第4話:戦士の王女、クロティルダ・ドュ・アストリア
アストリアの玉座の間は、クロティルダ王女の鋭い言葉の余韻だけがかすかに響いていた。
彼女の冷たい視線は俺にもう少し留まった後、次には腕を組みながらそっぽを向け、その姿勢を硬くして屈しないものだとでもいうような態度を見せた。
玉座に座っているアルドリック王は、そのやり取りを冷静な表情で見つめ、顎の髭を手でさすった。部屋の中の緊張感は手に取るようで、俺はすべての視線の重みを感じていた。
「アミール王子」
とアルドリック王が沈黙を破った。
「そなたの到着は時宜を得ている。この提案された同盟について話し合うべきことがたくさんある。しかし、まずはもっと……私的な場所に移動しよう」
彼は玉座から立ち上がり、その威厳ある姿が部屋を支配した。
評議メンバーや顧問たちは散り散りになり、わずかな重要人物だけが残った。クロティルダ王女はその場に残り、腕を組んで表情を読み取れないままだった。マリク隊長は俺のそばに立ち、剣の柄に軽く手を置き、常に警戒していた。
................
俺たちは小さな部屋に案内された。
その壁には、アストリアの戦いと征服の歴史を描いたタペストリーが飾られていた。部屋の中央には長いテーブルが置かれ、その表面は鏡のように磨かれていた。
確かに歴史書を読んでれば、アストリアって民族は元々、この半島よりもっと北方地域に住んでいた民だったが、120年前の【月笑の暦480年】にて、新たな肥沃な農地と資源とに富んだ土地を獲得すべく、遊牧民だった戦士民族の彼らの先祖たちが当時の第3目レコンギスタ勢力と戦争中の元ウルクシュヴァラ王国の虚をつく形で北西の『アルトゥーン』って辺境町を陥落させ、連合軍との戦いで他に手が回らなかった我が国の軍が他の地域の防衛を放置した所為で我が王国領土だった北西と西の土地を奪った。
でも、その後のことは殆どちょっかいを出さなくなり、彼ら当時の王、エリック2世はただ自分達の民が新天地を手に入れるべく相応しきサイズの領土を獲得したいといって、それ以上の侵略は望まないとあの頃の【月笑の暦485年】にて、【200年間不可侵条約】が締結された。
だから、その後は我がアル=ミラージュ王国との争いは一切しなくなったが、定期的に北方からのその豊かな資源を狙ってくる開拓者や傭兵軍を送り込んだヴァンデルモーツア帝国の襲撃部隊を毎年の絶え間ない小競り合いを続けてきたと聞いた。だから、戦闘経験の豊富なアストリアの兵士と戦士は侮れないし、味方につければ今の絶望的な状況よりもっと明るい未来が期待でき、そしてもっと連合軍と対抗できる戦力に同時に手にいられる。
「さあ、客人よ。座れ」
アルドリック王はテーブルの正面に座り、俺にその右隣に座るよう手招きした。
クロティルダ王女は俺の向かいに座り、その鋭い青い目は俺から離れなかった。
「アミール王子」
とアルドリック王は形式的だが優しい口調で話し始めた。
「アル=ラシード・スルタンはそなたを高く評価していると聞いた。彼はこの同盟が両王国にとって利益になると信じているそうだ。しかし、進める前に、そなたの考えを聞かせてほしい。なぜアストリアはアル=ミラージュ王国と同盟を結ぶべきなのか?」
俺は深く息を吸い、頭をフル回転させた。
これは俺が恐れていた瞬間だった——外交官、リーダーシップ、そして王子として自分を証明しなければならない瞬間だ。
「....」
俺はマリクの方を見て、彼もほとんど気づかれないほどにうなずいて励ましてくれたのを見た。
「陛下」
と慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「北の連合王国は私たち皆にとっての共通な脅威です。彼らは征服と分割を求め、自分たちの信念を共有しない者たちにそれを押し付けようとしています。単独では、アル=ミラージュ王国もアストリア王国も彼らに対抗できる術を持たないでしょう。しかし、共に戦えば、私たちは彼らと互角な戦力を有するようになれなくても、各個撃破できる戦略を練っていられるのです」
アルドリック王は椅子に背を預け、思慮深い表情を浮かべた。
「説得力のある議論だ」
と彼は言った。
「しかし、同盟は共通の敵以上のものに基づいて築かれる。アル=ミラージュ王国はアストリアに何を提供できるのか?」
「貿易です」
とすぐに答えた。
「私たちの王国領土の有する資源は陛下のとは劣っていても、それでも十分に恵まれています——香辛料、絹、貴金属などです。また、私たちは南部の海岸沿いでの交易路へのアクセスも持っており、それはアストリアの商品にとって新たな市場を開くことができます。南大陸のナティファラーの国々との貿易の関係もあり、同盟を結んでいたら、陛下の国の者でも私たちの領土を経由して、彼らとの外交や交易の関係が容易く築けることでしょう。そしてもちろん、相互防衛の問題もあります。同盟は私たちの国境を安全に保ち、両王国が繁栄することを保証します」
アルドリック王はうなずき、俺の答えに満足しているようだった。
しかし、クロティルダ王女はそう簡単には納得しなかった。
「では、この結婚はどうなるのか?」
と彼女は鋭い声で尋ねた。
「あたしはこの同盟を確保するための道具として取引されるのか?」
俺は彼女の視線をしっかりと受け止め、引き下がらなかった。
「クロティルダ王女」
と冷静な声で言った。
「私は君に何かを強制するつもりはありません。この同盟は結婚以上のものです。それは生存に関するものです。しかし、私たちが成功するためには、お互いを信頼しなければなりません。そしてその信頼は強制の上に築かれることはできません」
「......」
クロティルダの目は細くなったが、彼女は返事をしなかった。
代わりに、彼女は父親に向き直った。
「あたしはこのゲームの駒にはならない」
ときっぱりと言った。
「もしこの同盟が成立するなら、それはあたしの条件の下で行われる!」
アルドリック王はため息をつき、こめかみを押さえた。
「クロティルダ」
と疲れた口調で言った。
「これはそのための時では——」
「いいえ、父上」とクロティルダは遮った。
「これはまさにその時です。もしアミール王子が自分の主張するほど高潔なら、彼はあたしの意志を尊重してくれるでしょう」
部屋は沈黙に包まれ、その緊張感はナイフで切り裂けるほどだった。
俺はマリクの視線を感じ、慎重に進むよう静かに促されているのを感じた。
「クロティルダ王女」
と沈黙を破って言った。
「君の懸念は理解しています。そして、この問題について発言権を持ちたいという君の願いを尊重もします。もし許していただけるなら、私は君に自分自身を証明したい——同盟を求める王子としてではなく、君の強さと自立を尊重する一人の男性として」
クロティルダは数秒間だけ見開いた目で俺のを見つめてから、そして直ぐにその表情を読み取れないものにした。
そして、驚いたことに、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「わかった」と王女は言った。
「それなら証明してみせろ。あんたの力を」
...............
翌朝、俺はアストリアの王宮の訓練場に立っていた。
周りには兵士たちや見物人がいた。王女は俺の向かいに立ち、剣を手に挑戦的な輝きある目で臨んでいた。
「自分を証明したいと言ったな?」
と彼女は訓練場中に響く声で言った。
「なら、あんたの器はどれほどのものか、見せてみろ!」
俺はマリクの方を見て、彼が安心させるようにうなずくのを見た。
「殿下ならできることです」
と彼は言った。
「ただ、素振りの練習と私との軽い訓練の時を思い出すだけです」
俺は深く息を吸い、剣を抜いた。
その重さは手に馴染みのないものだった。アストリアへの旅の途中でマリクとの軽い訓練を積んできたが、俺はまだ熟練の剣士とは言えなかった。
それでも、今は引き下がるわけにはいかなかった。
決闘が始まり、王女は俺の息を奪うほどの速さと正確さで動いた。
「はあー!」
カ――ン!キ――ン!
「くっ!は、早い!」
「どうした!大口叩いた割にはその程度かー!もっとあたしを満足させてみろー!」
彼女の攻撃は容赦なく、そのたびに俺は後退を余儀なくされた。
カ――ン!キ――ン!
俺は彼女の攻撃をいくつかかわすことができたが、王女が手を抜いて俺をからかっているのは明らかだった。
くっ!こんな一方的な試合運び、なんかとあるライトノベルに良く見ていたようなヒロインとの試合していた主人公のことだった!
ま、まさか今回は見る側でなく自分が実際に戦う側に回るとはー!
カ―ン!キ―――ン!
「うわーあ!ぐっー!?」
王女からの鋭い振り回しで、半ば吹き飛ばされるようにして、床にずるずると足が引きずられるようにした後退を余儀なくされた。剣をかろうじて手中から手放さなかったのが唯一な救いだった。
「それがすべてか?」
とクロティルダはからかうように言い、笑みを広げた。
「アル=ミラージュ王国の王子にもっと期待していたが」
俺は歯を食いしばり、彼女に向かって動じないような姿勢を見せてやった。
やっぱり想像以上に強いな、クロティルダ姫って....
「もっと続けるよ」
「何度やっても同じ結果しか見えんが、良かろう!」
集中するんだ!
カ―ン!カ――ン!キ――ン!
今度の俺は足さばきと彼女の攻撃のリズムに集中した。
カーン!キ―ン!
そして、その時、隙を見つけた。
「はあーー!!」
「ぬー?」
自分でも知らなかった速さで、俺は王女の次の攻撃をかわし、剣を上げた。
その先端は彼女の喉のすぐ前に止まった!
観衆は息を呑み、一瞬、世界が止まったように感じた。
クロティルダの目は驚きで見開かれ、そして驚いたことに、彼女は一瞬呆気にとられた後、直ぐに笑みを浮かべた。
「ぷーあははは!」
それは豊かで本物の笑いで、俺は不意を突かれた。
「あは!悪くないぞ、アミール王子」
と王女は剣を下ろしながら言った。
そして、俺の方まで近づいて、
「手を抜いていたとはいえ、一本を取られたのは久しぶりだったぞ、王子!」
それだけ言ってくれた彼女は、今度は優しく微笑んでから、まるで男同士の友達にするように気軽く俺の背中へと力強い手による叩き込みを何度か繰り返しているだけだった。
バ――ン!バ――ン!
「ふはははー!いいぞ、王子!そうこなくちゃな!」
「い、痛いです、お、王女」
「まあ、まあ、良いではないか?減るもんじゃあるまいし!ふは!」
...............
高まった敬意を払い合ったこの決闘は、俺とクロティルダ王女との関係を更に進化させるものとなった。
彼女はまだ提案された結婚に警戒していたが、俺を単なる政治的な駒以上の存在として見るようになった。
俺たちは次の数日間を共に訓練し、戦略を話し合い、お互いの王国について学んだ。
ゆっくりだが確実に、相互の敬意が生まれ始めた。
ある夕方、俺たちは宮殿の城壁の上に立ち、アストリアの荒々しい風景に沈む夕日を見ていた。
クロティルダは俺の方に向き直った。
「あんたはあたしが期待していたものとは違うようだな」
と彼女は認め、いつもより柔らかい声で言った。
「あたしが会ったほとんどの王子は傲慢で自己中心的だった。今まで西の海岸沿いを通って豪華な船で送られてきた数々の北方地域からの見合いの相手から。しかし、あんたは……違う」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。俺もクロティルダ王女のような素敵なお姫さんは初めて見たよ?」
と笑いながら言った。
クロティルダは目を丸くしたが、唇にはかすかな笑みが浮かんでいた。
「調子に乗るなよ、調子者王子が」
と彼女は付け加えた。
「あたしを感心させたいなら、まだまだやるべきことが沢山あるのだぞ?」
「心に留めておくよ」
と軽い口調で返した。
アストリアに到着して以来、初めて希望の光を感じた。
これからの道は長く、困難に満ちているだろう。しかし、俺たちはそれを共に乗り越えられると信じ始めていた。
...............
城壁の上に立ち、王女が側にいるのを感じながら、心に決意の炎が灯るのを感じた。
これはただの始まりに過ぎない。これからの道は長く、困難に満ちているだろう。
しかし、俺はそれを正面から受け止めるつもりだ。
アル=ミラージュ王国の人々のために。
アストリアとの同盟のために。
そして、...俺に押し付けられた運命を全うするために。
俺は今、アミール王子だ。それが気に入ろうと気に入るまいと。
だから、それに相応しい振る舞いと行動をすべきだと、分かっているから。