5 幼馴染の話
「えっと……園部君っている?」
ある日の休み時間、幼馴染の大久保君が俺に会いに教室へ訪ねてきた。瀬川ではなく俺にだ。
隣には、なんとあの涼森香澄もいた。
今度は俺が糾弾されるのか、それとも瀬川宛の果たし状でも渡されるのか。
やだなー。女相手に詰られたり、口喧嘩とか勝てる気しない。
思わず身構える俺。
「あの時は本当にごめんなさいっ」
だが意外にも飛んできたのは、涼森さんからの謝罪の一言だった。
頭を下げて謝意を示す彼女に続いて、大久保君も頭を下げてくる。
「噂を鵜吞みにした挙句、勘違いして散々酷い事を言ってしまいました」
「僕もごめん。本当は詳しい経緯を彼女にも話しておくべきだったんだ。変な噂が広まってるとは知ってたけど、あそこまで酷いとは思わなかった」
いや、俺に謝られても困る。
瀬川本人に直接言えよ。
「そうだね。……でも、言おうとしても、すんでの所でいつも逃げられるんだ」
そういや今日も休み時間になるや否や、いつの間にか姿を消したな。
いや、いつもの屋上に行ったんだろうけど、なるほどこの二人から逃げるというのもあったのか。
あんな性格だし、再び顔を合わせるのはバツが悪いのだろう。
「それに君にも迷惑をかけたしね。折角のデートをぶち壊すような真似をしてごめん」
……は?
いや、ちょっと待て。
俺たちは別に恋人同士ってわけじゃあ……言いかけて先日の自分たちを思い出す。
そういや冗談半分とはいえデートという名目で歩き回っていた気がする。
うん。傍から見ても、そういう関係としか見えないよな。
むしろ、なぜ今さら狼狽えるのだ俺。
「美沙ちゃんに君みたいな人がいて良かったよ。昔から誤解されやすい子だったからさ」
いや、むしろ俺って君の視点だと見ようによっては好きだった相手を奪った寝取り野郎だと思うんだけど、よくそんなフランクに話せるよね。
こっちの疑問に応えるかのように大久保君は語る。
「いや、君はそんな人間じゃないでしょ。この前だって僕を助けてくれたし」
助けてくれたって、あれ、俺とお前さんって他所で会ってたっけ?
「いや、前に不良に絡まれてる所を助けてくれたじゃないか」
……?
……あー!
あの時、五人組の不良にカツアゲされてた奴じゃん!
「え。本当に覚えてなかったの?」
ちょっとショックを受けたような顔をしている。
正直ずっと忘れてたよ。ごめんね。
「いや。こっちこそあの時は怖くなって、そのまま逃げてごめん。まさか入院までしてたなんて――」
いや、アレに関しては俺が勝手に暴走してただけだし。
むしろそっちが喧嘩に巻き込まれて怪我とかせずに良かったわ。
「――えっと話を戻すね。僕も薄々気付いてたんだ。美沙ちゃんが僕の事をそういう風には見てないって、だからほとんど区切りをつけたかったという方が大きいかな」
玉砕込みで突っ込んでいったわけか。
モヤモヤ抱えたまま、一緒に居続けるのも辛いだろうし、気持ちはわかるわ。
次いで涼森さんが説明を続ける。
「私はその、以前から……大久保君の事が好きで……ずっと何度も想いを告げてたんです」
一方でこっちは玉砕してもあきらめずにアタックしてたと。
随分と情熱的な事で。
「大久保君が瀬川さんの事が好きなのは知ってました。それでもあきらめきれなくて。だから彼女に告白して、フラれたら私と付き合ってくださいって半ば強引に約束させてしまって――」
なるほど、それでそのままフラれて涼森さんと付き合い始めて今に至るってわけか。
どっちに転んでも美少女とお付き合いで来た、と聞いてる分には羨ましい話である。
「そこで終わっていれば良かったんだけどね。まさかこんな噂が広まってたなんて……」
大久保君は悔いるように唇を噛む。
「元々、前から美沙ちゃんの取り巻きたちに、僕と美沙ちゃんは釣り合っていないから近付くなって、釘を刺されていたんだ。最初は僕が美沙ちゃんに告白してフラれたって彼らに言いふらされた時は嫌になって耳を塞いでたんだけど――」
そういや松村や鹿山が似たような話をしてたな。
そうか。
瀬川の元友達……というか取り巻きが噂をバラ撒いてたのか。
「まさか噂がこんな酷い形にまでなってるなんて……」
本当にこの大久保君は瀬川が叩かれている事を知らなかったようだ。
どうせ全部自分への誹謗中傷だと思って、できる限り聞こえないようにしていたんだろう。
「僕が涼森さんと付き合い始めたら、態度を一転させてしきりに友達みたいに話しかけ始めてきてたからね。一方で美沙ちゃんの方は悪し様に好き放題言ってきて――」
話しているだけで腹が立ってきたのか。今までの温和そうな顔に苛立ちの色が混じり、涼森さんも不快そうに顔をしかめる。
……しかし待て。この二人の話が正しいとすると。
あの取り巻き連中は散々この大久保君を中傷しておいて、彼が涼森さんと付き合い始めた途端に手の平を反して、今度は瀬川に陰口を叩き始めたのか。
おそらくは付き合いが悪く愛想もない瀬川よりも、学園でもトップ美少女で物腰柔らかく人付き合いも良い涼森さん……と繋がりのある大久保君の方が取り込みやすいと考えたのかもしれない。
あんまりにもあんまりな自分の教室の上位カーストとやらの実態を通り越した本性を知って、流石の俺もドン引く。
目の前のこの二人は同じクラスではなく他のクラスの人間だろうに。
それだけ手を広げて、学校内で派閥でも作りたいのか?
「本当は僕が美沙ちゃんとの事を涼森さんにしっかり話してれば良かったんだ。でも話せなかった」
そりゃ自分がフラれた詳しい経緯なんて今カノには言いずらいし、話題にしにくいよな。
「そのせいで、涼森さんにも変な誤解を与えてしまった。本当にごめんね」
「大久保君のせいじゃありません。私がロクに噂の真偽も確かめずに暴走したから――」
改めて隣の涼森さんへ謝意を示す大久保君。
だが、当の彼女は首を横に振り、逆に謝り返す。
ひたすら不毛な責任の押し付け合いならぬ奪い合いを始める二人。
似た者同士だな、この二人。
「とりあえず、本人に謝りたいなら謝ってこいよ。場所ならセッティングしてやるからさ」
見た所、この二人にもう瀬川への悪意や敵意はなさそうだ。
これぐらい後押ししてやっても別にいいよな。




