第3話:王冠の重み
その後の日々は、目まぐるしい活動の連続だった。評議会の会議、戦略会議、そして王国の状況に関する終わりのないブリーフィングの間に、俺は息をつく暇もなかった。
どこを向いても、俺に何かを求める人々がいた——決断、リーダーシップ、答え。そして俺はそれらを持っていなかった。本当の意味では。
しかし、着実だが学んでいた。ゆっくりと、苦労しみながら、学んできた。
マリク隊長は俺の側で常に付き添う影となり、宮廷政治と軍事戦略の迷路を案内してくれた。
彼は忍耐強く、ほとんど欠点無しと言えるほどで、その冷静な態度は俺が溺れそうな気分になったときにいつも落ち着かせてくれた。
俺の侍女であるヤスミンもまた慰めとなった。彼女は俺が気づく前に俺のニーズを予測し、その控えめで静かな存在感を放つ女性は俺の張り詰めた神経を和らげてくれた。
それでも、新しい役割の重みは圧倒的だった。俺はただの王子ではなく、戦争の危機に瀕した王国の後継者だった。そして俺が下す——あるいは下さない——すべての決断には結果が伴った。
この数日間で大図書館に入り浸った自由時間の夜間に、このアル=ミラージュ王国と世界の知識について色々読んだり学んできたが、その成果もあって今の俺はもっとこの国の歴史や置かれた状況に詳しくなった。
この国、【アル=ミラージュ王国】の統治している領土と位置はどうやら、北大陸の【ルードヴィッヒ大陸】と呼ばれてる大地の一部にあるのだが、700年も前の遥か昔から、そしてそのずっと前からはこの地にこんな国は存在しなかった。
元々、この国を建国したのは、南大陸【ナティファラー】からの住民で、そしてその起源も【アリーナキム帝国】の民の一部が圧政に苦しんでいた所為でその大陸のもっとも辺境な海岸沿いに避難してきて、当時の【月笑の暦前のー2年】にて、その難民のリーダーであるウルクシュヴァラ予言者がとある月の女神から夢の中の啓示を受けたことから全てが始まった。
月の女神ルナラはウルクシュヴァラに、海岸沿いの向こうの海の更に北へは北大陸ルードヴィッヒがあることを教えて、そして衝撃なことに女神は彼に、その向こうのルードヴィッヒ海岸のその以北からは全部大きな半島となっていて、その半島の地域には半分以上もダークエルフという亜人が住んでいて、遥か昔から元々の人間族の住民を追い出したことからずっと我が物顔でそれを支配していたと語った。
女神ルナラも、いずれダークエルフは世界中にとある【破滅の闇】をもたらすと明かし、それを阻止するためにウルクシュヴァラが選ばれた。
話を簡潔にするために省略すると、その後は女神の指示と恩寵の下で数々の奇跡の力をウルクシュヴァラが授かって、そして【無敗の大軍】とまで呼ばれた軍隊を率いていた彼は、ルードヴィッヒ大陸に渡りその半島を支配していたダークエルフをたった数か月間で根絶やしにできた多く戦闘での勝利を収めた!
その後、半島は【ウルクシュヴァラ半島】と呼ばれるようになり、ダークエルフの領土だったその膨大な土地を誇る大陸をウルクシュヴァラが指導していた元アリーナキム帝国人の民が住んでいるようになった。なので、【月笑の暦1年】を機にウルクシュヴァラと彼らの下についてきた元アリーナキム人による王国がその半島に建国され、名を【ウルクシュヴァラ王国】という。
その後、彼の死後でもウルクシュヴァラ人と呼ばれるようになったその【元アリーナキム】の民が構成された王国がもっと繁栄して、半島全土だけでなくルードヴィッヒ大陸の以東と以北までも勢力拡大を成功させ、一時は大帝国とまで誇るような領土を得たが、その後の長い600年の間を経て、数々の戦争での敗北を喫してからは現在のように、すっかりと領土が以前の100分の10にも及ばない小さな海岸沿いでの地域を統治しているようになった。
尤も、これは40年前の救国の英雄、アル=ミラージュの努力、策略と才腕のお陰で、かろうじてこの大陸から4国連合軍によるレコンギスタ勢力第4目解放軍だった当時の敵対勢力に長い戦争を経て打ち勝って追い出されないようにしたのが救いだった。だから、その英雄の名を称えて【月笑の暦575年】となった当時の35年前はすっかりとアル=ミラージュ王国と今の世代のウルクシュヴァラ人が国名を変えたほどに彼のことを尊敬していた。
今年、【月笑の暦600年】、俺という部外者がこの王子の身体に『成人した状態で転生してきた』のだ!
...............
数日後:
ある朝、俺は評議の間に座り、7国連合王国群の動きについてのまた別の議論に耳を傾けていた。その時、スルタンが深刻な表情で俺に向き直った。
「アミール」と彼は言い、その声は雑談を切り裂くように響いた。
「アストリアとの同盟を確立するための取り組みにおいて、より大きな役割を担う時が来た。お前は外交使節団を率いて、西へ赴いて彼らの首都へ向かうことになる。マリク隊長が同行し、小さな代表団も同行する」
俺は胃が締め付けられる思いを感じた。外交使節団?アストリアへ?俺は自分の王国の政治をどうにかこなすので精一杯で、ましてや外国の政治などわかるはずもなかった。
しかし、評議会の前で拒否することはできなかった。
「もちろん、父上」
と自信のある声を無理に出して言った。
「いつ出発しますか?」
「3日後だ」
とスルタンは答えた。
「その時間を使って準備をするのだ。この任務は重要だ、アミール。我が王国の運命がかかっているかもしれない」
彼の言葉の重みが俺の肩にのしかかった。咄嗟にうなずいたが、頭の中は疑問と不安でいっぱいだった。何も知らない王国とどうやって同盟を交渉すればいいのか?もし間違ったことを言ったら?もし失敗したら?
................
次の3日間は、準備に追われる日々だった。マリクと俺は何時間も地図やアストリアの文化、政治、軍事に関する報告書に目を通した。
アストリアは戦士の王国で、その激しい独立心と宗教への軽蔑で知られていることを学んだ。
彼らの統治者であるアルドリック王は、何よりも力と忠誠を重んじる現実的な人物だった。
そして、彼の娘であり後継者であるクロティルダ・ドュ・アストリア王女——彼女自身も若き19歳の恐れを知らぬ戦士であり、王を守る役目も担う近衛騎士団長でもある姫騎士で、その舌の鋭さと剣の腕前で評判だった。24歳の王子である俺よりも若いな。
「彼女はこれを簡単にはさせてくれないだろう」
とマリクは最新の情報を確認しながら俺に警告した。
「クロティルダ王女は政略結婚を好まず、この同盟を政治的策略と見なす可能性が高い」
「やれやれ」
とこめかみを押さえながらつぶやいた。
「もっと苦労が増えてきそうだな...」
王女のその性格を聞いて、もっと厄介事に煩わされるかと身構えてしまう俺。
「はっはっは!そうですか?」
マリクは笑った——珍しいことで、俺も驚いた。
「心配するな、アミール王子。殿下はこれまでにもっと酷いことを経験してきましたから」
「そうか?」
と眉をつり上げて尋ねた。
マリクの表情は和らぎ、
「殿下は他の男たちを打ちのめすような困難に直面してきました。だから自分自身を信じるんです。殿下ならきっと道を見つけられるはずです」
彼の俺に対する信頼は、慰めであると同時に恐ろしいものだった。
心の中で、その信頼を共有できればと思ったばかりだった。
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旅の始まりの日:
出発の朝、宮殿の中庭は活気に満ちていた。
馬と馬車の小さな隊列が準備され、その旗は風に揺れていた。代表団にはマリク、数人の顧問、そして護衛の一隊が含まれていた。ヤスミンもそこにいて、最後の細かい点を気にしていた。
「気をつけてください、殿下」
と彼女は俺のマントの留め具を調整しながら言った。
「そして忘れないでください。殿下は自分自身だけを代表しているのではありません。アル=ミラージュ王国そのものを代表しているのですよ」
「わかっている」
と言ったが、その言葉は俺の中に膨らんできた緊張感を和らげることはなかった。
マリクが近づき、その銀の鎧は朝の光に輝いていた。
「準備はいいか、アミール王子殿下?」
深く息を吸い、うなずいた。
「できる限りの準備はした」
俺たちは馬車に乗り、出発した。
宮殿の門が後ろで閉まり、その音は背筋に震えを走らせた。アストリアへの道は長く、その先に何が待ち受けているのか、俺はわからなかった。
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旅は最初のうちは平穏だったが、3日目に俺たちは道中で一団の旅人に出会った。
彼らは商人のようで、荷物を積んだ荷馬車を引いていた。しかし、彼らについて何かが俺を警戒させた。
「確認しに参ります」
とマリクはつぶやき、剣の柄に手を置いた。
マリクたちが近づくと、商人の一人が前に出て、友好的な笑顔を浮かべた。
「ごきげんよう、旅人たち!ボクたちも道を共にさせてもらえないか?数が多いほど旅は安全だぞ?」
馬車の中にいる俺が開いた窓越しに返事をする前に、マリクが割り込んだ。
「私たちは公務で来ている」
と彼はそっけなく言った。
「残念ながら遅れるわけにはいかない」
商人の笑顔は変わらなかったが、俺は彼の目がこの馬車の方に向かうのに気づいた。
「もちろん、もちろん。では、安全な旅を」
俺たちは先に進んだが、何かがおかしいという感覚を払拭できなかった。
「彼らはスパイだったと思うか?」
とマリクに聞いた。
「可能性はあります」
と彼は答えた。
「連合の連中はどこにでも目を光らせていますからね。私たちは何もかもを賭けているわけにはいきません」
さっきの思わぬ出会いは俺を緊張させ、その日の残りの時間は、いつでも襲撃があるのではないかと肩越しに後ろを振り返りながら過ごした。しかし、何も起こらず、日暮れまでに俺たちは休憩できる小さな村に到着した。
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その夜、質素な宿屋の部屋に横たわっていると、俺は再び月の女神の幻視を見た。
彼女は以前と同じように現れ、その存在は慰めと畏敬の念を同時に与えた。
「隆」
と彼女は言い、その声は俺の心に響いた。
「汝は正しい道を進んでいます。しかし、これからの道は容易ではありません。汝の側に立つ者たちを信じなさい。そして覚えておきなさい:汝は自分が思っている以上に大きな存在ですよ?ふふふ......」
「でも、もし俺が失敗したら?」
と震える声で尋ねた。
「もし戦争を止められなかったら?」
「ふふふふ.....」
月の女神は微笑み、その目には無限の知恵が宿っていた。
「汝、...隆は失敗しないですよ」
とルナラはきっぱりと言った。
「なぜなら、汝は月の光を内に宿しているからです。それに導かれなさい。そうすれば、隆はいつでも道を見つけるでしょう」
そして、以前と同じように、彼女は消え去った。
俺はハッと目を覚まし、心臓が激しく鼓動していた。
その幻視はとてもリアルで、鮮明だった。
しかし、それはまだ始まりに過ぎないという感覚を拭い去ることができなかった。
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アストリアの門:
翌日、俺たちはアストリアの国境に到着した。
その王国はアル=ミラージュ王国とは対照的だった——その風景は荒々しく、人々はたくましく自立していた。首都の街は、石と鉄でできた広大な要塞で、遠くにそびえ立っていた。
門に近づくと、一隊の兵士が俺たちを迎えに来た。
そのリーダーは、厳しい表情をした背の高い男で、手を上げて俺たちを止めた。
「用件を述べよ」
と彼は要求した。
「私はアル=ミラージュの王子、アミールだ」
と俺は自信を持って、続く、
「アルドリック王とクロティルダ王女と大事な会談をするために、外交使節として来た」
兵士は俺を一瞬見つめ、それからうなずいた。
「ああ、そのようなご用件は聞いたことがある!わかった、い、いいえ、分かりました。私について来て下さい!」
俺たちは街に案内され、その通りは活気に満ちていた。
アストリアの人々はアル=ミラージュの人々とは対照的だった——長年の戦争で鍛えられ、強烈な独立心を持っていた。
俺たちが通り過ぎるとき、彼らの目が自分たちに向けられているのを感じた。その表情は好奇心と疑念が混ざっていた。
街の中心には王城が高くそびえ立っていた。
それは石と鋼でできた威圧的な建物だった。俺たちが馬から降りて入り口に近づくと、胃のあたりが締め付けられるのを感じた。これがそれだ。
ご対面の瞬間の際で感じる緊張感のそれ。
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俺たちは玉座の間に案内され、アルドリック王とクロティルダ王女が俺たちを待っていた。
王は威厳のある人物で、広い胸と灰色の混じった顎鬚を生やしていた。
しかし、俺の注意を引いたのはクロティルダ王女だった。
彼女は背が高く、俺の褐色肌と違う印象的な白い肌の持ち主で、鋭い青い目とブロンドの髪を編んでいた。
その表情は冷たく、ほとんど敵意に満ちており、好奇心と軽蔑が混ざった目で俺を見つめた。
「アミール王子」
とアルドリック王は深く響く声で言った。
「アストリアへようこそ。そなたの到着を待っていた」
「ありがとうございます、陛下」
と頭を下げて敬意を示した。
「友好と協力の精神を持って参りました」
「はーっ!どうだか!」
クロティルダ王女は鼻で笑った——それは予想外で、不安を感じさせる音だった。
「友好?」
と彼女は鋭い声で言った。
「それを政略結婚という形でか?」
俺は頬が赤くなるのを感じたが、無理にでも真摯な態度を示すべく彼女の目を見つめ返した。
「私たちの王国間の同盟は重要です」
と慎重に言葉を選びながら言った。
「しかし、君の懸念も理解しているつもりです。君に何かを強制するつもりもありません」
クロティルダの目は細くなり、一瞬、彼女が反論するかと思った。
「ふん!」
しかし、彼女はただそっぽを向き、その表情は読み取れなかった。
っていうか、これは日本アニメでよく見てきた態度だ。
いわゆる、『ツンデレ』ってヤツか?
まさか異世界にまできてそれっぽい言動と振る舞いを見ることになろうとは。
人生は不思議なものもあるんだな.....
..............
玉座の間に立ち、アストリアの指導者たちに囲まれながら、俺は心に決意の炎が灯るのを感じた。
これはただの始まりに過ぎない。これからの道は長く、困難に満ちているだろう。
しかし、俺はそれを正面から受け止めるつもりだ。
アル=ミラージュ王国の人々のために。アストリアとの同盟を結ぶために。
そして俺に押し付けられた運命を全うするために。
俺は今、アミール王子だ。
異世界にある、ムーア風な王国の王子で、イベリア半島に似てる雰囲気の地域にいるんだけれど遥かにそれよりも3倍もの大きさを誇る半島にあるんだ(地図を見た限りで推察したもので)
この世界にいることが気に入ろうと気に入るまいと。
俺は常に、王子らしく、それにふさわしく行動をする時が求められるのだからな。