよう、レオ」



静かで、穏やかな朝だった。

けれど――身体は、まだしっかりと繋がったままだった。


「……抜けてないね」

「抜ける気がないんだけど。文句ある?」

「ない……むしろ、幸せ」


ふふ、と笑ったエルを、レオンはたまらなく愛おしそうに見つめた。


「……番ってすごいな。朝になっても、まだ足りないって思うんだ」

「うん……私も。もう、何回キスしたか分かんないくらいなのに……」

「……まだ、したい?」

「……して?」


その囁きの直後。

唇が、再びそっと重なる。

優しく、深く。何も言葉はいらないほどに、想いが溶け合っていく。


「……なあ、エル」

「なに?」

「これから何があっても……もしまた、誰かが番のことを否定したとしても」

「うん」

「そのときは、俺じゃなくて……お前が、“俺の番だ”って言い切ってくれ」

「その一言が、俺には何より強い盾になるから」

「……うん。約束する」

「番じゃなくても、ずっとお前を選んでた。だけど、番だからこそ、どんな未来にも抗える」

「“レオの番”でよかった。“番になれて”よかった」



外の空は、すっかり明るくなっていた。

鳥のさえずり、朝の光。街の息吹。

新しい一日が始まろうとしている。


でも、この部屋の中だけは、まだ夜の余韻がそっと残っていた。

繋がったまま、互いを抱きしめて。

未来を語り、キスを交わし――ふたりの心と身体は、もうどこまでも重なっていた。




これは、番となったふたりの始まりの物語。

夜の帳が下りて、朝を迎えたとき――

彼女はもう、誰のものでもない。


ただ、“彼の番”だった。


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