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4.同胞≪はらから≫

不意に聞こえた男の声にリューシュは慌てて編んでいた術を解き、すぐさま距離を取ろうとしたが遅かった。


「心臓を狙ったつもりだったけど咄嗟(とっさ)に身を(よじ)ったね」


「ッ!ゴフッ!」


口まで込み上げてきた血の塊に()せるリューシュの体を男は胸を貫く腕とは反対の腕で支えるように抱えこむ。


「よく聞け()()()()。今から腕を抜くけど全力で塞ぐんだよ?ボクに構ってる場合じゃないからね?」


(かす)む意識の中、男の言葉と胸から生えた腕を見てリューシュは自分に何が起きたのか理解した。

翁衆やグロッシュからの“声”に気を取られたとはいえ、ありえない失態だ。

しかしリューシュを驚かせたのは他者からの攻撃を許してしまった事そのものではなかった。



── 捨てた名を(ユリイカと)呼ぶ声は嫌というほど聞き覚えのあるものだった。



「“久しぶり”…かな?キミはすぐ頭に血が上るからね。これくらい血を流しておけば少しは落ち着いて話ができるだろう?」



── 全てを拒絶するような重く禍々しい気配はかつての仇敵のそれだった。



極光(きょっこう)だっけ?キミもこの世界も面白い理に縛られているようだね?」



知己(ちき)との再会を懐かしむかのような男の言葉と共にリューシュの胸から徐々に男の腕が引き抜かれていく。


「ぐッ…」


「そうそう、その調子」


龍であるリューシュにとって今の姿はあくまで仮初のものだ。例え先程の攻撃が心臓に命中していたとしてもすぐに死ぬ訳ではない。しかしこのままでは遠からず死が訪れる。そうなると今度はリューシュと契約を結ぶ者達の命が危うい。


(今…倒れる訳には…)


かつて極光によって龍として力を行使する為の(かて)のない異世界(エルバダード)へ落とされたリューシュはこの地に住まう者達と契約を結んだ。


リューシュは災厄を退ける。

龍の力の代価として契約者達はその命を喰われる。


()の災厄との大戦において失われたとされる命の内、どれほどがリューシュが力を行使した代償だったか。


“皆、覚悟の上だ”

災厄(あれ)を倒せなければ、世界が消える”

“必ず、止めてくれ”


リューシュは今でも悔いている。


(最低限だ。皆(こら)えてくれ…)


大人しく傷を塞ぐ事に注力するリューシュの姿に満足した男は支えていた腕をそっと離した。


「良かった。ひょっとしてやり過ぎたかと心配したよ」


胸を押さえつつ、リューシュはゆっくりと声の主を振り返った。

夜明け前の一番暗い夜空の色を映しているとも言われた黒髪と光の存在を一切許さない昏い眼差しに、左右で大きさも形も違う(うね)るように生えた二本の角…古い記憶の中、在りし日の姿そのまま ── エルバダード(ここ)にいる筈のないそれにリューシュは激しく動揺した。


「…なぜ「お前が生きている?」


血塗れの腕をしげしげと眺めながらリューシュの問いに(かぶ)せるように男が言葉を続ける。


「そう、ボクらのモノガタリは確かに閉じた。作者が世を去った以上、後日談も続編もなくモノガタリ通り災厄に成り果てたボクをキミが殺した事であのモノガタリはきっちり完結した。でもね?」


悪戯っぽくクスリと笑った男は膝をつくリューシュにまるで睦言でも言うかの如く、その耳元へそっと囁いた。


「二次創作って知ってる?」


(いぶか)るリューシュに構わず男は芝居がかった仕草で朗々と語り始める。


「ヨカッタネ。驚きダヨ。素人の書いた小説に二次創作。お陰でボクが存在し続ける世界線が生まれた訳だけど…現実は時に想像を越えるね。ボクを殺しただけでこんなにもキミの力は濁るのかい?」



同胞(はらから)


“神の欠片”


(おり)に呑まれし古き龍(災厄)



「これだけ血を流したんだ。てっきり血を媒介に何か仕掛けてくると思ったんだけど…魔力障壁さえ張れないほど弱っていたとはね。今のキミじゃ“ボクに敵わない”」


─ ドクンッ ─


男の言葉に込められた異質な力の気配にリューシュは目を見開く。

()の世界において神の欠片から創られた七柱の龍のみが行使する事を許された権能 ── 魔法や魔術とは根幹から異なる(しゅ)により目の前の男が幻などではなく(うつつ)のものだと嫌でも認めざるを得なくなった。


(ここまでの再現力…一体誰が何を書いたというのだッ)


「ほら、また()()()()。それとも本当はこうなる事を望んでいたのかな?」


「…紛い物の癖によく喋る所はあの男とそっくりだな」


リューシュは努めて静かに言葉を紡ぐ。

男の言う通り、力を失って久しい己に対して恐らく相手は全盛期。余りにも分が悪すぎる。


「それはキミも同じだろう?」


「……」


夢見(ゆめみ)、とキミらが呼ぶ者達から聞いたよ。ここエルバダードの事、極光の事、そして断片ではあるがキミのこれまでの事。随分ここでも慈悲深きユリイカは慕われているみたいだけど…キミが心を砕く価値がこの世界に本当にあるのかい?」


眉根を寄せ、痛ましいとばかりに表情を曇らせる男はまるで心から案じているようだったが、リューシュは沈黙を守る。


この男はかつて世界を滅ぼそうとした“災厄”なのだ。


「あぁ、やっぱりオリジナルのキミは違うね。ボクの方は相当思い入れがあったのか本筋に近い形で色々書き込んでくれていたけれど、その他は多分に脚色が入っていたから今にして思えば違和感だらけだった。ボクが生きている時点で色々捻じ曲げていたんだから仕方ないとはいえ、キミのレプリカなんて目も当てられなかったよ」


「…今ならまだ還れる。お前までこの世界の囚われるな」


「折角キミがここに居るのに還る必要は感じないな。あぁ、壊そうとしても無駄だよ?それに魔石(それ)はボクらの依り代じゃぁない」


自分を通り越し、背後の魔石に視線を向けるリューシュに気付いた男は釘を刺す。

目の前の男も理解しているのだ。

未だ己が依り代によってこの世界に繋ぎ止められているだけの不安定な存在という事を。



「本命はこっち」


男が胸元から取り出してみせた淡く光るそれは絡み合う植物の枝か挿し穂のようだった。今までどう隠していたのか、青い魔石の比にならないその桁違いの魔力のせいで周囲の空間が歪んで見える。


「キミへのお土産だ。受け取ってくれるよね?」


(…連理(れんり)(ぼく)?)


「?!」


自分の見た物、そして至った結論にリューシュは目を見張り驚愕する。


「ユリウス!お前まさか!!止めろ!!」


「契約はしているみたいだけど所詮付け焼き刃だ。自分の生命を代価に力を行使するなんて自殺行為、一体何百年…いや、何度()()()()?でも大丈夫。これに繋がればキミはそもそも死なずに済む」


「私の事などどうでも良い!!なぜ貴様がそんな物を持っている!!この世界を理ごと書き換えるつもりか?!」


「元々極光とはそういうものなんだろう?ボクは今度こそボクの望みを叶える。例えキミの言葉だろうと今は聞けないな」


「ヤメッ!!」



駆け寄り制止しようとしたリューシュを無視してユリウスと呼ばれた男は手にしていたそれをそっと後ろへ放った。


背後のステンドグラスを突き破り建物の外へと出たそれは地面に触れる直前その動きを一瞬止めた。

そして次の瞬間、(はじ)けるように無数の光る根を大地へと降ろし、更にその光は元の質量など無視するように縦横無尽に際限なく伸びていく。

砂漠を、大陸を、海原を、世界の全てを覆い尽くさんばかりに光の根を張り巡らせたそれは膨れ上がった膨大な魔力と呼応するように一際強く輝いた。

やがて目を開けていられないほどの光が収まる頃には溢れかえっていた魔力の気配ごと嘘のように消え失せていた。



「何で…こんな…」


そう言葉を呟くのが精一杯だった。

伸ばした腕を力無く下げ、リューシュは膝から崩れ落ちる。


「異界に渡ろうとキミの本質が変わらなかったようにボクも変わらない。世界が壊れても…」




── ピシッ


── パキパキッ


微かに音のする方へ目を向ければ台座に据えられた青い魔石を縦に二分する程の大きな亀裂が入っていた。

更に細かな亀裂も無数に入り今にも砕けそうな上、漏れ出る魔力も増していく。


「落ち込んでいる所悪いけどボクはこれで失礼するよ。キミの顔も見れたし、久々に動いたせいで眠くて死にそうだ。もうボクが抑えていなくても今のキミなら何とかできるだろ?」


「…どういう意味だ」


「オイオイ…耄碌(もうろく)するにはいくらなんでも早くないか?中身は確かにボクが調達してきたから少しばかり変質してしまっているかもしれないがあれは」


「何という事を!」

「器を満たしてしまわれたと?!」

「あれを造る為に我らがどれほど!」

「我らは一体何の為に!」


「…まだ残っていたのか」


(まず)いッ)


先程までは明らかにと違うユリウスの一段低い声にリューシュは焦った。

翁衆の存在を完全に忘れていた。折角それまで気配すらリューシュ達の意識の外だったにも関わらず、何故このタイミングで声をあげてしまったのか。

話に割り込まれたのを心底邪魔に思ったのだろう。ユリウスはクシャリとぞんざいに髪をかき上げ、忌々しげに翁達を睨み付ける。やがて何を唱えるでもなく軽く手を払う動作ひとつで喚き散らす翁達は全員砂が崩れるように掻き消されていた。


(黙していれば良かったものを…)


“まだ残っていたのか”


ユリウスは確かにそう言った。

邪魔と判じたものをわざわざ元の世界に還すような律儀な男ではない。

気配も追えない以上ここに居たかもしれない他の生き物と同様、処理されたのだろう。

だから辺りに生き物の気配はなく、燃える街だけが残されたのかとリューシュは感じていた違和感の正体に思い至った。



「はぁ…どこまで話したっけ?あぁ、そうだ。あれはね、人工的な僕らの同位体だよ」


気怠げに発せられたユリウスの言葉を理解するのとリューシュが動いたのと一体どちらが先だったか。

とても許容できるものではないその言葉に相手を刺激しないよう云々という考えはリューシュの頭から消し飛び、気付いた時にはユリウスの胸ぐらに掴みかかっていた。


「“連理ノ河”の次は人工的な龍だと?!お前達の世界の創造主(作者)は一体何を考えているんだ!!」


魔石から漏れ出る魔力はいよいよその異常さを増していく。だがそれでもまずこの目の前の同胞(はらから)にリューシュは詰め寄らずにいられなかった。


「あはは、それこそ“神のみぞ知る”だよ。面白いのを入れといたから退屈しない筈だ。詳しい事はその子に聞くと良い……殺さないようにね?」


「待てッ!!」



空間に溶けるようにユリウスが消えたのと魔石が砕け散ったのはほぼ同時の事だった。

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