19.砂漠の遺事
王都の南西、加速度的に凡ゆるものが風化する広大な砂漠地帯。
リューシュはこの魔力を帯びた熱砂吹き荒れる不毛の大地に有事・平時問わず度々訪れていた。今や“古の災厄”としか人々の口の端に上る事のなくなった同胞をこの地に堕としてからずっと ───
「やっぱりここだったのか」
「…」
「角の色、随分良くなったね?安心したよ。久々にキミに会えたと思ったら角まで白化して潰えそうになってるとか、どれだけ驚いた事か」
砂漠の中心 ── 底の見えない大穴から立ち昇る巨大な風砂の渦を見上げるリューシュの元へユリウスはわざとらしくザクザクと砂を鳴らしながら歩み寄る。
「おかしいと思ったんだよ。自己犠牲精神の塊みたいキミが他の生命を使ってまで何かしようとするなんてよっぽどの事だ。何よりここはボクの気配が濃過ぎる…」
「……」
「ずっとボクを殺し続けていたのなら納得だ。寧ろよく保ったね?永遠に再生を繰り返すバケモノを塵にし続けるなんて」
「…そういう契約だ。連理ノ河も無かったこの世界で災厄を討つなど、私には不可能だった」
「これだけの術をこの規模で何百年も展開し続けてきたんだから十分大したもんだよ。でもさ、ここまでして押さえ込んでるはずの災厄の一部を欠片とはいえ只人に持たせるなんて何を考えてるんだい?死んでも構わない輩なの?」
「お前には関係ない」
「関係ない訳ないだろ。ボクの骨だよ??…まぁ、均衡は保てているようだし、ボクからどうこうする気は今の所ないけれど人の子が耐えられるかどうかはまた別問題だろ?」
まるで同胞として元世界に在った時に戻ったかのようだとリューシュは思った。両手を頭の後ろに組んで何の衒いもなく隣りで話すユリウスの姿に思わず笑いそうになる。最期、どのような言葉を交わしたか思い出せない程に気の遠くなる時が過ぎているにも関わらず、この少し困ったように笑う同胞の表情を懐かしく感じる己に少なからず驚きもした。
だが先の遭遇からこっち、全く痕跡を残さず姿をくらませていたこの同胞がただの与太話をしにこんな所までのこのこ来た訳ではないだろう。ここで余計な事をされてはかなわないとばかり、リューシュはため息混じりに問いかけた。
「…何しに来たんだ」
「キミと取引をしたいと思って」
「取引?」
「キミと一緒にこの世界に落ちてきた災厄を滅する手助けをしてあげる。力は戻った筈なのに処理もせず、未だにこんなヤヤコシイ術を展開し続けてるなんて正直持て余してるんだろう?」
「…見返りは?」
「フフン♪ ボクがこのバケモノの身体を貰う。邪魔しないでくれるかな?」
「身体…ユリウス、お前龍体はどうした」
「そんなモノ、エルバダードにはないよ。ボクは白い仔が書いたモノガタリで創り出された堕ちた後のボクが遺した最後の正気だからね。だから肉の身体が欲しい。あれば便利だろ?」
「これを取り込んだとして、お前が再び災厄にならないという保証はあるのか?」
「見縊られたものだね。それともひょっとして心配してくれてる?魂も感じない、ただの肉と骨と狂気の残滓ごときにボクが呑まれると本気で思うのかい?」
「……」
「ねぇ、ユリイカ」
答えないリューシュの沈黙を是と捉えたユリウスは更に問いを重ねる。
「キミの龍体、今どこにあるんだい?」
ユリウスは身を屈め、口元に弧を描いてリューシュの顔を下から窺うように覗き込んだ。この顔には覚えがある。答えなどとうに知っているが、確認の為だけに聞いているといったヤツだ。答えてやる義理もないと無視をしていたリューシュは長く続く沈黙にユリウスが答えを聞くまでは引く気がない事を悟り、ため息と共に風砂の渦に再び目を向ける。それが答えだった。
「なるほどね。キミの龍体ごと災厄を捕らえているのか。自我を失って尚、数百年をキミと共に在るなんて…妬けるなぁ。そうだ!燃やそう!!今なら嫉妬の炎で何でも“燃やせる”」
── ドクンッ ──
自身を縛った時を遥かに越えた空間を震わせる規模の権能の気配にリューシュは思わず息を呑む。細かく密度を増した風砂が微かな日の光も遮り、辺り一帯は夜と錯覚するほどの暗さに覆われていった。もし他の者がこの場に居合わせていたならば息苦しさに卒倒し、目を開けている事も困難になっていただろう。
「貴ッ様……笑えん冗談だ。喰うのではなかったのか」
「どうせ取り込むんだから生でも灰でも同じだよ。これは気持ちの問題だ。例え異界のボクだろうとキミの側にボク以外の龍種が在るなんて許せる訳ないだろう?」
龍種の権能など、そう易々と行使して良いものではない。極光と同じく世界の理さえ書き換え得るそれは本来もっと慎重に扱われるべきもののはずが、どうしてこうも一般魔法のように気軽にホイホイ使うのか。私怨塗れにも程がある。
「…勝手にしろ。だが堕ちたその時は今度こそ私がお前を殺す。権能の縛りが効くなどと思わん事だ」
「そんな心配はいらないよ。今なら異界と行き来できるくらいには力が強まっているしね」
「異界と行き来?ユリウス、お前一体何を、ッ?!」
リューシュはあり得ないものを見た気がした。
無数に現れた青白い炎が密度を増し粉塵と化した風砂を巻き込み空間ごと爆発する刹那、余裕の笑みを浮かべるユリウスの姿に遠い異界で失い二度と会う事の叶わなくなった友が、似ても似つかない二者の姿が何故か重なり目を瞠る。
「千代 ──」
その小さな呟きは辺りに轟く爆音に埋もれ、誰に拾われる事もなく砂海に消えた。




