9 どうやら冤罪をかけたかったらしい
登校して教室の空気がいつもと違うのを入った瞬間に気付いた。
好奇と嘲りと嫌悪、そして憐憫。
それらの視線が俺に注がれていたのだ。
まだ登校していない瀬川ではなく、この俺にだ。
瀬川に勉強を教わっていた時とも違う。もっと好奇心から痛くない腹を探られるような目で、だ。
机に座っても、寝ようとしても、背中からそれが刺さってきてムズ痒い。
このままでいるのも気持ちが悪いので、俺は手っ取り早く尋ねてみる。
「なーなー、松村ー、なんで俺こんなに見られてんのー?」
「んー。そりゃお前、お前が瀬川さんを脅して傍に置いているって噂がたってるからさー」
「な、なんだってー!」
松村が特にこの空気に飲まれた様子もなく、至っていつもの調子で答えてくれた。
こういう時にノリの良い友人がいると、ありがたいものである。
だが、驚いているのも本当だ。
俺、瀬川を脅していたのか。知らなかったぜ……!
いや、マジで初耳なんだが。
……え。ウソ。みんな信じちゃってるの?
酷いじゃないか! 学園祭や体育祭で紡いだこのクラスの絆はこんなものだったのかい⁉
まだ一学期だから、このクラスでそんなイベントまだやってないけど!
第一あれだぞ。俺が瀬川を本気で脅したら、今頃バニーガール姿かメイド姿で登校させようとするぞ!
そんで速攻、桜沢か須剛に指導室に連れていかれるぞ!
――と、冷静さを保つために頭の中で一通りふざけてみたが、この状況どうしたものか。
実際にクラスの連中が話を信じているのか、と言われれば違うとは思う。
『前々から怪しいと思ってたんだ。あんなのと瀬川さんが――』
『でも、この前の机の落書き手伝ってたから、その縁で――』
『うん。アレは私も素直にいいヤツって思ったし』
『いや、園部って去年、暴力沙汰起こしてる不良だし――』
うん、周りの反応を見るに半信半疑って感じ。
ただまあ、俺らの関係が気になるってのも本当だろうな。
進級して今日まで、クラスの中では比較的目立たないモブであった俺を庇ったりする義理も判断材料も足りないしね。
とりあえず、遠巻きに俺という人間を観察してみようといった感じが大多数だな。
パンダじゃないんだから、ジロジロ見るなよ。
見物料とるぞ、コノヤロー。
でもまあ、視線が本当に面倒くさいな。いっそ今日はフケるか……。
「園部達彦」
と考えていると、突然後ろから話しかけられた。
振り返ると、そこにいたのはわかりやすいぐらいの整った顔立ちのイケメンである。
よく、教室の中心で話してる奴だな。
流石の俺もこんなイケメンぐらい、名前も覚えている。
「えーと、えーと……」
「塩見だよ、塩見良太!」
返事をしなかったのが面白くなかったのか、不愉快そうに顔を歪めるイケメン君。
すぐに名前でなくて、正直ごめん。
林田君といい、俺ちょっとクラスメイトに興味無さすぎだろ。
今度名簿とか見て、真面目に覚えてみよう。――とりあえず、それでその塩見君が何の用で?
「君が瀬川さんに付きまとっているという噂を聞いた。単刀直入に言おう。彼女から離れるんだ」
うん、意味が分からないよ。
――と、そのまま返したら、まるで勇気を振り絞り挑むかのように体を震わせる。
「君はずっと瀬川さんを脅して自身の傍へと侍らしていたそうだね。悪いがそんな輩を彼女と近付かせるわけにはいかない!」
大仰に言ってるけど、俺がアイツと最近つるんでいたのは周知の事実だったはずだろう。
今さら何を言っているのか。
「塩見君、素敵……」
「頑張ってー!」
何人かの女子はキャアキャア言ってる。
正気か、そこのお前ら。
いや、そもそもお前等見覚えあるぞ。
瀬川の悪評広めてた奴等だろ。そう思うと、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたな。
なんでそんな連中がアレコレ言われなきゃいかんのか。
そして俺がそんな言う事を聞いてやる義理はない。
「話をはぐらかすな。君の傍にいては彼女が不幸になるだけだっ!」
別にはぐらかしてねーよ。
てか、お前さんもあいつが嫌がらせ受けてる時、ちゃんと助けてやれば良かったじゃん。
「それは、その……悲しいすれ違いだ!」
なるほど、噂を真に受けたか、自分も標的になるのが怖かったか。
よくわかった。
少なくとも、お前らの傍にいても不幸になるだろう。
自分が何を言ってるのか自覚してるかは知らんが。
「そうよそうよ」
「住み分けはきちんとするべきだ」
「み、みんな落ち着こうよっ」
最早、塩見の愉快な仲間たちと化した瀬川の元取り巻きも同調する。
中々に個性的なメンバーだな。
魔王どころか中ボスも倒せなさそうだ。最初の洞窟辺りで全滅しそう。
「もういいか? 次の授業の準備しなきゃだし」
「――くっ。涼森さんといい、どうして皆物分かりが悪いんだ。男の趣味悪すぎだろ……」
全く動じている様子を見せない俺に塩見は悔しそうに呻く。
参ったか。こちとら神経が図太いのが自慢なんじゃい。
……というか、本音漏れてるぞー。
ふむ、瀬川狙いかとは思ったが、涼森さんまで狙ってたのか。
「話は聞かせてもらったわ。園部君は無実よ」
そこへガラッと教室の戸を開けて入ってきたのは黒髪シニョンの眼鏡女子、桜沢美也子である。
どっかのネットで見覚えがある登場の仕方だ。
「さ、桜沢さん……!」
「彼には私が瀬川さんと一緒にいるように頼んだの。彼女、最近陰湿な嫌がらせを受けていたようだからね。彼に守ってあげてってね」
話はお終い、と断じるように桜沢は塩見を見る。
彼らは思わず身を竦ませる。
「……でも、だとしても、瀬川さんが嫌がらせを受けていたのは事実だ!」
それでも塩見は食い下がる。
彼的にはこのまま引き返せない所まで来ているのだろう。
「この前の机の落書きだって、お前がやった自作自演に決まってる!」
どうしても俺を悪者にしたいらしい。
さて、どう説明したものか。
「話は聞かせてもらったぜ。園部は何もしてねえ」
再びガラッと戸を開けて教室に入ってきたのはなんと林田君だ。
まさかの天丼である。
流行ってるのだろうか。今度俺もやってみようかな。
「みんな、聞いてくれ! あの時の机の落書き。アレは俺がやった事なんだ!」
突如、懺悔するように林田君は教室中に声を張り上げた。ざわつくクラスメイトたち。
「園部! 反省してるよ……。馬鹿な事をしたと今でも思うし、今さら許してもらおうっていうのもムシの良い話だ。でも、ほんの少しでいいんだ。借りを返させてくれ」
「お、おう……」
いや、誰だよお前。
綺麗になり過ぎだろ。
バトル漫画の改心キャラだってもっと期間開けるし、段階も踏むぞ。
「礼ならそこの桜沢さんや須剛先生に言ってくれ。彼らのおかげで俺はやり直せた」
「え、あ、うん。良かったね」
なんか桜沢が『ヘヘッ成長しやがって』みたいな顔で鼻を人差し指でこすってるのが腹立った。
まあ、助かったのは事実であるし、この二人に感謝してやってもいいが。
お陰様で塩見君は瓦解寸前である。
取り巻きズも離れている。お前ら、本当に変わり身早いな。
「でも、でも、でも――」
それでも彼は諦めない。必死に逆転の糸口を探そうとしているようだ。
「朝っぱらから何してるの?」
そこに普通に教室に入ってきたのは瀬川美沙だ。
流石に前二人のような登場はなかった。
「園部、何の話?」
何が起きているのかわからずにキョトンとした顔で、こっちへ訪ねてくる。
うーむ。できれば、こいつが来る前に片を付けたかったのだけれども。
「瀬川さん、近付いては駄目だ。大丈夫、君は俺が守る!」
「は?」
塩見は俺と瀬川の間に挟まるように、キラーンと白い歯を見せながら微笑みかける。
当の瀬川は怪訝な顔をしている。
「あっそ、興味無いから。――ってちょっと離してよ」
瀬川は彼を押しのけようとするが、塩見は彼女の腕を掴む。
「園部に脅されてたんだろ?」
「……は?」
「安心していい。僕なら君を守れるよ。人には相性がある。君は君に相応しい人間と一緒にいるべきだ。そうだろう?」
「何言ってるのかわからないんだけど」
塩見は調子に乗ってべちゃくちゃ喋る。まるで喋る事で自己弁護の鎧を身に纏うかのように。
それを間近で聞いている瀬川はたまったものではないだろう。
いつもの鉄面皮……どころではない。
表情から感情は完全に消え去り、代わりに眼光だけが鋭くなっていく。
それは彼女の中の怒りが溜まりきって、爆発する直前である事を示していた。
「塩見君、あなたいい加減に――」
耐えかねた桜沢が止めようとしたが遅かった。
いや、塩見の無理矢理引っぺがそうとして腕を伸ばしていた俺も遅かった。
バチンッ。
俺たちよりも先に瀬川の張り手が塩見の頬を思いきり打ったのだ。
「何も知らないくせに、私たちの事を好き放題言わないで……!」
「ひっ……」
頬を打たれた痛みよりも、塩見は瀬川の威圧に気圧とされ腰を抜かす。
「あんたたち、そんなに人を悪者にするのが楽しいの⁉ 後ろ指指すのが楽しいの⁉」
それだけ彼女の表情は見た事無い程に怒りに満ちていた、爆発した怒りは目の前のイケメンだけに留まらない程に。
瀬川美沙は教室の皆を蔑むように睥睨する。
「どいつもこいつも――陰から好き勝手言いやがって――もう知るか! こんなクラス滅びろっ! バーカ!」
今まで溜め込んできたモノを発露させた瀬川美沙はそのまま教室を飛び出していってしまった。