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3.砂塵の中

(これは…)


古の災厄との大戦後、王都の南西に出現した砂漠地帯を見下ろす崖の上にリューシュは居た。

禁呪の暴走、災厄が残した断末魔の呪いと諸説あったが広大なこの砂漠地帯ではあらゆる物が通常の倍以上の速度で風化する。

数日と()たず生者でさえ何の手立てもないままでは干物を過ぎて塵と化すこの砂漠を迂回せずに突っ切ろうとするのは腕に覚えのある者か金に糸目をつけぬ者、余程の愚者もしくは罪人のどれかだ。

切り立った断崖と常に吹く魔力を帯びた視界を塞ぐ程の強い風が砂を押し留める役割を果たしている為、災厄から数百年経った今も隣接する王都を呑み込む事なく砂漠はその規模を一定に保っていた。

そんな砂塵と暴風が支配する筈の景色の中で今、一つの街が煌々(こうこう)と燃えている。


(…何かの襲撃…戦か?)


この世界(エルバダード)でも一般的に見られる大小様々な石造りの建造物。

石畳に沿って建ち並んでいたであろうそれらも今や至る所が崩れ落ち、炎に包まれ黒い煙を上げ続けていた。

だが焼け出され逃げ惑う生き物の声も無く、辺りはある種不気味な静けさに包まれている。


本来この場所、というより砂漠の中にこんな街は存在しない。

極光(きょっこう)がここで内包していたモノガタリを展開したのは明らかだったが“話”が見えない。


(ただ焼け落ちた街を(よう)するだけのモノガタリ世界に()()夢見どもが大人しく囚われる筈がない)


決定的な何かがある訳ではない。

しかし妙な違和感を(ぬぐ)えないままリューシュは一息に崖を跳び街へ降り立つ。着地の衝撃で(えぐ)れ隆起した石畳や舞い上がった砂塵をものともせずフードを目深(まぶか)に被り直すと燃え盛る炎の中、一人歩を進めた。




極光から出現したものはこのエルダバードにとって例外無く異物だ。

モノガタリ世界の核となる“依り代”を中心にどんな荒唐無稽な内容であれ強制的に内包するモノガタリを再現してしまうが、依り代を破壊する事によって在るべき姿へ還す事もできる。

今回に限って言えば恐らくこの砂漠特有の加速度的な風化の影響で間もなく火は消えるだろうし、ともすれば街でさえやがて砂に呑まれるだろう。


わざわざ干渉するまでもない。

上空の極光も既に薄らぎ、これ以上エルバダードへの侵食が拡大する可能性も低い。


それでもリューシュは辺りを警戒しながら先へ進む。

依り代は常にモノガタリ世界の中心 ── 向かうは目貫通りの奥、未だ火の手の上がっていない尖塔を擁する建物だ。




外の火災が嘘のようにその建物内部は静まりかえり、リューシュの足音だけが鈍く響いている。

教会だろうか。天井は高く中央の通路を挟んだ左右には四人掛けの古びた木製の椅子が等間隔に並べられ、正面には神話か何かを模した色鮮やかなステンドグラス。

信仰の(かなめ)とも言うべき神を象る偶像がその(たもと)に配され…否。


異質 ──


巨大な青い石がここが教会なのであれば祈りの象徴が配されるはずの場所に忽然(こつぜん)と鎮座していた。


(魔石か?)


一見すると台座に()えられた青い巨石だ。陽光に照らされたステンドグラス同様キラキラと光を透過し、教会内に淡く青を落としている。

だが近付く程にそれはただの輝石などではなく ── 石そのものが魔力を発し、内包するものの輪郭が(あらわ)になると共にリューシュの表情は険しいものへと変わっていった。


(むご)い事を…)


まるで琥珀に閉じ込められた生き物の様だった。

青い魔石の中、一人の幼子(おさなご)が膝を抱え眠るように封じられている。魔石を通しているせいで元の色まではわからないが長い髪を漂わせシンプルなワンピースを纏っており、その四肢と首には幼子にはおよそ不釣り合いで無骨な枷を嵌められていた。

決してこの幼子自身が望んだ姿などではないだろう。

(ある)いはここまでの拘束が必要な程の大罪人か。


「わからんな。知恵と理性を持ちながら同族にこのような仕打ちをする事に躊躇いのない愚かさは世界が異なろうと変わらんのか…」


生きているのか死んでいるのかさえわからない幼子。

魔石のすぐ側まで近付いたリューシュが(おもむ)ろに手を伸ばした正にその時、突如背後に気配が生まれた。


「おぉ、魔女殿!お待ちしておりました!」

「我らは貴女様の為に!」

「器は揺籠(ゆりかご)に!万事整っておりまする!」

「おぉ!我らの悲願遂に叶ったり!」


リューシュが振り返るとずんぐりと背が低く揃いのローブととんがり帽に身を包んだ白髪の老人が四人、皆一様に興奮した(てい)で口々に何事か呟いている。

どこからが髪でどこまでが眉か髭か…

たっぷりとした白い物に一瞬偏屈なエルフの長老の事を思い出したが、森の民である()の者に連なるものとも到底思えない。



「誰と勘違いしている。私は貴様らなぞ知らん」


先の言葉から言語はこの世界の公用語とほぼ同じと判断し、リューシュは翁達を探るように目を細めながら短く返す。


「勘違いなどと!」

「貴女様に此れを託す為にどれだけ苦心した事か!」

「我らの悲願!」

「此度こそ!!」


(埒が明かん…)


「問う。器とはこれか?貴様らはこれで何をするつもりだ?」


リューシュはコツコツと軽く魔石を叩き翁達に問いを重ねた。


所詮は異物。

所詮は紛い物。


翁達の答えがどうであれ、すぐに行動できるようリューシュは術を編み始める。

(かす)かに魔力を発しているとはいえ、叩いてみた感触から魔石その物に然程の強度があるようには思えなかった。

これなら一瞬で塵へ還せる。


(哀れだとは思うが異界に飛ばされてまで利用され続けるよりはマシだろう)


ここが恐らく街の中心 ── 目の前の魔石がこのモノガタリ世界の依り代だ。

砂漠による風化を待つ事を止め、在るべき姿へと還すべくリューシュは再び魔石に手を伸ばした。



『リューシ…!!今すぐ…れてくだ…!!!』


翁達の答えよりも先にノイズ混じりのグロッシュの切羽詰まった声がリューシュの耳に届く。

だが切迫した人間の言の中身よりリューシュの側から遮断している筈の術へ強制的に介入できる程の実力を持った術者がこの世界に居たのかと妙な所に感心してしまう。

それがほんの(わず)かリューシュの意識を逸らしてしまった。



「そうやってすぐに全て壊そうとする。キミの悪い癖だよ?」


背後から伸びた手がリューシュの胸を貫いた。


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