第2話〜化け物〜
「うぉぉぉおおおお!」
アリシア達が戦う戦線から離れ、敵軍の後方。
油断している敵軍の背後に、左手に大楯、右手にハルバードを携えた大男が降ってきた。
大男は落下の勢いのままに、ハルバードを地面に向けて振り下ろす。
「「「うわぁぁぁああああ!!!」」」
ドォォオオオン!!!
と凄まじい音を立ててハルバードが突き立てられ、その衝撃で敵兵が10人ほど吹き飛んだ。
「ガーッハッハ!
ワシの様な老ぼれに吹き飛ばされるとは、帝国兵は鍛え方が足りんのう!」
大男はそう言って、盾も構えず堂々と敵軍の前に立つ。
彼の名は“グラハム アーノルド”。
トリスタンよりも古くからジークハルト家に仕え、“要塞のアーノルド”の名を轟かせてきた老戦士だ。
新設されて間もないSSFのお目付役として配属されたグラハムだったが、戦場に立つと「戦士の血が騒ぐ」と真っ先に敵陣に突っ込む脳筋タンクである。
が、流石に油断が過ぎた様だ。
高笑いするグラハムに向けて、一斉に放たれた矢の雨が降り注ぐ。
しかしそれらが彼に届く事は無く、グラハムの目の前に現れた体長5メートルはある大狼に全てはたき落とされてしまった。
「グラハムさすがにゆだんしすぎ〜、ひとつかしね!」
大狼、では無くその背からヒョコッと顔を出した少女が、やや呆れた様な顔で諌める。
少女の名は“エリル バークリー”。
彼女は王都で売りに出されていた獣人の元奴隷のだったが、ジークハルト家当主にその才を見出され、若干12歳という異例の若さで既に戦場に身を置く。
全ての生物と対話ができる彼女は精霊達にも好かれ、SSFの精霊使いとして日々活躍を見せている。
「いやぁ、面目ない……」
グラハムは何十年と戦場に立ち続けた兵だ。
たとえエリルが来なくとも矢の雨を凌ぐ術はあったのだろうが、自分よりも50も下の少女に諌められては、流石に居心地が悪そうだ。
「それにしても、隊長は相変わらずじゃな……」
「だね〜。アタシたちついてこなくてよかったんじゃないかな……」
2人が呆れた様な視線を向ける先には、立ちはだかる敵兵を次々と薙ぎ倒し、遂には敵将の喉元に剣を突き立てる男がいた。
「ヒッ、ヒィッッ」
敵将は尻餅を付き、もはや抗戦する意思もないらしい。
「わざわざ国境を越えて攻め込んで来た位じゃ。
どんな強者に出会えるのかと期待していたが……アテが外れた様じゃな……」
「いやぁ、あのいきおいでたいちょーにせめられたら、アタシもないてにげだすとおもう……」
彼の名は“カイン エヴァンス”。
ジークハルト家当主直々に指名された、SSFの隊長だ。
その剣の腕もさる事ながら同時に魔法も扱い、特に剣に魔法を纏わせた“魔剣”は凶悪な破壊力を誇り、一振りで何人もの敵兵を吹き飛ばす実力者だ。
しかし、領主に指名されたという事以外、彼の出自は不明。
どこにいて、何をしていたのか。どこから来たのか。その一切が明かされていなかった。
「まだ続けるか?」
「こっ、降参だっ!
わっ、我々は直ちに、てっ、撤退するっ!」
いかに一軍の将とはいえ、やはり命は惜しいらしい。
カインの問いかけに対しブンブンと首を振り、涙目で答えた。
「隊長よ、其奴の首は取らぬのか?」
「あぁ。
この状況なら、生かして情報を持ち帰らせた方が有益だろ」
訝しげに問いかけるグラハムに、カインは視線を敵将から逸らさずに答える。
「ほぅ……」と納得した様子のグラハムに対して、エリルは理解できていない様子だった。
「たいちょーなんでなんで?
たおしたほうが、もうせめてこれなくなるでしょ?」
まだ幼さの残る顔立ちで、耳をヒョコヒョコと動かしながら問いかける様は非常に愛らしいが、カインには効果がない様だ。
「こんなのでも400人を預かる将だ。
それをたった7人に撤退させられたと報告させれば、帝国もジークハルト領には簡単には攻め込めなくなるだろう」
カインの答えに、「なるほど〜」とエリルも納得したらしい。
「ワシらの隊長殿は剣の腕だけでなく、どうやら頭も切れるらしい。
こんな化け物がもし敵軍にまわって居たらと思うと、流石のワシでも肝を冷やすわい……」
「たいちょーがみかたでよかったね!グラハム〜」
「おいグラハム、化け物は流石に失礼だろ。
流石に俺にも人の心くらいあるぞ」
「ガッハッハ、こりゃ失敬!」
ジトっと睨みを効かせるカインを、グラハムは豪胆に笑い飛ばす。
結局敵将は大きく白旗を上げ、全軍を撤退させた事でこの国境紛争は幕を下ろした。