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5.龍の咆哮

(やられたッ!)


“もう抑えていなくても”と言うからには魔石の封自体ユリウスの仕掛けであり、自身を追わせない為の目眩しに封を解いてリューシュの足止めとして使ったのは明白だ。

実際ユリウスを追おうにも同位体と言われたこの幼子(おさなご)を看過できる状態ではなかった。


魔石が砕け、支えを無くした幼子が台座から崩れ落ちるのを(すんで)の所で抱き止めたリューシュはそれでも可能な限り辺りの魔力の流れを追おうとする。

しかし先程繋がれたばかりの自身と“連理ノ河”、更には幼子から溢れる魔力とで満ち満ちているこの場では微かな流れなど追いきれるものでもなかった。


「グローッシュ!!」


リューシュは声を張り上げ強引に通信用の術式を呼び起こす。


『リュ…シュ様!ご無事で…か?!』


すぐにノイズ混じりに聞き慣れた男の声が聞こえた。グロッシュからの問いかけに構う事なく、リューシュは一方的に警告する。


「すまん、私の力不足だ。配下を砂漠に入れているなら下がらせろ!今すぐだ!」


『リューシュさ…?!』


理由は伝えずとも、あの男なら動くだろう。警告を促し義務は果たしたとばかり、リューシュは今度こそ目の前の幼子に意識を集中させた。


「『起きろッ!』」


空の器ではない。中身は調達したと言ったユリウスの言をこの時ばかりは信じるしかない。リューシュは内と外から呼びかけ続ける。


「『目を覚ませ!』」


器と異なる魂。

その身から溢れる膨大な魔力を幼子自身が自力で制御できるとはとても思えなかったが無意識下での暴走だけは何としても避けたかった。


物理的に再び封印するのはあくまで最終手段だ。

何としてもあの男(ユリウス)の事を聞き出す必要がある。

砂漠一帯は吹き飛ぶだろうが一応人間達に警告はしたのだ。それ以上の事はリューシュの力の及ぶ事ではなかった。


「『起きろ!』」


再度の呼びかけでようやく微かに幼子が身動(みじろ)ぐ。

瞼が震え、やがて琥珀色の瞳がリューシュを捉えた。よく見れば白銀の癖毛に隠れるように白い角が顳顬(こめかみ)から覗いている。

同胞(はらから)ではないにしてもどうやら(同位体)というのは全くのデタラメではなさそうだった。


「う…ぁ?」


「許せ。こうしなければお前の身体がお前自身の魔力に耐えられん」


抱きとめていた幼子を床に横たえリューシュは纏っているローブの袖を力任せに剥ぎ、強引に幼子の口に噛ませた。

意識はある。あとは急激な魔力の膨張を収めるべく、リューシュはまだ覚醒半ばのその未熟な両の角に手を添え一思いに力を込めた。


バキッッッ!!


「ッッァアアアアああああ"ッッ!!!!」


幼なくともそれは正しく龍の咆哮だった。

龍にとって神経と魔力回路の集合体でもある角を事もあろうに力づくでへし折るなど暴力の極み。

ショック死してもおかしくない程の激痛による幼き龍の咆哮はリューシュ達を中心に建物ごと吹き飛ばし辺りは一面瓦礫の山と化した。




砂塵が舞う中、荒い呼吸音だけが聞こえる。

余程の痛みだったのだろう。布を噛ませた事で舌を噛み切りはしなかったようだが、固く瞑った両目からとめどなく涙を流し顳顬(こめかみ)を押さえ地面に蹲る幼子の姿は痛々しかった。

気休め程度にしかならないがそれでも少しは痛みを散らせるかとリューシュは再度幼子に向かって手を翳す。しかしそうとは知らない幼子は思いの外強い力でガッシリとその手を掴み、親の仇とばかりに睨みつけた。


「ハァ、ハァッッ…な、何してくれるんですかアンタ!!めっちゃ痛かったんですけど?!」


唾が飛ぶほど怒りも露わな幼子の(そし)りにリューシュは気が遠くなる思いがした。


「え?!ウソ!!声!喋れる!!うわっ!髪白ッッ!」


「……」


「びっくりです。異世界転生モノは色々読みましたがまさか角を折られた衝撃で覚醒するなんて…痛みの度合いで言えばきっと一、二を争う酷さです!!」


身を起こし顳顬(こめかみ)を摩ってはいるが明後日な方向に意識を向け始めた幼子にもう痛みの心配は必要なさそうに見える。ならばリューシュのする事は一つだった。


「お前、ユリウスとはどういう「あ!!ユリウス様どこですか?!“書いてる作品をエタらせるくらいならこっちで続きをやらないか?”って誘われたんです!お顔もお声も想像してた通りステキでした!お耳がシアワセ!で、ユリウス様の手をとって意識が遠のいたと思ったらアナタに角折られたんです!チュートリアル求む!」


折ったのは自身の角ではない筈だが、かつて無いほどリューシュは頭が痛くなる思いがした。追い討ちをかけるように頭に浮かんだのは“殺さないように”という同胞(ユリウス)の言葉だ。


「…つまり貴様が奴の存在し続けるモノガタリ世界の作者、という事か?」


「いやいやいや、作者なんて大そうな。どこにも出してないですし、完全に自己満足の展開で…まるでユリウス様が死んじゃうのをご存知のような言い草ですね?」


「……」


リューシュは口を噤む。それが答えのようなものだったが幼子の方はそれどころではなくなった。溢れそうなくらいにその琥珀色の瞳を大きく見開くと動き辛そうな枷をものともせず恐るべき速さでリューシュの被るフードを剥ぎ取った。


「赤い髪…赤い瞳にその角…まさかアナタ!!!?」


何かに気付いた幼子が言葉を言い切るより早く、リューシュの手がその口を塞いだ。


「ユリい◯※▼×◇€#?!!!」


文句でも言っているのだろうか。羽交締めにされた挙句、口元を押さえられているせいで抜け出す事もできず発する言葉もくぐもった音にしかならない。やがて降参とでも言いたげに口元を覆うリューシュの手を叩き出した。


タシタシタシタシタシタシタシタシ


「ぷはっ!何するんですか!!黙らせるなら口だけでいいでしょ!何で鼻まで押さえるんすか!!角折るだけじゃ飽き足らず息の根止めるつもりですか?!」


「必要があればそうする。お前がどうやら私の事まで知っているというのはわかった。だが私にはその名で呼ばれる資格がない」


「息の根止める選択肢もあるんかい!それに資格って何ですか?龍に資格を問うなんて」


「ここでは龍種(リューシュ)と呼ばれている。お前もそう呼べ」


「何で種族名…」


「お前こそ名はあるのか?」


ガクッと肩を落としていた幼子がリューシュの問いかけに再び目を輝かせる。反対に必要な情報をほぼ聞き出せていないリューシュの目はどんどん死んでいくが幼子がそれに気づく様子はなかった。


「この身体の名前はリリィです。ユリウス様が考えてくださったって設定で…私自身の事は少し朧げにしか覚えてないので折角の異世界転生!是非リリィとお呼びください!」


「そうか」


言葉少ないリューシュに構わず、いよいよ頬まで赤らめ夢見る乙女のようにウットリとリリィは胸の前で両手を握り込む。


「砂漠なんてユグド=マグナに無かったような気がしますけど、そんなの些細な事です!お二人が生きてる!自己満足でも書いて良かった!!」


「…水を差すようで悪いがお前の書いたというモノガタリ世界の方は恐らくあの男が壊しているぞ。名残の街の残骸もお前の咆哮で粉微塵「嘘ぉぉッ!」


悲痛なリリィの声に遮られつつもリューシュは更に言葉を続けた。


「ここはユグド=マグナではない。エルバダード、(あら)ゆるモノガタリ世界が極光と共に最期に辿り着く場所だ」



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