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7 二人っきりの勉強会

「お邪魔します」

「迷ったか?」

「いや全然」


 瀬川美沙は携帯片手に気軽に答える。


 今日は休日。

 というわけで瀬川は俺の家にやって来た。

 いや、というわけでじゃないか。

 いわゆる試験勉強のためだ。


 ちなみに学校でも空き時間にこいつからマンツーマンで教わったりもしていた。

 おかげで良い注目の的である。


「私は痛快だったけどね。あいつらの驚いた顔」

「お前も結構性格悪いな」

「あんたの影響かも」


 失礼な、こんな慈愛と誠実が人の形をしたような好青年に対してなんて物言いだろうか。


 ちなみにこの家に俺以外の人間はいない。

 母は十年ほど前に病気で他界。親父は今日も仕事で遅くなるだろう。


「ふぁ……」


 来て早々に瀬川は眠そうに欠伸をする。

 おいおい。いきなりコレかよ。

 目もトロンとしているし、ちゃんと昨日寝てきたのか?


「ちょっと深夜に面白そうな映画やってたから、つい最後まで見ちゃって」


 いやいや、お前こそもちっと勉強しろよ。

 人にもの教えられる立場かよ。


「自分の分は充分にやってる。あんた程度に教えるぐらいなら大丈夫」


 はあ!?

 舐めやがって、見てろよ。

 人にものを教えるっていうのがどれだけ難しいのか、俺の馬鹿っぷりを見て思い知れ。


「なんで偉そうにしてるの。……とりあえず、まずは数学から始めようか。この前の授業ノート開いて」


 リビングの長机に座って鞄から参考書や問題集を取り出す瀬川。

 見ているだけで眩暈がしそうだが、逆らえるはずもなく、俺は渋々と座り込んだ。


……。


 結論から言って、勉強会はそれなりに捗った。


 瀬川はなんだかんだで責任感からか、至って真面目にそして根気強く教えてくれた。


 最初こそ何をどう教えていいのかわからずに、挙句に俺のあまりの馬鹿っぷりに『こいつマジか⁉』みたいな目で見られたけど、最終的には俺がどこを理解してないか、どこを教えればいいのか、向こうがコツを掴んでくれたので、午後はかなり順調に進んだ。


「日本史は……いいか。あんた比較的得意みたいだし」


 うん。

 戦国武将とか新選組とか俺だーい好き。

 日本刀や侍に心震えない男子なんているだろうか。

 いや、まあ、いる所にはいるね。


「終了。疲れた。お腹減った――」


 一通り教えられる事を教えた瀬川は糸が切れた人形のようにグッタリと机に突っ伏した。

 まあ、それでも大分メンタルも体力も消耗したようだがな。


 そもそも基礎がなってない部分は、わざわざ一年生の教科書まで引っ張り出して英単語や数式は一から教え直してたからな。

 律儀というか面倒見がいいというか。


 さすがに罪悪感と感謝の気持ちが沸いてきた。

 ……苦労かけてすまんね。


「謝罪よりもゴハン……」


 グロッキー状態で喘ぐ瀬川。

 そういや昼飯は安易にカップ麺で済ませたんだよな。

 夕飯も同じはまずいか。

 うん。俺も嫌だ。コンビニ弁当でも買ってくるとしよう。


「ふざけんな。そんなのばかりじゃ栄養が偏るっつうの。台所借りていい?」

「え。おう」


 俺の承諾を貰うと、瀬川は最後の力を振り絞るかのようにぐぐっと体を起こして、台所の方へ歩いていく。

 無理すんなって。


「冷蔵庫の中、少し使わせてもらうから……」


 好きに使ってくれて構わない。

 せっかく料理してくれるし、これ以上の贅沢なんて言えるわけない。

 しかし、ロクなものが残ってなかった気がするけど大丈夫だろうか。


「充分だよ」


 瀬川はそう言い残し、キッチンの奥へ引っ込む。

 俺も何か手伝った方が――いや、やめておこう。絶対に足引っ張る。

 そうして一時間ちょっと満たないぐらい経過した。


「こんな簡単な物しかできなかったけど」


「いやいや、ありがたいわ」


 少し恥ずかしそうに瀬川が持ってきたのはサラダとチャーハンに素うどん。

 昨日の残り物の野菜と米とうどん麺。

 冷蔵庫の余り物で、よくぞここまで作れたものだ。


 見てるだけで腹が鳴る。

 瀬川も共鳴するかのように鳴らしていた。


「「いただきます」」


 それを合言葉に二人で黙々と食べ始める。

 うん。美味い。

 弁当の時から思ったがこいつもしかして料理上手いのか?


「今更? っていうか、これぐらい普通でしょ」


 いや、人によるだろう。

 鹿山とか『包丁なんて重くて危ないもの、可憐なワタクシには無理ですことよー』なんてほざいていやがったし。いや、アレを基準にしては全国の女子や料理する人に失礼だな。


「しかし、こうして一緒にメシを食ってると本格的に――いや、何でもない」

「は? 気になるんだけど」


 恋人や夫婦と言いかけて口を噤んだ。

 いかんいかん。

 こんなの本人の前で言ったら、どんな目にあわされるか。


「ああ、そうだ。ついでに掃除もしておいていい? あんたの部屋散らかってて気になるし」


 ……いや、いいよ!

 奥さんとか通り越してなんか母親みたいになってんじゃん!

 流石にクラスメイト女子に母性なんて求めてな――。


 待て待て。

 ……あの、なんでナチュラルに俺の部屋の内情を知ってるの?

 なんでいつの間に掃除機持ってるの?

 なんでいつぞやの時のような悪い笑みを浮かべているの?


「別にトイレ借りに行った途中で見つけて、こっそり忍び込んだとかじゃないよ? エロ本を探そうとか考えてないよ?」


 ヤ、ヤメロオオオオオオオオ!

 こうして、すったもんだの取っ組み合いを始めるも、瀬川は体力の限界が来たのか「眠い……」と居間のソファーにそのまま寝入ってしまった。


 ようやく静かになった彼女を見て、俺は一息つく。


 ――ったく無防備だな。


「俺だって男なんだぞ……」


 眠りこけた顔を覗き込む。

 顔だけは可愛いんだからずるいもんだ。


 仕方ない今日の所はこのまま眠らせて――


「……あれ?」


 え。嘘。ちょっと待って。

 もう夕方っていうか陽が沈みかけてるんだけど。

 そういや来た時、深夜まで映画見てたって言ってたよな。

 まさかこのまま本気寝する気!?

 泊りになるとか聞いてない!


「すぴー」


 完全に熟睡モードに入っている瀬川。

 まずい。男女二人でこのまま一つ屋根の下はまずい!

 帰ってきた親父に見られたら終わりだ。


「おい、起きろ、起きてくれ!」

「むにゃ、もう食べられない……」

「ベタな寝言言ってんじゃねー!」


……。


「とりあえず、まあこんな所か」

「もう少し褒めてくれてもいいんだぞ?」


 共に廊下を歩きながら、俺のテスト結果を聞いた瀬川はそう評した。


 あの勉強会はどれなりに効果があったみたいで、俺はなんとか赤点回避できた。

 そう、つまり補習も回避できたのだ。


「とにかく俺はやり遂げた。やった……やったあああああああああ!」

「キモい」


 出来る限りクールな言動を保とうとしたが、俺の心から溢れる歓喜と達成感を押さえることはできなかった。

 なんだかんだ言って、これも隣にいるコイツのおかげなんだよな。

 少しばかりお礼の一つ言ってやっても……。


「あ、私の順位前より上がってる。まあ今回特に簡単だったし当然か」

「クソがっ!」


 張り出された成績上位者のリストからあっさり自分の名前を見つける瀬川。


 余裕で今回も五十位以内であったようでなにより、……なんでこの子はそういう感謝したい気持ちを削ぐようなことを平気で言うのん?


 ん、なんか他にも覚えのある名前があるぞ?

 ……林田新平。

 ……林田、林田……ん?


「よく頑張ったな。この一か月のお前の努力が遂に実を結んだんだ! 俺は改心して勉学に励むお前の姿をずっと見ていたぞ」

「先生……。俺、俺……!」


 すると、向こうの方で坊主頭(少し毛が生えてきた)の林田君が、強面の巨漢――生活指導の須剛教諭と涙ながらに抱き合っていた。

 学園ドラマのワンシーンを切り取ったような光景に、周りの生徒もあてられて思わず涙ぐんだり拍手している。


 なんか、隣の瀬川までちょっとグスッとしてるんだけど。

 いやいや、アイツお前の机に酷い落書きした奴だよ?


 ――マジかよ。なんだ、この敗北感!


 とりあえず、次のテストはもっと頑張ろうと思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 秀逸な落ち……林田ぁ〜。 良かったなぁ。(笑)
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