自分をさらった魔王軍の側近Aと結婚します 異種間結婚ってこんな感じですよ。
「もう! 勇者がすぐ近くまで来てるなんて! 魔王様は一体なにをしてるんですか! なぜベストを尽くさないのか!」
遠路はるばる魔王城まで攫われてきた姫は、形ばかりの牢獄で、盛大に喚きました。
王城のものまでとは言わないものの、丁寧に作られているベッドは寝心地が良い。
お行儀悪くベッドへダイブした姫は、魔王の優柔不断さにヤキモキしている。
さっさと勇者を亡き者にせんかい! いや、さすがにそれは言い過ぎか。早く勇者をどっかにやってください。
姫という階級の女は一人ではなにもできないだろうからとつけてくれた侍女はなにかにつけ優秀で痒いところにまで手が届く素晴らしい人材で、その背中に小さな羽が生えているらしいが、楚々としたメイド服を着ている分にはまったく人間と変わりがない。
部屋のドアが、自分の意思で開けられず、部屋から出られない以外はかなり快適な生活をしている。
いや、姫の仕事がない分むしろお気楽で良い。
「姫サマはどうしてそんなに勇者を毛嫌いしているんですか? 聞けば美丈夫で、優しいとか。その上勇者で強いなんてみんなが憧れる優良物件ではないですか?」
表情筋が微笑みで固定されたような優しい表情をたたえた侍女は、わからないとばかりに姫に問いかける。
情報を聞くとそんなに悪い結婚というわけでもないように思えるが、違うんだろうか。
ごく自然な質問に対して姫は、ベッドの上でむくりと身体を起こして、手頃な場所にあった枕を手繰り寄せて力いっぱいにぎゅうと抱きしめた。いや、締め上げたという方が適切だ。
「しらんけど、なんか生理的に無理なものは無理だし。顔もそこまで美しいわけじゃないよ。あくまで庶民感覚で言えば綺麗な顔かも知らないけど、上の立場のものたちはもっと綺麗な顔の人は山ほどいるのよ」
そう言う姫の顔はとても可愛らしく整っている。
親兄弟も似たような顔をしているのであれば並大抵の綺麗な顔ではそうそう琴線には触れないだろう。
鏡で自分の顔を見慣れているというのも理由の一つなのかもしれないと思わせる。
「優しいってのも、なーんかね、違うんだよねぇ〜。ていうか勇者が近くに来ると蕁麻疹出てめっちゃ痒いし、そんなので、結婚だお世継ぎだってのは絶対無理」
思い出しただけで体が痒くなるのか、姫は服から露出している細く柔らかそうな腕を軽くぽりぽりとかいた。
今は蕁麻疹は出ていないように見受けられる。
「では素直にそう申し出ては?」
体が不調を訴えるなんていうのはさすがに結婚しない理由になるだろうという考えだ。
「え〜、無理〜! 蕁麻疹は薬で抑えて勇者とケッコン!ってなるだけ、結果同じ、帰結するのは勇者との結婚。てかさ、勇者は姫と結婚したいわけではないし、ちゃんと結婚したい人がいるから、その人が第二夫人みたいになって姫はとりあえず肉便器にされて子供だけ産んで、第二夫人と末長く仲良くいちゃいちゃ暮らしましたとさ、とかなるんだよね、いまんところ、今までの歴史を見るとさ。まぁ姫と勇者の血が入った子供がいたら王家的には一石二鳥なんだろうけど〜姫は姫なりに幸せになりたいから」
「お願いします、死んだことにしてください」
体が拒否していても薬でそれを抑えてまで推し進められる結婚とは一体……?それなりに人間社会について学んでいたが、まだ不可解なことがあるとは……
侍女は、真顔でじっと床を見つめる姫を見つめる。
幸せになりたい、というのは身分によってはこうも難しいものだったのだなと、ごく自然に相手に出会い結婚して子供にも恵まれた順風満帆な人生を送ってきた侍女は目の前の美しい姫を不憫に思った。
こんなにかわいらしく生まれたのに、かわいそう。
侍女から話を聞いた、魔王の側近も姫にかなり同情的で蕁麻疹が出るほどとは、よほど相性が悪いんですね。それとも男全般に蕁麻疹が出てしまう体質なんでしょうか? などと、首を傾げておもむろに姫の部屋に出向いてきたからと思えば、あっ、ぇ、っぇえ!? ェ……!は…わ……
私は隣の部屋におりますのでッ!
どうぞごゆっくり!!!
こうして攫ってきた姫は、死んだことになった。