10.連理ノ河
『歪だねー』
『醜いですね〜』
パチンと目の前で手を叩かれたのを合図にリリィの意識は浮上する。
頭はまだぼんやりとしていたが恐らく余計な事を色々話してしまったという感覚だけは残されていた。
目の前の姿見の中で金色から元の赤と青のオッドアイへ戻った瞳に冷やかな笑みを浮かべた人物からバツの悪さを隠すようにリリィはふぃと顔ごと逸らした。
「他の方法なんて思い付かなかったんです」
「…そんな方法で龍など…造れるものなのか?」
リリィの小さな呟きはそれでも部屋に居る者達の耳に届くには十分だった。更に呆れと困惑をない混ぜにしたフェリドの言葉に爛々と目を輝かせてミルルとメルルが食いついた。
『それが極光のスゴイ所!』
『モノガタリに必要な要素は何でも具現化!』
「ハァ…厄介な所の間違いだろう。妙な所で補正でもかかったか」
まるで自分の手柄のように自慢げに語るミルルとメルルとは対照的にフェリドはため息をついてガシガシと乱雑に髪を掻いている。
「で?お前達の見立てはどうだ?コイツはこの世界の脅威となり得る存在か?」
『極光が絡んだ以上、この子はリューシュとほぼ同じ龍と言っても良いんじゃないかなー。元の器はともかく?』
『器が保つかどうかが問題です〜。アナタ方には見えないでしょうけど四十個分?の魂と魔力で雁字搦め』
『たった一個の何の変哲もない普通の魂に背負わせるなんて正気じゃないねー』
『魔封じの枷は機能してるようですが、いつ爆発してもおかしくないと思います〜』
「ちょっと待て。爆発?」
『三十四番に血肉を取り込まれた三十九個の魂と本来の器の持ち主だった三十四番の魂だねー。今表に出ている魂にはちょっと荷が重いかなー』
『身の丈に合ってないのです〜。魔力の軋みは感じるでしょ〜?そういう意味では城に連れてきた事を正気かと疑いたくなるくらいには脅威ですね〜』
訝るフェリドにそこまで答えた所でミルルとメルルは不意に目を伏せる。再び両の目が金色へと変化したその小さな口から紡がれる言葉は纏う雰囲気同様、先程までとは重さまでもが違って響いた。
『“他に方法を思い付かなかった”なんて、白の子どもの側の言葉じゃない。そんな言葉、愚昧に計画を遂行した狂信者か話の筋書きを書いた側の物言いでしょう?』
「やはり作者で間違いない、という事ですか」
『ワタシはそう結論するけど…実際どう?リリィ?』
堪らずといったヴァーツラフの呟きに是と頷いてみせるミルルとメルル。
さぁ、あとは答え合わせとばかりに俯くリリィに続きを促した。
「…リューシュ様達の物語を書いていた作者さんが物語もついに終盤という所で亡くなられたんです。物語は当然未完。プロットが公開されましたが肝心の結末までは書かれてなくて…」
先程ミルルとメルルにのせられて夢の話をする様にふわふわと自らが紡いだモノガタリを語っていた時とは違い、リリィの表情は固い。
「なのにある日遺稿が見つかったと…でもそれは同じ作者さんのものとはとても思えない内容でした。リューシュ様が、他の龍を殺す?最後はリューシュ様まで消えて龍の居ない新しい世界が始まる?有り得ない!だからがむしゃらに書いたんです!矛盾とかどうでも良い、私が思いつく限りの全てを込めてあの世界でリューシュ様が消えずに済む未来を見てみたかったんです!」
「それがどうして子供を犠牲になんて事に繋がるんだ?ユグド=マグナにはリューシュが居たんだろう?そんな無謀、アイツが許すとは到底思えん」
白の子ども達の物語と今のリリィの話がどうにも結び付かない。更に言えばそんな人間共の目論み、どんな大義を掲げようとあのリューシュの気性ならば必ず潰す ── フェリドには理解できなかった。
「ユグド=マグナを統治していた七柱の龍の内、一柱がある日忽然と消えたんです。ユグド=マグナは世界の均衡を失って混沌と化しました。その過程で発生した“世界の澱”と呼ばれるものに呑まれたユリウス様は災厄に成り果ててリューシュ様と戦って…だから全ての発端である消えた龍の代わりを造る事さえできれば均衡を失う事も混沌に堕ちる事もなくなると思って」
「澱…」
ヴァーツラフの呟きに黒い斑が騒めく。
「リューシュ様達の世界は神様が消滅する直前に創った最後の世界と言われています。世界の隅々にまで神様の残滓が溶け込んでいて、含有する残滓が多ければ多いほど行使できる力も大きくなる。とりわけ残滓なんてカケラじゃなくて溶け消えゆく神様そのものを核に生みだされた七柱の龍の力は絶大 ── ユグド=マグナという世界は龍を中心に回っていました。流石に龍の核になる程の神様の断片を新しく見つける事は不可能です。だけど砂粒の様なカケラでも寄り合わせて凝縮して磨き上げれば擬似的な神様の」
「奴が動く訳だな」
いつから居たのか、当然の様にフェリドの向かいのソファに深く腰かけたリューシュは決して大きくはないが、よく通るその声でリリィの言葉を遮った。
『あら、リューシュ』
「リューシュ!お前、いつの間に…砂漠で一体何があった!」
目覚めた夢見から今回の極光のモノガタリ世界にリューシュを知る者が居る。関わらせるのは危険と進言を受けたが、その時には既にリューシュは極光の只中。フェリドは気が気ではなかった。
「…私が砂漠に着いた時には街が一、二区画ほど展開していた。既に炎に巻かれた状態でだ。放っておこうかと思ったんだが街の中心部でリリィが魔石に封じられていてな。依り代ならば破壊しようとした所で邪魔が入った」
「邪魔とはあの光の事か?攻撃性は感じなかったが影響があったとするとかなりの広範囲」
「フェリド」
「あ?」
「お前たちはもう贄にならんで良い」
「…どういう事だ?白化が進んで潰えそうだった筈のお前の角が色を取り戻したのと何か関係があるのか?」
「…災厄だ」
リューシュのその一言でフェリド達に緊張が疾る。
息を呑み、爪が食い込むほどに手を握り込む。立ち上がりかけたフェリドの肩を後ろに控えていたヴァーツラフが押さえ、何とか座らせていた。
数百年前の大戦の記憶は薄らぐ事なく前世記憶持ちなら尚の事、未だこの世界の人々に深く深く刻み付けられている。
「二体目の災厄が現れたという事か?だから力を使わざるを得なかったんだな?夢見が言ったお前の縁者とは災厄の事か!」
「落ち着けフェリド。会ったのは堕ち狂う前の奴だ。相変わらず言葉は解すが通じない…あいつは街に居たリリィ以外の者を全て処理した上でユグド=マグナの概念である“連理ノ河”を植えつけ姿を消した。お前達の見た光は連理ノ河だ。」
「“上書き”か…連理ノ河とは何だ?連理の枝なら聞いた事があるが…」
『連理ノ河は生命そのもの。死した魂は生前得た知識や記憶・感情の一切を連理ノ河へ全て溶かして真っ新な状態で次の生へ旅立つ。前世記憶持ちが当たり前のこの世界とは対極にある異界の魂の濾過機構ね』
「そして龍の力の源となるものだ。お前達が私の犠牲になる必要はもうない」
「我らに力を貸す理由も無くなったか」
「私は災厄を止める。業腹だがその災厄のおかげで力が戻りつつある。お前達から糧を得なくてもよくなっただけだ。私がやる事は何も変わらない」
リューシュは再びリリィに目を向ける。
「リリィ、極光から出現したお前は依り代さえ破壊すれば元のモノガタリ世界へ還る事ができる。が、お前の依り代は恐らく連理ノ河 ── 根付いたあれを破壊する事は今となっては不可能だ」
人工的な同位体 ──
リューシュは徐に立ち上がり、姿見の前で立ち竦むリリィへ近付くと首に嵌められた枷にそっと触れた。
「元のモノガタリ世界で再構築される一縷の望みに賭けて私に殺されるか、その身に余る力を自分の物とし異分子と謗りを受けようとこの世界で生きていくか、今この場で決めるんだ」




