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一条戻り橋  作者: yukko
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二度目の夜の前

公廉は孝子が書いている物語を誰よりも早く読めることに幸せを感じています。

そして、そんな公廉の様子を見ている時の孝子は喜びを隠せません。


「何を思って、私を見ているのだ?」

「楽しそうに読んで下さって……孝子は嬉しゅうございます。」

「そうか! そうか………そうなのだな……。」

「このように吾が君様と過ごせる時を再び持てるなど思いも寄りませんでした。」

「それは私も同じだ。この時が長く続けば良いと思うておる。」

「……嬉しゅうございまする。」

「其方は……如何じゃ?」

「私も吾が君様と共に……長くと………。」

「そうか! そうか!」


それは、まるで三日夜餅を食す二人のようでした。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



二日目の夜、阿漕は右近の少将が落窪の君の元を訪れられる時間までに、今夜こそ⦅姫様がお恥ずかしい想いをなさらないようにご用意しなければ!⦆と思いました。

阿漕は落窪の君の部屋を綺麗にして、少しでも見栄えが良いようにしたいと慌ただしく整えています。

どんなに整えても調度品がありません。

特に屏風や几帳といった調度品が一つも無いのは、落窪の君が源中納言家の姫君では無いかのようです。

⦅困ったわ……本当に何も無いのだから……あぁ、これも何もかも、あの北の方のせいだわ!⦆と阿漕は憤りを感じても居ます。

部屋を整えても落窪の君は覚束(おぼつか)無い様子で床に伏しています。

阿漕は寝ている敷物を整えるために「姫様、朝でございます。」と声を掛けましたが、落窪の君の目は泣き腫らしています。

⦅お可哀想に……姫様……。⦆と阿漕は思いました。

何とか気分を変えて貰おうと阿漕は落窪の君に敢えて明るく話しました。


「さぁ、姫様。御髪を()きましょう。」

「………ええ……お願いね。」

「はい。」


髪を梳いても落窪の君の心は沈んだままの様子です。

阿漕は一人で少将を迎えるための部屋にすべく一人で整え続けました。

阿漕は亡くなった実の母親の物で、実に見事な細工が施された鏡を見ました。

阿漕は鏡を綺麗に拭いて、枕元に飾りました。

そして、落窪の君に明るく話し掛けたのです。


「姫様。

 このお母上様のお品の鏡………取られなくて宜しゅうございましたね。

 ほら、ご覧下さいまし。部屋が見違えましたよ。」


阿漕はたった一人で少将を迎える準備をしなければなりません。

大人の女房の働きをし、子どもの女童(めわら)のように雑用も(こな)しています。

どんなに働いても落窪の君には足りない物が多過ぎました。


「もう少将がおいでになる刻限が近づいております。

 姫様、私のお古で大変畏れ多いことでございますが………

 まだ二回くらいしか着ていない袴がございます。

 何卒それをお召しくださいまし。

 昨夜はさぞ辛い思いをなさったことでございましょう。

 ですので、今宵は……姫様に辛い想いをして頂きとうございませぬ。」

「阿漕………。」

「大変、馴れ馴れしいと存じております。申し訳ございません。

 なれど、何卒、何卒お召し下さいまし。

 姫様の後見をして下さるお方がいらせられませぬ。

 袴などのお衣装を整えて下さるお方はいらせれませぬ。

 阿漕の袴をお召下さりまし。姫様………!」

「阿漕………。」


落窪の君の前に差し出された袴は真新しい物に見えました。

美しい袴を差し出された落窪の君は阿漕の袴を借りねばならない身の上を恥ずかしく思いました。

その一方で、今宵も昨夜と同じ身なりで少将を迎えるのは恥ずかしく……同じ想いをしたくないと思ったのです。


「阿漕、ありがとう。」

「では! お召頂けるのでございますね。」

「ええ……。」

薫物たきものは、前に三の君が裳着をなすった折りに、少しばかり頂戴した物を取り置い

 ておりました。」

「まぁ……それも……良いのですか?」

「勿論でございます!」


そう言って、阿漕は香を薫いて、着物を香しく匂わせました。

そして、阿漕は⦅あぁ……調度品の三尺の几帳が欲しいわ。一つも無いなんて!⦆と思い、⦅貸してくれそうなお方は……。⦆と調度品を借りると決めました。

阿漕がその脳裏に思い浮かべたのは、阿漕の叔母でした。

阿漕の叔母はかつて宮仕えをしていました。

そして、今は和泉守いずみのかみの妻になっていて、羽振りが良いようです。

阿漕は⦅叔母様だったら……私を可愛がって下さるからお願いしても良いわ!⦆と叔母に頼むことにしました。

⦅大丈夫よ。叔母様なら叶えて下さるわ。だって、私のことを案じて下さって『私の邸で働いて欲しい。』と仰って下ったのをお断りした後も変わらず可愛がって下さって……だから、大丈夫だわ。⦆

阿漕は叔母に文を書きました。



⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂―――⁂



「良かった! 

 これで調度品が整えられれば落窪の君も少将を恥じることなく迎えられるな。」

「はい。」

「うむ。なかなかに良い出来じゃ。」

「左様でございますか?」

「私の目に狂いは無かろう。そうは思わぬか?」

「左様でございましょうか?」

「私が妻に迎えたのは其方じゃ。我が眼は狂いが無いわっ!」

「まぁ………吾が君様……。」

「ハハハ……。」


公廉と孝子にも夜が訪れたのです。二人だけの夜が………。

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