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11.枷≪かせ≫

リューシュが首の枷に触れてもリリィには不思議と再び首を絞められるという恐怖は湧かなかった。


「いつもそんな二択を迫るんですか?」


「極光から出現したものはこの世界にとって異物でしかない。常であれば依り代を特定次第、即刻排除している。影響は最小限にすべきだからな」


『役に立ちそうなものの時はそうでもないけどねー』

『便利そうなもの、美味しそうなもの、美しいもの、取り入れるべきは取り入れてますよ〜』


リューシュは無言で枷から手を離し、姿見の側に置いてあった布を見つけると一気に広げて鏡を覆う。


『『ぴゃッ!!』』


「もう寝ろ」


『鳥じゃないしー!』

『もっとお話聞きたい〜!』


プンスカと布越しにくぐもった文句が聞こえてきたが、諦めたのか然程(さほど)間をおかず静かになったのを見計らってリリィは遠慮がちにリューシュに尋ねてみた。


「えぇと…その鏡の人が何なのか」


振り返ったリューシュの目は聞いて良いとは言っていなかった。


「ひぃッ!また今度教えてください!」


「…それで?どうするか決めたのか?」


問われるまでもない。リリィの心は決まっている。


「はい!最初から迷ってません!リューシュ様とずっと一緒に居ますッ!」


「…」


「ずっと一緒とは熱烈だなぁ。リューシュ、お前が責任持って導けよ?同族なんだろ?」


何も言わず渋い顔のリューシュに代わり、フェリドが横から愉しげに茶々を入れた。


「同族ではない。同位体だ」


「違いがわからん」


「グロッシュ」


「はッ?!」


同じだろうなどと呟くフェリドを無視し、いきなりリューシュに呼ばれたグロッシュの声は裏返る。

この話の流れで唐突に自分の名が呼ばれる。反射的に返事はしたが嫌な予感しかしなかった。


「私が遮断しているのにも関わらず砂漠で強引に割り込んできたな?手助けをした術者はどこだ?」


「それを知って如何なされるおつもりですか?罰すると言うのであれば()の者は私の指示に従ったまで。責任は私が」


「勘違いするな。感心しただけだ。この世界に()に介入できる程の術者が生まれたのであれば上々。ここへ連れて来い。頼みたい事がある」


「…かしこまりました」


(((無茶な頼み事でなければ良いが…)))


誰も口にこそ出さなかったが、リューシュ以外のこの場に居る全員が同じ思いだった。





「無茶です!!」


シュナと名乗る青年はリューシュの話を聞くなり、開口一番そう言った。


「枷を外し、溢れた魔力を切り離す間だけだ。何とかなるだろ」


「僕はただの人間です!幼体とはいえ龍の力に対抗できる訳ないでしょう?!」


「外す枷は一つだけだ。五分の一の力までであれば、お前なら防ぐ事が ── 」


自分の頭上を飛び交う二人のやりとりをリリィは黙って見守る。こういう時、下手に口を出さない方が良いのである。前世享年十四才児、今度ハ空気読ミマス。


「大体!均等に五分の一じゃないでしょ!どう見たって首の枷が一番魔力の拘束量多い所じゃないですか!それになにも王城内(ここ)でやらなくても演習場なり場所を移して」


「動かす事はできん。転移も論外だ。見ろ。(じき)に砕ける」


「ッ!!!もう!どうなっても知りませんよ!」


リューシュの指差す先 ─ リリィの首の枷に亀裂が入っている事に気付いたシュナは即座に切り替え、何もない空間から杖を取り出し素早く構える。


「父上達は今すぐここを離れてください!」


「いや、ここに居ろ。その方が護りに身が入る。昔からお前達という生き物は護るものがある方が力を存分に発揮するからな」


「父上?」


シュナの父親がこの部屋に居るらしい。

ふとリリィが部屋を見回すと未だリューシュと舌戦を繰り広げるシュナの更に後ろ、騎士が立つ合間からフェリドが小さく手を振っていた。


「…え?!この人、王子様?!グエッ!」


「話を聞いていたか?爆弾娘。今はこちらに集中しろ」


リリィの頭をリューシュが容赦なく押さえつける。


「角がなくとも尚この様か。エルバダード(ここ)に残るというのなら早々に自分の力と折り合いを付けるんだ」


リリィとリューシュを囲むように床が不気味に赤く光る。不可思議な紋様とリリィには読む事のできない文字の羅列。それらがリューシュの赤く光る角と呼応し二人を包み込んでいく。



「ヨルム!!」


杖を(かか)げたシュナの影から呼びかけに応えるように一匹の獣が現れた。さながら灰色の狼だ。しかしその体表は炎が燃えているかの如く揺らめき、青い双眸(そうぼう)に表情もないままシュナの見つめる先を真っ直ぐ静かに見据えている。



「一分()たせろ」


「努力はします」


短いその会話を合図にシュナは握る杖に力を込める。

シュナの横に控えていた灰狼がサッと前に駆け出し、リューシュ達を包む赤い光に触れるとその体は白く(ほど)け、赤い光を上から覆い尽くしていった。



─── パキンッ


誰が触れるでもなく、硬質な音と共にリリィの首の枷が崩れ落ちた。途端ゴウッと風が鳴り、赤い光で区切られた空間の内側は暴風のような魔力の奔流に埋め尽くされる。

身体からズルズルと何かが抜け出ていく感覚にリューシュから具体的に指示された訳ではなかったが、リリィはただ黙って歯を食い縛り耐えていた。



嗚呼(あぁ)、恨みも抱かず…眩しいほどにお前達の心は無垢なままなのだな」



場違いなリューシュの優しげな声に目を向けると魔力渦巻く嵐の中で微動だにしないリューシュの周囲に白く淡い光を放つものが幾つも浮かんでいた。

よく見れば赤い光が張り巡らされた網のように浮かぶ光を捕らえている。



「お前達は役目を全うしたのだ。この者の行く末は私が見届けよう。もう楽になれ…“償いはさせる”」




キィィーンッ ──




金属同士を打ちつけたような耳障りな音を最後に風は止み、白い光も消え失せた。



「お、終わり…ですか?」


杖を構えたまま、肩で息をするシュナは赤い光の内側に感じていた荒れ狂う魔力の流れが消えているのに気付いて声をかける。最早限界だった。


「もう術を()いて構わん。よく(こら)えたな。おかげで綺麗に断つ事ができた」


こちらを振り返ったリューシュの手にはフサフサとした毛並みの白い毛玉が握られている。


「ハァァァ…」


大きく息を吐き、後ろに倒れ込むシュナを駆け寄った騎士がすかさず受け止めた。灰狼は消えたまま姿を見せず、シュナの顔色も悪い。魔力切れで気を失ったのだろうが血を吐いてはいない所を見るとリューシュの人選は間違ってはいなかったようだ。

これから更に修練を積めばきっと強くなる。


(先が楽しみな人間だな)


人外にそう思わせる青年の先行きは鬼か蛇か。




シュナがフェリド達に囲まれる一方、倒れていたリリィをリューシュはゆっくりと抱き起こした。

枷のあった首元には無骨な枷に代わり、今は小さく赤い文字が刻まれている。痛みもなさそうなリリィの表情にひとまず安堵し、意識があるのを見てとるとリューシュはポツリとこれからの事を話し出した。


「リリィ、お前に(しゅ)をかけた。白の子供たち、だったな?お前には彼らの魂に(むく)いてもらう」


「…報いる?」


「幸い時間だけはある。よくよく考えろ。先に逝った彼らに顔向けできんような事はするなよ?」


「あっ…」


リリィの頭にリューシュは持っていた毛玉をのせる。ピクリと動いたそれは頭をもたげるとイタチを思わせるその長い体躯をスルスルと動かしリリィの首に巻き付いて動かなくなった。


「それはお前から切り離した魔力だけで練った純粋な魔法生物だ。きちんと躾けて使い熟せ。…一年だな」


「え?」


「一年で恐らく角はまた再生する。枷がある内は連理ノ河から余分なモノが流れこまないように角は折らねばならん。痛い目に遭いたくなければ精々精進する事だ」


「え"」


「枷はあと四つ…何年かかるだろうな」


嗤っているのか、呆れているのか。

タラタラとあぶら汗を流すリリィを見つめるリューシュの表情は背を向けられているフェリド達から窺う事は終ぞできなかった。

来週は2話投稿予定です。

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