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13.母は◯◯才

本日(6/3)投稿2話目です。

「リリィ、どう?進んだ?」


白いフワフワの毛並みをしたそれはスルスルとリリィの纏うローブを伝って定位置である首元へと巻き付き、(かじ)りつくように机に向かう主人の様子を(うかが)った。


「んー半分…」


幼子(おさなご)特有の丸みを帯びた輪郭は鳴りをひそめ、頬もスッキリとやや大人びた顔付きとなったリリィが手元を見つめる表情は真剣そのものだった。


「全然じゃん!」


「頑張ってるし!」


ダンッ!と勢いよく立ち上がった拍子に椅子まで後ろに倒してしまったのを慌てて直したリリィは白いフワフワ ─ シェリムと名付けた自身の魔力の化身を睨みつける。


「早く仕上げないとまた角折られちゃうよ?」


「うぅぅ〜言われなくてもわかってます!わかってるから頑張ってるんじゃん!…あッ!?」



あれから数年、春先になると伸びてしまった角をリリィは毎年へし折られている。

こう…麻酔的な何かで麻痺させておいてシュパッ!と切り落とすのではダメかと聞いたところ「龍の角って魔力回路とか神経の中枢みたいなものでしょ?他種族(ワタシら)のデバフなんて効かないでしょうし、ただ痛みが長引くだけというか、誰が龍の角なんて切れるの?っていうか…残念だけどリリィちゃん自身やリューシュ様ができないなら諦めるしかないわねぇ。()()お城壊しちゃったら大変だし」とは宮廷医の一人、マダム・ロウ(♂)の言である。

角の処置を逃げ回って先延ばしにした挙句、城の一部を吹き飛ばしてしまった時にそれはもう()()と助けてもらった彼女(?)にそう言われてしまったらぐぅの音も出ない。

聞き上手で話し上手。色々相談にのってくれるこのマダム・ロウという人物にリリィは頭が上がらなかった。


ただ、男性として十分魅力的に思える彼女が話し方から装いまで何故敢えて女性に扮しているのかといえば ──「ほら、ワタシみたいに見た目がゴツイのに診られるなんて世の女性にしてみたら抵抗があるかもしれないじゃない?女装(こう)していればちょっとは安心してもらえるかと思って。だからこれは趣味じゃなくて実益なのよ」

パチリと蠱惑的なウィンクと共にやや低いハスキーな声でそう(のたま)った。

何も安心できない。むしろ不安しかない。

でも根は優しいし、知識も豊富で腕は確か。リューシュはリリィにとって尊敬する人物ではあるが高潔というか孤高というか前世からの完全に特別枠なのに対して、気さくなマダム・ロウは色々慣れてしまえば世話好きという印象だけが強く残り、これぞ頼れる大人という存在だった。



閑話休題。



王城のすぐ東、リューシュが居を構える王家の森と呼ばれる一角に転がり込んだリリィの調べが進む内、“白の子ども”としての保有魔力はそのままに三十四番当人としての知識や記憶は一切残っていない事がわかった。器として完成した後の三十四番の肉体にリリィの魂が押し込められたというのだから当然といえば当然の結果だ。そこで元の魂が魔法のない世界出身のリリィの為に龍の力の前にまずは魔法の行使に慣れるべく魔法を基礎から学ぶ事になった。

エルバダードで魔法と呼ばれるものは所謂(いわゆる)精霊魔法である。精霊達に働きかける事で発現する神秘。リューシュも精霊魔法はこの世界で会得したらしい。

精霊との交流から始まり、術者の意図をどれだけ正確に精霊に伝える事ができるか。気まぐれな精霊が相手なだけに術の成否に繋がる精霊との意思疎通はとても重要だ。嫌われては元も子もない。

リューシュの場合はより高次の存在として精霊がリューシュに従属している為、精霊の方から全力で応えようとするというのだから流石である。

一方リリィはというと、全力で精霊に逃げられている。シェリムや指導してくれる魔法使い(づて)に『よくわからないけど何か怖いから嫌』と精霊たちから言われた時はリリィもヘコんだ。お約束の転生チートはここでは発揮されなかった。

では一体何が精霊を怖がらせているのか?

恐らく無意識にダダ漏れている魔力が精霊に威圧感を与えてしまい避けられているのではという結論に至り、それを何とかするべく座学で学問的に魔法を学ぶ一方で魔力の制御訓練も兼ねて持続型魔術紋様 ─ 魔術紋を施していく事になった。物理的な欠損により発動しなくなる事もある魔法陣とは異なり、魔力のみで構成される魔術紋は術者の魔力が尽きるまで持続的に効果を発揮し続ける。魔術紋を呪符や杖もしくは自身の身体に刻む事で術の強化や常時発動が見込める等、その用途も様々だ。

遡ればリリィが首の枷を外されたあの時、リューシュによって一つ目の魔術紋が入れられていた。いたずらに魔力を取り込み続けて溺れないよう、首元の魔術紋で周囲の魔素の流入を止めているらしい。

これだけ聞いていると便利に思える魔術紋だが一つだけ大きな欠点がある。施術難度の高さが尋常じゃないのだ。パッと見は魔力で構成された刺青のようにも見える。しかしよく目を凝らすと極微細な呪文がびっしりと書き連ねられ、それが魔法陣としての機能も果たしているのだと見る者が見ればわかる。細く練った魔力を均一に捻り出し、縫い糸で幾重にも刺繍していくかのような魔術紋を刻むこの作業は呪文の詠唱を途切れさせる事なく、同時に魔法陣を寸分の狂いなく描いていくようなものなので術者はおそろしく消耗する。しかも何層も重ねる事でより強固な魔術紋となる為、重ね掛けがほぼ必須な上、更に見た目にまで拘り出せばキリがない。


だから冒頭のように途中で集中を途切れさせるとまた一からやり直しとなってしまうのである。



「イ───ヤ────ッ!!!」



そして今年も刻々と期限が近付いていた。





「どうだ?そろそろ完成したか?」


シェリムとは別の声からの同じような問いかけにギギギッと音がしそうなぎこちない動きでリリィはいつの間にか側に居た声の主に向き直る。


「リュ、リューシュ様!え、えと…二層まで…」


「頼みたい事がある。少し早いが、まだ仕上がっていないなら折るぞ」


「ヒィ────ィィィィィッ!!」


ガシッと頭を鷲掴みにされて押さえ込まれたリリィの悲鳴は角を折られる事に対するものか、はたまたリューシュの頼みとやらが碌でもない事だろうという予感からくるものか ── こうして角を折るまでまた一年の猶予期間が生まれたのだった。




「よく頑張ったな」


「へ?」


痛む顳顬(こめかみ)を涙目で摩るリリィは突然のリューシュの言葉に耳を疑った。


「両足の魔術紋も機能している。上出来だ。右腕も二層まで終わっているなら来年はもう角を折らなくても良さそうだな」


「ありがとう、ございます…でも左腕がまだ…」


「足の方はそれぞれ別の(しゅ)を込めているから無理だったが、腕の方は続きものの呪だから反転させて一気に焼き付ければいい。右腕が五層まで仕上がったら教えろ」


「あ、ありがとうございます!」


今度こそ手放しに喜んでも良いとわかったリリィは破顔する。


「良かったね、リリィ!」


「うん!」


キャッキャ!と声を上げて喜び合うリリィ達をリューシュは複雑な表情で見つめた。何事か言わんと口を開きかけ、また(つぐ)む。珍しく煮え切らない様子のリューシュに気付いたリリィはどうしたのか問いかけた。


「リューシュ様?頼みってそんなにややこしい事なんですか?」


「…いや、西の世界樹の“間引き”だ。私は別件で同行できないが他に慣れた者が付き添う。琉瑠の間で落ち合う手筈になっているから詳しい事は向こうで聞いてくれ」


琉瑠の間と聞いてリリィは苦手とする姿見の中のあの人物を思い出す。これまで極力自分からは近付かないようにしてきたが時折どうしても会わざるを得ない時などオモチャが来たと言わんばかりに良い笑顔で迎えられるので(たま)ったものではない。リリィとしては世界樹の間引きなどバチが当たりそうで行きたくないが、それよりまず琉瑠の間に行きたくない。どうにか回避できないものか。


「世界樹って間引いちゃっても良いものなんですか?」


この世界(エルバダード)では間々あるな」


魔物の間引きならまだわかる。

過去、極光の影響で大陸各地に世界樹が林立した時は何本も切り倒したとも聞く。しかしそれが先程のリューシュの表情に繋がるのかといえば理由としてはまた別のような気がした。



コンコン。



そこまで話した所で小屋の扉を叩く者があった。

王家の森のリューシュ達が住まうこの場所を訪れる事のできる者は限られている。



「はいはーぃへぶッ!!あ!王子!」


「すまない、遅いから迎えに来たんだが…ケガはないな?」


内開きの扉が災いし、返事をしつつ無防備に近付いていたリリィが来訪者 ─ シュナの開けた扉に(したた)かに顔面を打ちつける。が、リリィにはこの程度かすり傷にもならないとわかっているからか謝罪とは名ばかり、シュナの言葉はまだ続いた。


「僕は王子じゃない。いい加減そのアダ名で呼ぶのはやめてくれるか?」


「えーでも王様の息子なんだから」


(じゃ)れるなら他所でやれ。私はもう行くぞ」


「あ!リューシュ様はどちらへ?」


「…砂漠だ。恐らく“声”は届かん。シュナ達をあまり煩わせるなよ?」


入り口を塞ぐように立っていた二人を退かせ、リューシュはさっさと行ってしまった。

リリィとしては心底行きたくはないが迎えまで来てしまった以上、琉瑠の間に行くしかない。とりあえずローブの上から羽織れるマダム・ロウの()()手製の猫耳フード付きの外套とお出かけ鞄を引っ提げてシュナと共に小屋を出発した。




「あんなすぐカリカリになる所でリューシュ様何してるんだろ」


「…」


「時々出かけてるよね?」


「…」


「王子、今日は上の空ですか?心ここに在らず」


「市街地で王子と呼んだらタダじゃおかない」


「聞こえてるじゃん!」


琉瑠の間へ行きたくないリリィの足取りは重い。それに負けず劣らずシュナの足取りもまた重い。漂う空気の重さをどうにかするべく話を振ってみるも会話は続かず、リリィの目論みは失敗に終わった。


「リリィ、こういう時は“何かあったの?”って聞くのが正解だと思うよ?」


首に巻きついていたシェリムが前を歩く人物には聞こえないよう声を落としてリリィの耳元で小さく囁く。


(え!聞いてどうするの?!きっと私が解決できるような事じゃないでしょ!)


(何言ってんの!自分だってマダム・ロウにいつも散々愚痴聞いてもらってるじゃん!)


(女性と男性の悩み相談は別モノなの!女性はただ聞いてもらうのが主目的だけど男性は解決策を探るのが主目的!)


(…忘れてるようだけど今、君は龍なんだよ?器がどうあれ性別ないから。それに抱えているものを多少でも吐き出して楽になるのは男女とか関係ないと思うよ?)


「ぐぬぬ」


「?」


最後の唸りだけ声に出てしまった。

シェリムは元々リリィの有り余る魔力から生まれた魔法生物。自我も芽生え、切り離された別個体ではあるがリリィからの魔力供給によって存在している為、同調する事で“念話”の真似事のような事もできる。(はた)からはそうは見えないので密談にはもってこいなのだが、声に出してしまってはどうしようもない。

リリィの唸りに気付いたシュナが足を止め、不思議そうに振り向いた。

王城所属魔法使いの証である幾重にも護りの術をかけられたローブを季節を問わずフードまで目深に被っているせいで、いつも口元くらいしか見えないはずなのに何となく今は「何でもない」と言って誤魔化せる雰囲気ではなかった。



「シェリムがね、おう…シュナにどうかしたのか聞けって」


(ちょっとぉ──?!)


ぐいんとシェリムは首を伸ばしリリィを覗き込むが当のリリィは無視を決め込む。

一瞬シュナはポカンと口を開け呆気に取られた様子だったが、すぐに片手で口許を押さえると背を向けて再び歩き出した。


「これから任務だというのにすまない。君達にもいずれ知らせが行くだろうが近々僕の母上が来るんだ。それが少し気にかかってね」


「…苦手なの?」


速度を少し上げ、リリィはシュナに並んで歩く。


「まだ会うのは三度目なんだ。七年ぶり?また年下だったら気まずい」


「これまで王妃様の話なんて聞いた事なかったから全然気にしてなかったけど王子も人の子だもんね?お母さんご病気か何かで療養してたの??また年下って何?フェリド様って再婚のロリコンですか??」


「…母上は数年ごとに異界から渡ってくるんだ」


「…………なんて?」


「母上は極光でご自身の元の世界とエルバダードを行き来してるんだよ。やってくる時も年齢も間隔もバラバラ。夢見(ゆめみ)からこちらへ来る時は予告されるのがせめてもの救いだけど、ちょっと複雑でね」


「思春期…」


「ん?」


「いえ、ナンデモアリマセヌ」


「…極光が内包しているのは何も読み物として、空想の産物としてのモノガタリ世界だけじゃないんだよ」


そう呟くシュナの声は昏く憂いに満ちたものだった。

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