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17.西の世界樹 Ⅲ

「全て終わったら中央へ帰る前に一度ギルドに顔出しなさい。今度は茶でもご馳走するからネ」


そう言ってヒラヒラと手を振るギルド長に送り出されたシュナ達は一路、騎士団への帰路につく。本来であればシュナの転移で騎士団の前まで一飛びのはずが世界樹の葉が干渉し魔法そのものが使えず、早足で来た道を引き返している。


「シュナ、シュナ!」


「何?」


歩幅の違いからシュナの早足はリリィの駆け足だ。普段ならリリィに歩調を合わせるシュナもこの時ばかりはその余裕がなかった。しかし急いでいるのは百も承知でリリィはシュナのローブを引っぱる。


世界樹の葉(それ)、私が持つ。シュナが持つのは良くない……気がする」


「龍の君なら無害って事か?」


眉間に皺を寄せ、訝るシュナの顔が僅かに覗く。


「少なくともシュナよりは丈夫だもん」


「…害があるなら却下だよ」


リリィの掴むローブを引ったくり、話は終いとばかり再びシュナは歩き出す。


「第一、」


そこでシュナの言葉は不自然に途切れた。シュナの懐 ── 三の世界樹の葉から突如生まれた巨大な八本の黒い鉤爪がローブを突き抜け大きく伸び上がる。


「ッナ!!」

「ヨルムッ!!」


声にならない声を上げ、咄嗟にシュナへと手を伸ばしたリリィを躍り出た灰狼が勢いもそのままに逆方向へ突き飛ばす。節足動物の肢を思わせる鉤爪を全て躱し距離をとったヨルムはリリィを背に庇い、牙を剥きながら頭を低くした。



「ヨルム!通して!シュナ!!シェリム!!」



前に出ようとするリリィをヨルムが押さえる一方、シュナの胸元に空いた(うろ)から伸びる鉤爪はヒタと動きを止め、それ以上ヨルム達を追わずに今度はぐるりと向きを変えシュナに狙いを定める。ヨルムがリリィへ突進するのと入れ替わりに飛び込んできていたシェリムもリリィへ投げ返されないようシュナの首元にキツく巻き付くが魔法を使えない今、毛を逆立て威嚇するくらいしかできずにいた。



(クソッ!一体どうなってるんだ!)



シュナは懐に手を入れてみたが案の定とでもいうか、やはり三の世界樹の葉は消えていた。シェリムだけでも引き離そうとするがシュナの呼吸をギリギリ妨げない程度に強い力で巻き付かれている為、剥がす事もできない。己の懐から伸びた鉤爪は見えているのに触れる事もままならず、焦るシュナには干渉する手立てが浮かばなかった。

やがてジリジリと距離を詰めた鉤爪はシュナが逃げないと見てとると、まるで愛し子を掻き抱くようにゆっくりと捕え自身の這い出る闇 ── 三の世界樹の葉があったと思しき虚の中へと引きずり込んでいった。




どれくらい時間が経っただろう。

そこにはただ一面の闇が広がっていた。

鉤爪の拘束は早々に解かれたものの、今度は自分の輪郭さえ見失うほどの真の暗闇に囚われ次第に目を開いているのか閉じているのかもわからなくなる中、首元のシェリムの温もりだけが今のシュナが感じ取る事のできる感覚の全てだった。リリィを遠ざけるはずが逆にシェリムを呼び込むような形になってしまったのはシュナにとって本意ではなかったが、事ここに至っては自己を見失わない為にただ一つ残された最後の拠り所となっていた。シェリムに呼びかけるも呼びかけているはずの自分の声さえ聞こえない。おそらくシェリムにもシュナの声は届いていないのだろう。常であれば世界に溢れている魔素も精霊たちの声も自分の手を始めとしたほぼ全ての感覚が消え失せたそこは一瞬が永遠にまで引き延ばされているかのようで、一歩間違えば狂気に堕ちる領域に思えた。

あの時、封じられたように魔法が使えなくなっていたにも関わらずヨルムを呼べたのはせめてもの救いだった。シュナの魔力を切り離す事で顕現するヨルムは精霊魔法と違い外的要因に左右されづらいとはいえ、もし三の世界樹の葉が魔力そのものに干渉していたのであればそれも叶わなかっただろう。つまり三の世界樹の葉が干渉していたのは精霊たちという可能性が高い。使える手札(魔法)は少ないがゼロではなかった事にシュナは今更ながら思い至る。まんまと捕えられた事は業腹だが、この空間に在っては足掻いた所で何ができるでもないと割り切ったシュナはシェリムの温かさに変化がない事だけ確認するとそっと目を閉じた。

そうして敢えて鈍らせた思考で上も下もわからない空間を漂うシュナの耳にリンと鈴を鳴らすような微かな声が届いたのはそれから幾許(いくばく)も経たない内の事だった。




『あのヒトは、どこ?』



『わたしのかたわれ…わたしのつがい…』



か細く、儚げな女性の声だ。

シュナは辺りを見回したが相変わらずの闇があるばかりで声の主の姿を見つける事はできない。

だが声は消える事なく空間に(こだま)し続け、次第にその数を増していった。



『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』

『あいたい』『あいたい』『あいたい』『あいたい』


『───たい』



「おいオッサン!!シュナ達が目覚めなかったらタダじゃ置かないからッ!!」



狂気じみた声に押し潰されると思った瞬間、聞き慣れないリリィの荒々しい声がシュナとシェリムを一気に現実に引き戻した。見ればリリィが先程別れたはずのギルド長の胸ぐらにその身長差を物ともせず掴みかかっている。側にヨルムも控えているがリリィの気迫に圧されたのか、ヨルム自身も思う所があるのか、リリィの暴挙を止めようとする素ぶりは全くなかった。状況を飲み込めていないシュナが身を横たえたまま何も言えずにいる一方、リリィに詰め寄られている当のギルド長はのほほんとした態度で火に油を注いでいく。



「本性出ちゃってるよ、お嬢さん。ちゃんと何匹か猫被り直さないとネ」


「ウッサイ!」


「ホラ、見られてるよ?彼らにそんな姿晒しちゃって良いのかネ?」


「…え?ッッ!!!シェリム!シュナぁぁぁ!良かったァァァッ!!」



マジ泣きである。ギルド長へ掴みかかっていた気概はどこへやら、わんわん泣くリリィに抱き付かれてしまってはシェリムもシュナも無理に引き剥がす事はできなかった。リリィを宥めつつ視線を巡らせ、今はどうやら冒険者ギルド内の長椅子に寝かされているらしいとシュナは理解する。



「まさかこんなにすぐ会う事になるとはネ。王弟の方は心配いらないよ。こちらで少し休ませると騎士団に連絡を入れといたからネ」


「…ありがとうございます、ギルド長」


「ズズッ、お礼なんて言う事無いし!このオッサンが元凶じゃん!!」


襟元を直しながら近付くギルド長に対して毛を逆立てて威嚇するリリィの頭をシュナは軽く撫でた。


「君こそ、ケガは無いか?」


「ケガなんてしようが無いし!シュナに拒まれた事の方がよっぽど傷付いたし!」


「仕方ないだろ?君まで危険な目に遭わすわけには」


「ハイハイ、そこまでだよ。お互い気遣った上での顛末だってわかってるよネ?オジサンは少し時間が惜しい。何があった?何を見たのか話せるかネ??」



パンパンッ!と手を鳴らし、ギルド長は強引に割り込んできた。身を起こそうとするシュナはそのままで良いと長椅子に押し留めたが、しがみ付くリリィの事はシュナが休まらないからと首根っこを掴んで引き剥がしてしまった。手近な椅子にリリィを座らせ、ギルド長もシュナが臥している対面の長椅子にドカッと腰掛ける。その横をすり抜け駆け寄ってきたヨルムはシュナの手に頭を擦り付け、シュナからも撫でられると漸く満足したように尻尾を振り、白い光に解けて姿を消した。



「よく躾けているネ。狼というより忠犬だ」


「…僕らがここを出てからどれくらい経っていますか?」


「三、四十分…といった所だネ。意識の無いキミを背負ったお嬢さんが突然そこの扉を蹴破ってきたんだ。ビックリしたよ」


ギルド長がグイと親指で指し示した先を見れば両開きだった扉の戸が片方外れ、無惨な姿で床に打ち捨てられている。くっきり残った足跡の大きさから見てリリィがやった事に相違なさそうだった。


「両手が塞がってたんだから仕方ないし…」


むくれて目を外らしたリリィのある意味普段通りな姿に寧ろ安堵しつつ、シュナはついさっき起こった出来事を手短に伝えた。


世界樹の葉から飛び出してき黒い鉤爪。

引き込まれた先の暗い空間。

そこで聞いた誰かを探す女性の声。


そして気が付いた時にはリリィがギルド長に食ってかかっていたので、どうやって戻ってこれたのかシュナには皆目わからなかった。冒険者ギルドまで運んできたというのならリリィは何か見たのだろうか。シュナの視線に気付いたリリィも事の成り行きを説明し始める。


「シュナ達が黒いのに連れて行かれちゃった後も穴はまだ開いてたの。姿は見えなくてもシェリムと私の繋がりまでは切れてなかったから、それを辿って何とか連れ戻せないかと思ってそのまま強引に手を突っ込んで(ホントは手だけじゃないケド)…リューシュ様が“声”で呼びかけるみたいに気配を探って…でもやっと見つけて連れ戻せたと思ったら今度は二人とも息はしてるけど意識ないしッ」



意識だけ喰われちゃったかと思ったと、リリィは再び目を潤ませる。

禁を犯して魔法や龍の力を本格的に行使するまでには至らなかったらしいが、あまりの無謀さにシュナは目眩がした。



「で?怒涛の勢いでここまで戻ってきたお嬢さんはそんな危険な穴をそのまま放置してきたのかネ?」



「ちゃんと壊してきたし!そもそもオッサンが世界樹の葉に纏わりついてた黒い(もや)を撒き散らすからこんな事になったんでしょうが!“すこぶる夢見が悪くなる”ってアレが来るからなんでしょ!?」



「敵を知るという事は戦いに身を置くのなら必須だからネ。これでキミらは自分達がこれから対峙するものがどういうものか、その片鱗くらいは感じ取れただろう?」



悪びれる様子もなく、スッと立ち上がったギルド長は先刻三の世界樹の葉を取りに行った素材保管庫の扉へ足を向ける。しかしシュナ達の視線を背に受けつつギルド長の手が扉のノブにかかるかという刹那、()()黒い鉤爪が開いてもいない扉から躍り出てきた。



「世界樹の間引きに加わる以上、靄とやらの段階ならいざ知らず顕現しているのに()()が尚見えないのではお話にならないからネ」



シュナのローブと同じく素材保管庫の扉も壊されてはいない。黒い鉤爪はまるで遮る物など無いかのようにギルド長へ一直線に襲いかかる。目の前に迫った鉤爪を身体の軸をほんの俄か横にずらす事で躱し、頬を掠めた鉤爪(それ)をその場へ身体を沈み込ませたギルド長が渾身の力で蹴り上げた。軌道を強引に変えられた鉤爪は板張りの天井に叩きつけられ一瞬動きを止めるも先端をもたげ再度標的を定め直す。

シュナを捕らえた時とは全く違う。獲物を突き殺さんばかりに次々と繰り出される直線的な動きを軽々と()なすギルド長は好々爺然とした老紳士にあるまじき凶悪な笑みを浮かべていた。

全く危うさは感じないが、だからと言って目の前の事態に何もしないというのは論外だ。シュナはリリィを背に庇いつつジリジリと後退し、距離をとった所でギルド長と鉤爪の間に可能な限りの厚みと強度をもたせた魔力障壁を展開する。鉤爪の攻勢を一時的にでも崩す事ができれば上々。精霊抜きの術であれば ───



「手出しは無用だよ」

「!!」



シュナの展開した魔力障壁に鉤爪が弾かれたのに合わせて魔力障壁(それ)を内側から掌底の一撃で砕いてみせたギルド長は一歩宙に踏み出すと鉤爪を脇に抱え込むようにその野太い腕でぐるりと捕えた。ギチギチと嫌な音をたてる鉤爪を片腕で押さえるギルド長は更に力を込め締め上げていく。



「少し強引だったのは認めるよ。お詫びに手伝いたいのは山々なんだが見ての通り、ボクはコイツらの相手で忙しくてネ。ここを離れられない。キミらから王弟に今見た事も併せて報告してくれるかネ?そうすれば時間的な遅れも帳消しにできるし、誰に咎められるという事もないだろう」



やがてフツリと糸が切れたようにギルド長の腕の中で力なくしな垂れた鉤爪は見る間に黒い靄となり霧散した。





\\\\ ストックが尽きました ////



ここまで読み進めていただき本当にありがとうございました。

「18.西の世界樹 Ⅳ」以降は不定期となりますが書き上がり次第、投稿できたらと考えております。

もしまたお目に留めていただけましたら幸いです。


湯乃はにゃ餅 拝

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