プロローグ:「サラリーマンの最後の日」
午前6時ちょうど、アラームのけたたましい音が狭いアパートの静けさを切り裂いた。
俺はうめき声を上げ、何年も磨いてきたような正確さでスヌーズボタンを叩いた。
あと5分。それだけあればいい。たった5分でいい。
しかし、運命はいつものように、別の計画を持っていた。
6時15分までには、俺はもうカチッとした白いシャツとネイビーブルのネクタイを身に着けていた。
中堅企業の交渉担当者としての制服だ。鏡に映った自分を見つめ、ため息をつきながらネクタイを整えた。
また一日、会議とスプレッドシート、そして上司からの嫌味たっぷりのメールに追われる日々が始まる。昨夜仕上げられなかった書類でいっぱいのブリーフケースを手に取り、ドアを出た。
東京の街は、いつもの朝の喧騒に包まれていた。
サラリーマンやOLが駅から蟻の行列のように流れ出し、スマートフォンに没頭したり、コンビニのコーヒーの湯気に顔を隠したりしていた。俺はその流れに加わり、頭の中はすでに今日の予定でいっぱいだった。
午前10時の交渉会議、潜在顧客とのランチプレゼンテーション、そして夕方まで続く会議の連続。その重圧がすでに肩にのしかかっているのを感じていた。
歩きながら、俺はいつも夢見ていた人生について考えていた。
企業の歯車の一つでない人生。本当に意味のある違いを生み出し、自分のスキルやアイデアが重要視される人生。しかし、それはただの空想で、オフィスに足を踏み入れた瞬間に消え去る類のものだった。
駅はいつものようにカオスだった。人々が四方八方に急ぎ足で移動し、その中を俺は慣れたように進んだ。片手にはブリーフケースをしっかりと握りしめている。
ホームは混雑しており、俺は端の方に立って次の電車を待っていた。時計を見ると、7時45分。電車が時間通りなら、最初の会議の前にコーヒーを買う時間がぎりぎりある。
しかし、その時、何かが目に入った。
動く影、色の閃光。振り返ると、配達トラックが猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。
クラクションが鳴り響き、時間がゆっくりと流れるように感じた。運転手のパニックに陥った顔、アスファルトを軋ませるタイヤの音、周りの人々の恐怖に満ちた表情。
俺は動こうとしたが、体が言うことを聞かない。まるで悪夢に囚われたかのように、その場に凍りついていた。
そして、衝撃。
世界が真っ暗になった。
「はあああ―――!?」
目を開けた時、俺はもう東京にはいなかった。
自分の体ですらなかった。宮殿にあるようなベッドの上に横たわり、シルクのカーテンとほのかな香りの煙に囲まれていた。
「こ、ここはどこだ!?配達トラックが目の前まで迫って、そして次にはー」
頭はぐるぐる回り、思考は混乱していた。ここはどこ?何が起こったんだ?
自分の手を見下ろした。それは俺の手ではなかった。その手はより色が濃い褐色肌で、力強く、何年もの訓練を物語るような硬いタコがあった。
俺は起き上がり、胸を打つ鼓動を感じながら、近くの鏡に映った自分をちらりと見た。
そこに映っていたのは見知らぬ顔——鋭い顔立ち、褐色の肌、そして俺にはない深い知恵を宿しているような目。
何が起こっているのかを理解しようとする前に、部屋のドアが勢いよく開き、男が入ってきた。
彼は背が高く威厳があり、俺よりもずっと筋肉質で真っ黒な肌をしているその存在感は畏怖を要求するものだった。黒人の男だ。
彼の目が俺の目を捉え、一瞬、どこかで彼を知っているような気がした。
「アミール王子殿下」と彼は深く落ち着いた声で言った。
「殿下は3日間意識を失っていました。王国は殿下を必要としており、政務にお戻りすることを期待しております」
アミール王子?王国?俺は頭をフル回転させて、この状況を理解しようとした。
「あ、あんたは誰だー?」
「ご冗談を、殿下。まさか先日の訓練の際、お受けになられた傷でご記憶を失っているのではないでしょう?念のため名乗らせて頂きますが、私はマリク・イブン・ハルーン、殿下をお守りする役目を担う王子直下親衛隊長です。そしてこの瞬間から、多忙なご時期に入っていくため、殿下の人生は今までと同じものにはなりません」
と、饒舌に説明する戦士の風貌をしている黒人の兵士っぽい恰好している者が目の前に俺を力強い目で見つめているだけだった。