14.前世記憶≪ログ≫
「文字媒体で事件や事故が報じられる事もあるだろ?内容が詳細であればあるほど、極光での再現度も高くなる。どの時点で顕現してくるのかまではわからないけれど、死人が出る直前の場合が殆どだ。まるで救う事ができるかどうか試されているみたいに…」
忌々しげに口元を歪め、爪が食い込むほど手を握り佇むシュナは怒りを隠そうともしていなかった。神か運命か極光か、力及ばずそこにあった筈の生命を救えなかった己れの無力さか。
そしてリリィも理解した。
シュナの母親が何度も極光で異世界へ来るという事はその度に元世界で死にそうになっているという事だ。
それはどうにも ───
「気が気じゃないね…」
「力が安定してきたのなら、君にも声がかかるかもしれない。その時は可能な範囲で良い。力を貸してくれ」
この時初めてリリィはシュナの顔を見た。
前世、リリィが慣れ親しんだ黒目黒髪のその懐かしい風貌はシュナが父上と呼び慕う人物のそれとはまるで別物だった。
「この世界に初めて来た時、赤ん坊だった僕を母上 ── 千智さんが呆然と抱きかかえている所を保護されたらしい。鉄さえ歪ませる程の酷い火災の中で血縁関係もない僕をどうして千智さんが抱いていたのか…事件や事故絡みの極光で飛ばされて来る者は記憶が曖昧になっている事が多い。マダム・ロウも生き物の防衛本能だろうと言っていた」
再び歩き出したシュナの後を慌ててリリィは追う。
「赤ん坊の僕は勿論、他に居た生存者も自分が何者なのかわからない。所持品から名前がわからないともうお手上げだ。そんな右も左もわからない異世界で、これも何かの縁だからと僕を引き取って育ててくれたのも千智さんだった。この国は僕たちみたいな異世界人の自立も支援してくれる。おかげで僕が四才になるまでは千智さんと二人、家族として穏やかに暮らしていたんだ。でもある日彼女は姿を消した。方々手を尽くしてたくさんの人が探してくれたけど見つからない。世界に痕跡が無いとまで言われたよ」
依り代が壊されたのだろうか?
でもそれならシュナや千智と一緒に現れた他の異世界人も消えているはずだ。消えたのは千智ただ一人。それに何より極光消失後、数週間も経てば依り代としての機能は無くなり、極光から現れたものはエルバダードに完全に定着する。シュナの話からすると時期的にもおかしな話だった。
「でもさっき言ってたよね?“母上は極光で異界と行き来してる”って」
隣りを歩くリリィの問いかけにシュナは一度だけ小さく首を横に振った。
「…会う事はできたんだ。僕が城の魔法使いになって初めて遭遇した極光から現れた街であの人は血塗れで倒れて…既に虫の息だった。最初千智さんとはわからなかったんだけど“もしかしてシュナ君?”って言われて結構戸惑ったな。極光を抜けたなら記憶は無いと思ったのにあの人は“君が無事で良かった”って自分こそボロボロなのに笑ったんだ。色々聞きたい事だらけだったけど何も聞けなかった。目から光が消えても鼓動が止まって冷たくなってもただ手を握って見つめている事しか僕はできなかった。その後依り代が破壊されて千智さんは再びこの世界から消えてしまった」
「回復魔法は?他の治癒師は何してたの??」
「ちょっと大きなトカゲが数匹、付近で暴れていて皆持ち場から動ける状況じゃなかったんだ。僕の治癒術にしても今でこそ多少の心得はあるけど当時は適性がないからって応急処置程度しか教わってなくてね…死ぬほど悔やんだよ」
「…ごめん」
「君が謝る事はない。ただの事実だ。次こそは何があっても助けられるようにって片っ端から色々な事を学んだけど…一目で千智さんとわからないほど歳を重ねた姿で現れたかと思えば前回会った時は逆にずっと幼くなっていたんだ。六才って言ってたかな?六才の子どもに“立派になったね”なんて言われたら混乱するだろ?時系列も記憶の保持についても滅茶苦茶だ。僕の言葉で誤解させてしまったけど父上は再婚でもないしロリコンでもない。身寄りが消えた僕の後見になってくださった上に“父と呼んで良いぞ”と言われたからお言葉に甘えてるだけで、父上と母上は夫婦でもないしね」
「長い…」
「ご静聴ドウモ。だが、言わないと君は僕を“王子”と呼び続けるだろ?それに丁度着いたんだから良いじゃないか」
確かに、ふと気付けば二人は琉瑠の間の真ん前に立っていた。シュナはプクッと頬を膨らませてむくれるリリィを尻目に相変わらず重厚な琉瑠の間の扉に手をかける。
『あれれー?シュナと玩具、二人だけで来たの?』
『リューシュはいないんですか〜?』
直前に訪問者があったのか、珍しく床に敷き詰められている絨毯まで見える。奥に目を向ければ姿見に布もかかっておらず、件の人物達の声がすかさず飛んできた。
「リューシュ様は今回は砂漠です」
床が見えるだけで歩きやすいかといえば断じて“否”と言わざるを得ない部屋の散らかり具合にも関わらず、シュナはミルル達の問いに答えながら涼しい顔で器用に足下の本を避けて天球儀の側までやって来た。
『えー?!大丈夫?!人間と龍(仮)だけって危なくない?!』
『人間離れしてても所詮人間ですからね〜死なないように守りきれるんですか半龍?』
「やっぱり危険なんだ…」
自分だけに添えられた呼び名の副音声にそこはかとない悪意を感じたがリリィは無視した。構ったら最期ナノダ。
「ヴァーツラフ様が先に現地入りされています。あくまで僕らは補助なので、何とか熟せるだろうとのご判断です」
『あー彼が居るなら大丈夫かー』
『良かったですね〜色々勉強してらっしゃいな』
さっきまでの懐疑的な態度はどこへやら。ヴァーツラフの名が出た途端、ミルルとメルルは華麗に掌返しをキメてきた。会話が途切れ、そこで自分の知らない部分のやりとりは一段落したと見たリリィは余計な事を言われない内に本題に移る。
「リューシュ様から詳しい事はこっちで聞けって言われたけど、世界樹を間引くって具体的には何をするの?」
『フフーン♪春先に折るのは何もリリィの角だけじゃないよー』
『リリィの角と同じ様に今年は世界樹も一本ポキッと折ってきて欲しいのです〜』
「余計なお世話だしッ!」
リリィのスルースキルの限界は早かった。
『『プププッ!』』
『まぁー折るというか切るというかー?』
『まずは“木こり”を見つける事が先決です〜』
「木こり?」
『世界樹を切る事ができるのは“木こり”だけだからねー』
『間違っても正面からアナタ達だけで挑んじゃダメですよ〜』
珍しく真面目な顔でメルルが忠告する。
「世界樹は神気や精気といったものを纏っているから本来は異界で云われる世界樹と同じように近付く事も憚られる不可侵の存在なんだよ。でも時々変性して厄介な事が起こるんだ」
「厄介な事って?」
『二ヶ月前の極光の後で西の三の世界樹の気配がすっかり変わっちゃってねー近隣の世界樹に変化はないからまだ範囲は限定的ではあるけど、今回は付近の森が枯れてきてるんだよー』
『多分何か取り込んだか取り込まれたか世界樹というより、あ〜なっちゃうともう無駄に巨大な妖木ですね〜百害あって一利なし』
『それでも神性は残ってるみたいでねー迂闊に切ろうとすると怒り狂った精霊達に襲われちゃうんだよー』
『だけど“木こり”は別。アナタ達には“木こり”が世界樹を切り倒すその手助けして欲しいのです〜』
「この世界の木こりってスゴイ職業なんだね…」
「職業というより“役柄”だけどね」
苦笑まじりのシュナはさておき、リリィの頭の中では筋骨隆々で気難しい顔をした初老の男性が、年季の入った斧一挺で見た事もないような大樹を切り倒す様がありありと浮かんでいた。きっと筋力を増強するような身体強化系の術は必須だろうという所まで考えたあたりでリリィははたと思い至る。
「私にできる事ってあるのかな…」
リリィの変化に首に巻きついていたシェリムが顔を上げる。座学や魔術紋の施術の傍ら、素材採取のような簡単なお使い程度ならこれまでも沢山熟してきたが今回のこれはきな臭いなんてものじゃない。言い知れぬ不安から俯いたリリィは思わず肩から提げる鞄のベルトを両手で握りしめていた。自分が足を引っ張り、取り返しのつかない事態に陥る事が何より恐ろしい。何しろリリィは王家の森以外で魔法を使う事をリューシュに固く禁じられている。この中にその事を知らない者など居ないはずなのに。
しかしリリィの懸念は意外にもミルルとメルルによって払拭された。
『リリィにはね、キミのその“目”を貸して欲しいんだー』
『ヴァーツラフの魔剣の目眩しを無効化できるくらいですからね〜期待してますよ』
「え?あ、ハイ…」
頼られたのだろうか?あの好奇心と悪戯精神の塊に??
呆気にとられたリリィは生返事をするので精一杯だった。その後もシュナ達は何か話を詰めていたようだがリリィは思考もままならならないまま、やがてシュナに引きづられるように城を後にした。




