15.西の世界樹 I
今、エルバダードには世界樹に分類される大樹が七本存在している。
大陸の北と東にそれぞれ一本、南に二本、西に三本。
エルバダードでは内包する魔力、従える精霊の数、樹齢…何れでもなく、太虚の記憶に繋がりが有るか否か ── ただこの一点で世界樹かどうか定義される為、極光の影響も相まって長い年月の中で絶えずその数は変動し続けてきた。世界樹の葉や露に含まれる力も世界樹そのものからすればあくまでオマケでしかないが素材としてはやはり優秀で世界樹の立つ森もそこに住まう精霊の恩恵で豊かになり、特に3本の世界樹を擁する西方の樹林地帯は林業を中心に栄えていた。
「あっちに見えるのが西の二の世界樹かな?」
「どうだろ。西の一と二の世界樹って位置近いみたいだし…こんなに大きいと遠近感が仕事してないよね」
「…」
「ねぇねぇ、シュナはヨルム呼ばないの?」
「同じ魔法生物として言わせてもらうなら偶には外の空気に触れる機会があってもバチは当たらないとボクは思うよ?」
「…」
人混みを掻き分けシュナとリリィは大通りを進む。西方の要衝・アインツミルド。世界樹に程近いこの街の騎士団でヴァーツラフと合流する事になっている。道で空を見上げると付近の森の木々とは明らかに別格の図抜けて大きな世界樹が必ず視界に入ってくるが、街の観光案内によると街中から見えるのは西の一もしくは二の世界樹で、問題の三の世界樹は更に山一つ越えた先にあるらしい。
ミルル達は西の三の世界樹周辺の森が枯れ始めていると言っていたが、一本だけ距離があるせいか街ではまだ騒ぎになってはいないようだった。
「よっぽど統制が行き届いてるんだね…」
「ヴァーツラフ様が先の極光直後から動かれているからな」
「あ!やっぱり聞こえてるんじゃん!」
「…君ほど魔力を余らせている訳じゃなし、そうそうヨルムは呼べない」
「でも前に比べて大分魔力増えたでしょ??」
「僕は一度失敗してる。今は慎重にいきたいんだよ」
「「ふ〜ん?」」
“失敗”とはどういう事か気にならなくもなかったリリィだったが大通りの突き当たりにある噴水広場とは反対側、騎士が立つ詰所を併設した門の前まで来たシュナが立ち止まった事で三人のお喋りの時間は終わりを迎えた。
「“間引き”の件で中央より参りました、魔法士のシュナと申します。王弟殿下はこちらにお見えでしょうか?」
詰所の騎士に自身の身分証とも言える杖の法珠と今回の任務の指示書を提示し、シュナはヴァーツラフへの取り次ぎを願い出る。
「確認して参ります。こちらで暫しお待ちを」
応対した騎士が控えの同僚に一言二言告げて奥の建物へと駆けて行くのを見送ると振り返ったシュナはリリィに近くへ来るよう手招きした。
「リリィ、二手に別れよう。僕はここでヴァーツラフ様にお会いして状況を聞いてくる。君は冒険者ギルドに行って、それとなく世界樹の噂を探ってくれ。場所はわかるか?」
「(多分)大丈夫!」
「…」
妙に自信あり気なリリィの返事にかえって不安になったシュナは最早何も言わず杖を振るい、白く光る一匹の蝶を呼び出した。
「案内させるから蝶についていって。向こうに着いたら三の世界樹の葉を一枚買っておいてくれるか?今ならこれで足りるはずだ」
そう言ってシュナは財布からいくらか取り出し、リリィに持たせる。
「後で僕も行くから。もし足りなくても無理言って職員を困らせるなよ?」
「あい。」
リリィが預かったお金をゴソゴソとしまっていると先程奥へと走っていった騎士が人を連れて戻ってきた。
「お待たせ致しました。こちらの者がご案内します」
肯首したシュナは騎士に礼を言い、頼んだぞと言わんばかりにリリィの肩を叩いて案内人と共に建物内へと姿を消した。
「んじゃ、私達も行こっか」
「うん!」
シュナを見送ったリリィ達のその声を合図にヒラヒラと蝶が飛んでいく。蝶の後を追いつつ、蝶の行先はシェリムも見てくれているのでリリィは街の入り口で貰った観光案内をもう一度取り出して眺めてみた。裏面の見開きになっている地図によると今居る位置から冒険者ギルドへは蝶の進む方向からしても少し大通りを戻って水路を三つ越えた先 ─ リリィの思った場所でちゃんと合っているようだ。
「シュナも過保護だよねー」
「過保護というか信用ならなかったんじゃないかな?」
「ヒドイ!!」
大通りを少し戻った所で脇道に外れてしばらく道なりに進むと川沿いに出た。林業が盛んなアインツミルドではこの川を起点に張り巡らされた水路でもって街中でも他の通行を妨げる事なく一度に大量の木材の運搬を可能にしている。精霊がフヨフヨと漂う姿もそこかしこで見かけるが流石は世界樹のお膝元という事だろうか。道中、珍しく近付いても姿を隠さない精霊をリリィが追い回す一幕はあったものの、その後はシェリムと二人他愛無い話をしながら水路を何本か越えてリリィ達は迷う事なく目的地へと辿り着いた。しかし無事到着したにも関わらず、リリィの表情は冴えない。
「…ココかな?」
「蝶も消えたし、ココだね?」
目の前の建物を見つめたまま、リリィはちょんちょんと器用にシェリムをつつく。
(ねぇ、シェリム!本当にココなの?!入らなきゃダメ?)
(え、急に何言い出すのさ)
(絶対ヤバいって!何か黒い不気味な靄かかってるんですけど!?)
声には確かに出ていない。
が、冒険者ギルドの真ん前で建物を見上げながらイヤイヤと悲壮な顔で首を横に振るリリィに道行く人から向けられる視線は完全に危ない存在を見る時のソレだった。
(黒い靄??ボクには見えないけど…何かタチの悪い呪いのアイテムでも持ち込まれたのかな?浄化でもしてみる??)
(それだ ───!!)
シェリムの提案を受けて即座に道の端に移動し、お出かけ鞄に両手を突っ込んだリリィは術の媒体として使いやすいよう予め石英を細かく砕いておいた粉末と頂き物の聖水が入った瓶をそれぞれ取り出して蓋を開けた。
(あとヨロ!)
「ハァ…」
ため息を吐いたシェリムは身を乗り出し、普段は白く長い毛に埋もれてどこにあるのか存在を見失いがちなその短い前足で器用に瓶を受け取る。王城以外での魔法を禁じられているのはあくまでリリィであり、シェリムが魔法を使うのは禁止されていないのを良い事にこれまでもお使いに出た先でこういった事は時々やっていた。
琉瑠の間に行きたくないとゴネる事は多々あれど、基本的に任された仕事はきちんと全うしようとするリリィがここまで拒否反応を示すのはアンデットの城から曰くしかなさそうな銀の指輪を回収してこいと言われた時以来だ。
リリィには何か見えているのかもしれない。
シェリムは頭から否定はせず、リリィの不安を取り除く事を優先した。
(黒い靄って建物全体に纏わりついてるの?原因もわからないし、周囲のモノを霧散させる感じで行くよ?)
(十分だよ!さすがシェリム!ありがとう!)
水晶末と聖水を選ぶ辺りリリィも大分エルバダードに馴染んだなと思いつつ、シェリムはリリィの差し出した掌に小さじ程度の水晶末とその倍の量の聖水を注いで魔力を込め始めた。
シェリムの魔力に絡め取られ、氷のように水晶末が溶けて聖水と合わさっていくこれは魔力錬成と呼ばれており、一気に圧力を加えて魔力に溶けた素材同士をかけ合わせる事からすり鉢で潰したり鍋で長時間煮詰めたり、稀に素材の変性を招きかねない手作業による調合と比べると、より純度・質共に高い物ができあがる。魔力量が多ければ多いほど加工できる素材の種類も増える訳だがそこはそれ、身に余る魔力の為に未だ魔封じの枷や魔術紋での制限が必要なリリィから魔力供給を受けているシェリムであれば大概の物は加工できてしまう。このまますぐ使う上、かけ合わせる素材も少ないので混ざってしまえばもう完成だ。
(どう?)
手の中でシェリムの温かな魔力がクルクルと回って素材を取り込んでいく様は何度見ても飽きない。リリィは前世のスノードームや万華鏡を思い出し懐かしくなった。エルバダードにもあるのだろうが、実際に見たらきっとシェリムの魔力錬成と比べてしまい、思い出補正のかかる記憶の中のキラキラが減ってしまう気がして探したりはしていない。
やがて光が落ち着くとキメの細かい白い粉が一山、リリィの手の中に残った。
(あとは風の力を借りるからリリィは目を閉じててね?)
(あいあい。)
リリィを怖がる精霊達はとりわけリリィのその目を恐れている。ついさっき川縁を歩いている時に雲隠れするどころか、キャーキャーとふざけて逃げ惑う精霊をリリィがとっ捕まえて聞き出した情報なので恐らく間違いないだろう。力の弱い精霊に至ってはリリィに見つめられると取り込まれそうになるらしい。これまでシェリムが精霊の力を借りて術を行使する時、リリィは少し離れた所から距離をとって様子を見ていたが思いつきでリリィの手の上で魔力錬成をしてしまった為、離れる事もできない。やや短絡的かもしれないがリリィが見ていなければ簡単な術くらいならイケるのでは?と考えたシェリムは目を閉じるようリリィに指示を出す。実際それで精霊たちから助力を得る事はできたようで、辺りにシェリムとは違う魔力が満ちていくが術に集中するシェリムと目を閉じていたリリィは常とは違うそれに気付く事ができなかった。
ビュゥッ────!!!
尋常ではない風の音がリリィの耳に届いた時には既に手遅れだった。
世界樹が近いからか、力と暇を持て余した精霊がやたら多かったらしく個々にちょこっと(?)ずつ手伝われた結果 ── 巨大なつむじ風が冒険者ギルドに襲いかかる。建物が揺れ、積まれた樽や木箱をはじめあらゆる物が空へ飛んでいく。
(誰か巻き込まれてない?!)
物以外で何か空に飛ばされてやしないか目を凝らすリリィに対して一仕事終えたとばかり精霊たちが親指をグッと立ててとてもイイ笑顔を残して去って行った。
(知ってるんだ…ハンドサイン…)
冒険者ギルドは目の前なのにリリィの眼差しは遥か遠くに向けられていた。シェリムも無言でリリィの首元に巻きつき直す。
建物そのものが吹き飛んだりはしていないが、嵐が過ぎ去り辺りには大小様々なものが散乱している。通行人は魔力錬成をしている時からリリィ達を訝しんで遠巻きにしていたので、巻き込まれた者がいないのが確かな事だけは不幸中の幸いだった。
そして今 ─── リリィの背筋をとびきりの悪寒が駆け抜けていく。
「失念していたよ…」
「「ギクッ!!」」
「保護者やお目付役というより、君達は爆弾とその起爆剤だったね…今度は一体何をしでかしたんだ?」
シュナはむんずッ!と音でもしそうな強引さでリリィの首に巻き付いていたシェリムを片手で引き剥がし、反対の手でリリィの頭を押え込んだ。謂わゆるアイアンクローである。
メリメリメリメリメリメリ!!
「「イデデデデデデッ!!」」
口元は笑っているのに浮かぶ青筋がフード越しに透けて見える。シュナは身体強化で握力を上げてまでリリィとシェリムを締め上げた。魔法職の握力であっても、こうなると堪ったものではない。斯々然々と二人は涙目になりながら、とにかく必死に弁明を図った。
「「わざとじゃないんです!!」」
「世界樹近郊に来るのは初めてだったか…この辺りは精霊が多いんだ。普段以上に魔法の行使には…すまない、先に釘を刺しておくべきだったな」
シェリム達から手を離し、杖を呼び出したシュナはそのまま石畳を杖で強く打ち据える。水面のように波紋など見える訳ではなかったが幾重にも魔力の波が通った後、意思を与えられたかの如く転がっていた樽や木箱、飛んできた洗濯物に傾いた看板など、見る間に散乱していた物が皆、元あったと思しき位置へ戻って行く。
「物損だけで本当に良かったよ…」
「シュナ、今何したの??」
時間を巻き戻すように元に戻っていく様は正に魔法だ。呆然と呟くリリィに少し疲れたように小さくシュナは息を吐く。
「この土地と精霊の記憶に介入した。元はと言えば精霊の軽い暴走だからね。彼らに責任をとってもらったんだよ」
事もな気にシュナはそう言うが、それが尋常じゃない事はリリィにもわかった。以前城の一角を吹き飛ばしてしまった時もこうやって直してくれたのだろうか。
リリィは確かに有り余るほどの魔力を有してはいるが技の面ではシュナや城の魔法使い達にまだ遠く及ばない。
「さぁ、行くぞ」
「ど、どちらへ?」
「君の言う“黒い靄”も気になるけど、まだ三の世界樹の葉を手に入れていないだろ?話の途中で向こうを抜けてきてしまったから買ったらさっさと戻りたいんだ」
「あい。」
先に戻ると言われてもおかしくはないのに騒ぎを起こして二の足を踏むリリィを慮ったのだろうか。シュナを先頭にリリィ達は冒険者ギルドへ向かう。一緒に来てくれるなら心強い。
あれだけの騒ぎで誰か外へ飛び出してきそうなものだがそれも無く、いっそ不気味な静けさに包まれた冒険者ギルド ── リリィはシュナが通った木戸が閉まらない内にと、急いでその身を滑り込ませた。




