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怪談集

あかむぐら

作者: 吉田 晶

昭和10年

某月某日


連日の猛暑。嫌になる。


昨今、巷に「あかむぐら」なる妖が現れるという。

それがいかなる姿をして、どのような害を為すか、ついぞ誰も知らぬ。


7つになる我が凡児までもがそんな話をしていたので、


「アア、そいつは私が子供の時分にも現れた。それはモウ恐ろしい化物でナ、

 子供を追い回すと細い細い管を何本も伸ばしてナ、

 血を吸いつくしてしまうのだ」


ソウ言って指をグネグネと動かして見せると、

凡児はキャッと声を上げて逃げ出してしまった。


こうして子供を()()()()ことこそ、大人の醍醐味といえよう。


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某月某日


妻にえらく叱られた。

先日、凡児を脅かしたせいで、ドウにも怯えて困るということだ。

そこで私は、凡児を呼び出し、


「そこに直れ。

 よいか、確かに()()()()()は恐るべき化物である。

 しかし、ここに取り出したるは、鈴鹿権現の露払いの鈴。

 この純金の鈴の音は、ありとあらゆる魔性の物を近づけぬ。

 これをお前に授けよう」


そうして、どこぞの土産物屋で買った金メッキの鈴をうやうやしく渡してやると、

ヤツめ、目を輝かせてそれを受け取り、小躍りしつつ走り去って行った。


あの単純なところは誰に似たのであろう。

我が子ながら先が危ぶまれる。


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某月某日


昨今、巷に「あかむぐら」なる妖が現れるという。

その妖は、歳を経た樹木の妖怪であり、郵便屋の姿をしている。

子どもを見ると後をつけ、枝を伸ばして絞め殺し、

根を突き刺して血を吸うのだとか。


笑止なことに、この妖怪はなぜか鈴の音を怖がると伝わっており、

子どもたちは小遣いを手にすると、菓子や玩具ではなく、

鈴を買いあさるようになったということだ。


あかむぐらの御大ときたら、しばらく会わぬうちに随分と出世したものである。


それにしても、斯様なことになるのなら、

先日、凡児に鈴を渡したとき、近隣の鈴を買い占めておけばよかったナァ。

己が不明を恥じるばかり。


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某月某日


妻が神妙な面持ちで云うには、

凡児が、以前に()れてやった鈴を亡くしてしまったのだという。


どうやら、アレを学校で自慢したところ、

やっかみで隠されてしまったというのがホントウのところのようだ。


妻が上目遣いで「どうにかなりませんか」と云う。

それは、通辞を介するまでもなく「どうにかしろ」ということである。


それらしい鈴を探しに近所を回ってみたが全く見当たらない。

ネコの首輪すら売り切れている。

衆愚、ここに極まれり。


しょうがないので、風鈴を買って帰ったら、

凡児が「そんなものではない」と泣き出した。


コチラも、うだる暑さの中を歩きまわって頭に来ていたので、

「ならば勝手にするがよい」と怒鳴りつけてやった。


妻の視線が厳しい。


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某月某日


妻が、気味の悪い郵便屋が家を覗いていると云う。

「ドウ気味が悪いのだ」と聞けば、

「夏なのになんだかとても着ぶくれていて、動きがぎこちなくて云々」

と答えるから、

「廃業した相撲取りが郵便屋にでもなったのだろう」

と云っておいた。


夕餉の鯵を焼いたものが舌を刺すほど塩辛い。


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某月某日


件の郵便屋を見かけた。

五、六間ほど離れた砂利道から、我が家をジッと見つめている。

「何か御用ですか」と声を掛けると、目礼だけして逃げるように立ち去った。


その時、ガサゴソと音がしたので、見れば、

彼の居たあたりに木の葉や枝切れがバラまかれていた。

妻の心配ももっともなことであったと反省する。


とりあえず交番に行って相談してみたところ、

「例の噂が流行って以来、そんな通報が多くて閉口している」やら

「一家の大黒柱が、つまらぬ妄言に踊らされてどうする」やら

ケンもホロロにあしらわれた。


サツマッポは芋でも食っていろと心中で悪態をついていたら、

晩飯は芋の煮つけであった。うまかった。


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某月某日


気が動転している。

とても日記など書いている場合ではないが、

何かをしていないと平静を保てそうにない。


今日の夕方、凡児が病院に担ぎ込まれた。

変質者に攫われ、首を絞められたのだ。


運よく現場を見かけていた人がおり、

交番に駆け込んでくれたものだから、事なきを得た。

犯人は現行犯として逮捕され、凡児も命を奪われるには至らなかった。


凡児はすでに意識を取り戻したが、念のため数日入院することになった。

あれほど狭かった家が、どうにも広く感じられてしかたない。


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某月某日


警察署長が羊羹を持って詫びに来た。

犯人は、私が見咎めたあの郵便屋だったそうだ。


なぜ、我が家が狙われたのか尋ねれば、郵便屋はこんなことを言っているらしい。


   * * * * *


少し前から、町の子供が自分を見ると怖がって逃げたり、

ふところから鈴を取り出して、それをシャンシャン鳴らすようになりました。


なんともいい気がしないので、同輩に聞いてみると、

それは「あかむぐら」なる噂のせいだとか。


「なにせ子供のすることだし、気に病んでもしかたない」

ソウ同輩には諭されましたが、幾度も幾度も鈴の音を聞くたびに、

そして、怯える子供たちの顔を見るたびに、

だんだんと自分が()()()()()になったような気がしてまいりました。


ある時、一人の坊やが皆に囃し立てられているのを目にしました。

「やあい 鈴無し 鈴無し 鈴が無ければ人でなし 

 あかむぐらが首絞めっぞ あかむぐらが血吸うぞ」


その時、私は確信したので御座います。

何が何でもこの子を攫い、絞め殺して血を吸わなくてはならないと。


あかむぐらは樹木の怪であると申しますれば、

制服の中に木の葉や蔦をいっぱいに詰め込んでみました。

すると、イヨイヨ自分は()()()()()だという気持ちが強くなりました。


少し手間取りましたが、坊やの住んでいる家も突き止めました。


そうして坊やが学校から帰る途中、一人きりになった隙を見て、

物陰に引きずり込み首を絞めたので御座います。


そこまではよかった。


ところが、これから根を突き刺し血を吸い取る、

そういったところでドウにも分からなくなってしまいました。


根というのは、手前にとって足のことでございましょう。

足を突き刺すということ、それはまだ理解できる。

では、足で血を吸うとはどうやればよいのか?


そうしてまごついているうちに、警察の旦那方が来てしまった。


ハア、そういうワケなので御座います。


   * * * * *


最後に、署長はこんなことを言った。

「犯人は今は冷静そのもの、どうしてそんな馬鹿なことをしたのか、

 まったく理解できないといった有様なのです」


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某月某日


遅い初雪。


近所の小間物屋が夜逃げをした。

なんでも、大量に発注した鈴がどうしても捌き切れなかったのだとか。


確かに、あたりを見回してみても、

鈴を付けている子供なぞどこにも見当たらない。


先の事件が新聞沙汰になり衆目に晒されたこと、

また、犯人が一切の抗弁もせずに服役したという事実から、

「あかむぐら」というものが、せいぜい、

「神経衰弱に陥った一般市民」に過ぎなかったということが、

世間に広まったからであろう。


そういえば、

昨今、巷には「あかむぐら」ならぬ「赤マント」なる怪異が現れるという。


我が凡児までもが懲りずにそんな話をしていたので、

「つまらん噂に惑わされるな」とだけ叱っておいた。


そんな名前、半年も経てば、

あかむぐらと同じように誰もが忘れ去っているに違いない。

昭和10年、横浜で起きたとされる事件に発想を得て。


※夏のホラー2024に投稿した作品のひとつ

他にもいくつか作品を投稿しているので、興味のある方は是非是非



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