20 桜沢美也子
桜沢美也子は弱い女だ。
今でも自分をそう思っている。
一年の頃、クラスでイジメがあった。
クラスメイトの半数以上が参加しており、担任も見て見ぬ振りをしていた悪質なものだ。
私はそれを止めようと必死で動いた。
誠意をもって示せばきっとわかってもらえる。
担任教師に何度もかけ合った。イジメを行っている彼らへ何度も呼びかけた。
自分が標的にされるのも覚悟の上だと。
担任教師から直々にあきらめろと言われ、周りからは嘲笑される。
それでも、と私は行動し続けた。
イジめられている子の元へ赴いて何度も励ました。
その子のためにも頑張ろうと思った。……愚かだった。
結果としてイジメはさらに激しくなった。
いじめられていた当人からお前のせいでもっと酷くなったと糾弾された。
私は何も言い返せずに立ち尽くすしかできなかった。
何もできない。事態を悪化させただけ。
この時の私は人間の善意というものを妄信していた。
自分の無力を思い知らされ、打ちひしがれる日々。
だけどイジメはある日あっさりと止まった。
一人の男子生徒の突発的で衝動に近い暴力によって。
暴力では解決しないと思っていた。
――実際決して褒められた方法ではなかったが、それでも止まったのだ。あまりにも呆気なく。
クラスの皆を信用できずに全員敵だと思っていた。
――勇気がないだけで決して同調しているわけではない人たちもいたはずなのに。
私はそれに気付かなかった。
自分だけが正しいのだと、自分だけがこの問題を解決できると心のどこかで驕っていた。
「あはは……」
失笑が漏れる。
彼は私ができなかった事をやってくれた。
それに対して嫉妬を覚えている自分に嫌悪を覚えた。
そして、その代わり、彼は教室のほとんどの人間から腫物のように扱われた。
私には彼を直視する事で自分たちの罪から逃れようとしているように思えた。
だからこそ、私は彼を……園部達彦を守ろうと決めた。
だって、それしかなかったから。
私にできるのは全てが終わった後で、その代償を支払うことになった彼を守ることだけだった。
生徒会や風紀委員に働きかけて動いてもらった。
当てにならない担任は無視して、学年主任や養護教諭など、話を聞いてくれる大人を探して協力と説得を申し出た。
『私があなたを更生させてあげる』
そう言って、進級した後も私は彼の周りを付き纏い続けた。
何という自己欺瞞だろうか。自分でも笑えてくる。
だとしても、それが私が私である事を維持するために必要な事だったのだ。
……そうだ。結局は私は偽善者だ。
そんなある日、クラスの瀬川美沙が周囲からの誹謗中傷に悩まされていた。
私は彼女を救おうと行動する一方で、彼女の心自体は園部達彦に任せた。……いや、押し付けた。
人の心を守れる自信がなかったのだ。
また、あの時のようにより悪い結果が出てしまうのでは思ったから。
それに彼にはもっと沢山の人間がいるべきだと思った。
彼を瀬川美沙に近付けたのもそんな理由だ。
無論、瀬川さんを助けたいという思いもあったが。
結果として彼らは私が思っていた以上に近付いていった。
良かった、と安堵する一方で、心のどこかで靄のようなものが生まれる。
しばらくして園部君が瀬川さんに惹かれ付き合い始めたと気付いた時にようやく理解した。
彼らを見ていると、より胸が苦しくなった。
……自分でも驚いた。
我ながらなんと間抜けだろう。
私が園部達彦のことを好きだと今更気付くなんて。
……。
塾の夏期講習を終えて、家までの帰路の途中、ふと携帯が鳴る。
私は無言でそれを開く。
『こんにちは桜沢先輩!』
聞き覚えのある声、一年の鹿山真央さんだ。
はっきり言って、私はこの子が苦手だ。
いや、根はギリギリ良い子だとは思うが、それを含めてもウマが合わない。
おそらくはあちらも思っているはずだ。
「何の用かしら?」
『刺々しいなー。折角みんなで一緒に市民プールに遊びに行かないかってお誘いしにきましたのに』
「は?」
思わず聞き返す。
それをなぜ彼女が私に言ってくるのか、意味が分からない。
『……それで本当の目的は?』
『あれ? 私思っていたよりも信用がない? ……いやあ、いい加減そちらも色々と限界かなと思いましてねー』
こちらを見透かしたような腹が立つ物言いだ。
鹿山さんはゆっくりと付け加えた。
『手遅れだとしても……どうせ負けるなら、お互い派手に玉砕したくありません?』
私は何も答えられなかった。
おどけたような口調だが、向こうの彼女は今どんな顔をしているのだろうか。




