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3 嫌な再会

「やっほー。待ってたわ。あなたの友達に尋ねたら、まだ学校にいるはずって聞いたんだけど。まったく帰宅部のくせに今まで何やってたの?」

「うげっ」


 桜沢からの取り調べをようやく終えた俺は今度こそ家路につこうとしたら、が校門の前で瀬川が待ち構えていた。

 美少女が自分の事をずっと待っていてくれたとか、夢のようなシチュであるが、俺は既に嫌な予感しかしない。

 そんな俺の心情を察したのか、瀬川の方もムッとしている。


「ちょっと何よその顔。少し顔貸してって言ってるの……ってなんで身構えてるのよ」


 そら身構えるわ。

 そっちは知らないだろうが、こっちはさっきも変なのに絡まれたばかりなんだぞ。


「? とにかく私とデートしなさいって言ってるのよ。つべこべ言わずに付き合いなさい」


 だから、周囲が余計に誤解を招くような言葉を投下しないでいただきたい。


……。


 時間は少しだけ遡る。


 生徒指導室。

 桜沢からの事情聴取を終えた俺たちはゲッソリと項垂れていた。


 犯人である林田君に至っては桜崎からの罵倒交じりの説教に滂沱の涙を流して放心していた。

 そら、説教の合間に染髪を始めとした恰好や普段の不真面目な言動をズバズバと指摘及び論破され続ければ、心も折れるだろうさ。


 ちなみに、彼が彼女の机に落書きした理由は、幼馴染君とやらの前に彼も告白をしており、同じく普通に断られたのが原因である。

 その後、瀬川の噂を聞いて、彼女の評判が下がれば自分がカースト上位のグループに入れ替わりで入れると思ったらしい。


 ――いや、どんな理屈だよ。


 なんにせよ、今の彼は充分に報いを受けたと言える。

 後日、彼があの状態から無事に立ち直れたら、もう少しだけ優しくしてやろう。


 名前とか忘れちゃってたり、喧嘩したりもしたけれど、今の俺たちなら友達になれる気がするんだ!


「園部君、私の話を聞いてる?」

「あっはい」


 現実逃避していた俺に剣呑な声で問うてくる桜沢さん。

 いかん。

 このままでは俺は第二の林田君になってしまう。


「とりあえず彼に関しては生活指導の須剛先生に任せます。彼なら穏便に済ませてくれるはずだし」


 あの人かぁ。

 いい先生なんだけど厳しくて熱苦しいんだよなぁ……。


「あなたの方はまあ正当防衛という事で見逃してあげる。実際彼が一方的に仕掛けてきたのを、あしらっただけでしょうしね。でも、この件でももう少し話があるの」

「は? もう終わりだろ?」


 犯人は俺のすぐ隣でぶっ壊れてるんだから、追い討ちとかもうやめたげてよぉ!


「終わってないわよ」


 そう言いながら、桜沢は悔しそうに顔を歪める。


「あなたは知ってるの? 瀬川さんがもっと大分前に嫌がらせを受けてたって」

「は?」


 ……ちょっと待て、そんなの初耳だぞ。

 今日のあの落書きだけじゃないってのか?


「そうよ。今日ほど酷くはないけれど、以前から私物を隠されたり、下駄箱に誹謗中傷を書き連ねた手紙を入れられたりしてたりしてたわ」


 マジかよ。

 確かに彼女はひどく不器用だ。

 だからこそ敵を作りやすいというのもあるのだろうが。


「つうか、なんでお前がそこまで知ってんだよ」

「登校時に見ちゃったのよ」


 無論、そのまま見ない振りをする彼女ではない。

 その場で先生や生徒会に相談しよう。自分も力になる、と言ったらしいが、瀬川はそれを拒否した。


「“この程度なんてことはない”ですって、でも強がってるのはわかったわ。彼女の手震えてたもの」


 それを聞いて、思い出すのは今朝の瀬川の震える肩だった。


「彼女は本当はとても優しくて繊細なの」

「わかってるよ」


「だから私が嫌がらせの犯人を捜している間に、彼女……瀬川美沙さんを守ってほしいのよ」


 ……はい?

 ゴメン。いきなり話題が飛んだ気がする。

 説明されても、全然ついていけないんだけど。


「さっきも改めて聞いたけど、彼女と一緒に机を拭いてくれたんでしょ。現状あなたが一番信用できるのよ」


 ナチュラルに俺を巻き込まないでくれないかな?


「私はあなたなら彼女の心を開かせられると信じているわ!」

「俺を過大評価し過ぎな気がする!」


……。


「――ねぇ聞いてる?」


 そこら辺まで記憶を遡っていた所で、瀬川に顔を覗かれていた。

 至近距離で綺麗な顔が近付いていたため、思わずドキッとしてしまう。


「上の空とかいい度胸ね」


 現在俺たちはゲーセンにいる。

 ゲーセンデートという奴だ。


 桜沢にも言われたし、今日の所はと俺が誘ったのだ。


 お互い暇だろうし。

 まあ、彼女が本当に乗ってきたのは意外だった。


 ちなみに瀬川は太鼓を叩くリズムゲームに興じていた。

 最初はこんなののどこが楽しいんだっていう顔をしていたが、今では夢中でドンドコドンドコしている。

 ようこそ太鼓の世界へ。


 実にいい汗をかいていらっしゃるな。

 さすがにはしたないと感じたのか瀬川は慌てて俺から距離を取る。


「む。私の汗舐めたいとか思ってない? マジキモい」


 思っとらんわ!

 突っ込みつつ、俺はさっき自販機で買ったアイスバーを差し入れてやる。


「ああ……私はいいよ」

「ありゃソーダ味はやらないぞ?」


 それとも俺が触ったアイスなんて食べたくないって?

 男子高校生のナイーブなハートが傷ついちゃうぜ。


 しかし、少し机磨きを手伝って早々こんなドキドキイベントに遭遇するとは思わなかった。

 この子、チョロくない?


「違うってば。私って人に借りを作るの好きじゃないの。作っちゃったら速攻返すようにしてるわけ」


 なるほど、このデート擬きもその一環という訳か。


「そうよ。こうして付き合ってあげてるんだから感謝しなさい」

「一応聞いとくけど、どうしてこうして一緒にデートすることが借りを返すのに繋がるんだ?」

「だって私美少女でしょ?」


 キョトンと何でそんなおかしな事を聞くのだという顔で問い返してきた。

 自分で言っちゃったよ、この子。


「いちいち貸し借りなんて考えててもキリがないだろ」

「だから人付き合いも控えてるの」


 およ。

 いつもクラスで囲まれてた気がしたけど。


「アイツらは気付いたらいただけよ」


 言われちゃってるよ。

 カースト上位と呼ばれていた連中の実態を知ってちょっと戦慄する俺。


「それはさておきこのアイス食べてくれよ」

「人の話聞いてた?」


 違うよ。ソーダじゃなくていいから抹茶食べてよ。俺苦手なんだよ。


「じゃあなんで買ったのよ」

「抹茶好きそうな顔をしてるから」

「どんな理屈よ。……まぁ好きだけどさ」


 俺の人間観察力も、中々のもんだ。

 一方で見透かされたようで悔しいのか、渋々と食べ始める瀬川。

 それでも好物なのか、ちょっと嬉しそうだ。


「それじゃあ私はこれで。言っておくけどこれで貸し借りなしだからね?」


 そうして食うだけ食って、彼女は俺から逃げるようにそそくさと帰ろうとする。


「あ……」


 そこで瀬川は固まった。


 理由は彼女のすぐ目の前にいる少年。

 地味ながらも、目鼻立ちは整っており、いかにも優しそうな雰囲気を持った奴だ。

 そんな彼に対して、瀬川はいつもの鉄面皮が剥がれ落ちて、動揺の色をアリアリと見せていた。


「浩二……」

「……美沙ちゃん?」


 彼こそが瀬川美沙の幼馴染にしてこの前フったという大久保浩二その人であった。


「や、やあ……」

「うん」


当然だけどすごく気まずい。

かたや振った幼馴染の女の子、かたや振られてすぐに彼女を作った少年。

 どっちも非はないから余計につらい。


 だからこそ、一番の問題は大久保君の隣にいる三人目だろう。

 色素の薄い黒髪にカチューシャをつけたいかにも清楚なお嬢様といった美少女。

 涼森香澄。

 噂が正しければ今は彼女が大久保浩二の恋人だが、こうして二人一緒にいるのを見るに、どうやら本当のようだ。


 だが、当の彼女は警戒するように瀬川を睨んでいる。

 猛烈に嫌な予感がするぞ。


「……楽しそうで良かったよ」


 固まっていた瀬川はなんとか絞り出すように言った。


「嫌味のつもりですか?」


 それを涼森さんは刺々しく返した。


「あなたの事は聞きました。あれだけ酷い振り方をした癖に、いざ自分がフラれると、あっさり態度を変えてすり寄るなんて!」

「涼森さん!?」


 思わぬ糾弾に隣の大久保君も驚く。


 ああ、噂では彼女がその場で追い返したっていう風に聞いたけど、そういう形で彼女には伝わってるわけね。


「何を言ってるんだ、涼森さん。そもそも僕らは――」


 大久保君が慌てて静止するが、熱くなった彼女は耳を貸さず加速する。


「あまつさえ大久保君を家までストーキングするなんて恥という言葉を知らないんですか?」

「……あっ……」


 あれ、本格的に聞いてた話と食い違ってきたぞ。

 瀬川も否定すればいいのにアワアワとした後に結局口を噤んでしまっている。

 あれは図星とかじゃななくて、どう説明すればいいのかわからないという感じだ。

 実際目の前の彼をフってしまったという罪悪感もあるのだろう。


 コミュ障か。


 とはいえ、このまま放置は泥沼だ。……仕方ない。


「そもそもあなたは――」

「おぉーい瀬川さん!」


 大きく声を張り上げて介入する俺。

 二人とも驚いてる。驚いてる。


「待たせたな! 早く行こうぜー!」


 俺は無理矢理にでも瀬川の手を引いてその場を離れる。


 流れを断たれた涼森さんはポカンとしており、なんか大久保君の方も驚いていた。……はずが、最後にはどこか納得したような顔でこっちをまじまじと見ていた。


「また借りができちゃったね」


 ボソリと呟く瀬川ちゃん、そこは素直に礼を言ってくれよ。


「情けないね、私。彼の事を男としては見てないって言ってたけど、彼が涼森さんと付き合い始めたって聞いた時、ちょっと焦ったんだ。……ホント醜い」

「別にそれぐらい当たり前だろ」


 自分の心なんて自分自身でもわからないもんだ。親しい人間が別の親しい奴を作って複雑に思う気持ちがある。

 好きだってライクやラブと千差万別。

 当たり前の感情だ。

 それが醜いというなら全ての人間みんな醜い。


「本当さ。勘弁してよ。どんどん借りができちゃうじゃん」


 困ったように笑う瀬川。

 一日でこいつのこんなレアな表情が見れるなんて、意外と今日は良い日かもしれない。


「それじゃあさ。明日、昼食一緒に食おうぜ。もちろんお前のオゴリでな」

「はいはい」


 こうなれば俺も覚悟を決めた。

 とことん付き合ってやろうじゃないか。

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