2 せーとーぼーえい
「園部ぇ。ちょっと顔を貸せよ」
その日の下校時間。
見たいドラマの再放送があるから、さっさと下校しようとした所、急に後ろから呼び止められた。
呼んだのは耳にピアス、髪も赤髪に染めた派手格好をした奴だ。
クラスメイトだったはずだけど、知ってるはずの名前を思い出せない。
確か新学期当初では金髪で、俺が入院する前は青髪。
無論、先生に普通に叱られてたけど、ヘラヘラ笑いながら、ガン無視してたりもしたな。
まだ十代ながらも、そんなに髪の色を変えて毛根とか大丈夫なのだろうか?
あと、これだけ目立つ言動をしてる奴なのに、なぜか名前だけは頭から出す事ができないのはなぜだろう。
コイツ自身がよっぽど印象が薄いのか。単に俺自身の記憶力が悪いだけか。
とりあえず、赤髪君ごめんな。
ひとまず、言われるがままついっていってやると、辿り着いたのは校舎裏だった。
ベタである。
「お前さ。陰キャのくせに何チョーシくれちゃっているワケ?」
そこで赤髪君は振り返って、思いきりこちらを睨んできた。
調子?
調子なんて乗った覚えはないが。
「惚けてんじゃねえよ。陰キャの分際で昼間のアレ何を邪魔しちゃってんだよ!」
昼間のアレって、瀬川の机の落書きの事か?
「せっかく皆で楽しそうにウケてたのによ。空気読めよ。陰キャは空気も読めねぇのかよ!」
俺陰キャだったのか、初めて知ったよ。
これでもパリピ目指して頑張ってるグッドボーイなのにね。
冗談はさておき、アレを皆がウケていたとこの男は抜かすか。
動くことこそできなかったものの、瀬川を嫌って陰口叩いてた一部を除いて、ほとんどの連中は戸惑いとかの方が強かった気がするが。
というか、さっきからその言動は。自分から犯行を表明しているっていう事でいいのか?
すごいな。
推理もまだロクにしてないどころか、探偵も警察もまだ登場してないのに、犯人が自分から名乗り出てきたぞ。
別に罪悪感から自首しに来たってわけでもないのに、誇らしそうに犯行宣言とかどうなってんだ。
……とりあえず一緒についていってやるから瀬川に謝れよ。
「うるせえな! 陰キャがカースト上位の俺に口答えしてんじゃねえよ!」
とりつくしまもない。……あと、さっきから陰キャ陰キャうるさい。
そもそも確かお前上位でもなんでもなかっただろ。俺の記憶が正しければ、その上位連中とやらに話しかけようとして、結局上手く入ってこれずに周りをグルグル回ってただけのような気がするぞ。
自分からカースト云々言ってる事といい、さてはコンプレックスだなー?
――と、茶化すように伝えたのがあかんかったらしい。
赤髪クンは顔の方もみるみる真っ赤にていく。
ただでさえ沸点が低い上に、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「うっ、うっ……、うるせぇぇえええぁあああああ!」
叫ぶというか、喚きながら赤髪君は殴りかかってきた。
と言っても然程怖くはない。
子供のようにグルグル振り回してくるそいつの両腕を俺は適当に避けて、カウンターで顔面にドストレートを喰らわせる。
「ぎゃびぃ!」
殴ったというより、向こうから突っ込んでくる顔面に合わせて拳を留めておいた感じなのだが、それは綺麗に入り、一方でまともに喰らった赤髪君は奇怪な鳴き声をあげてひっくり返る。
とりあえず初撃は当てたが、そのまま立ち上がってくるであろう彼に備えて構えを取るものの、赤髪君はそのまま痛い痛いと騒ぎながら、のたうち回ってばかりだ。
あれ?
本当にもうお終いか?
うーん。これではこの前の不良連中のほうがはるかに強いし、怖かったな。
あの時はマジで殺されるかと思ったもん。
「て、てめぇ。暴力なんて許されると思ってんのかぁ!」
赤髪クンは鼻を押さえながら体を起こすと、こちらを威嚇するように怒鳴る。
いや、お前さっきの自分の行動を思い返せよ。
最初に仕掛けてきたのはお前だろうが。
今さら、涙目で何言ってんだっつうの。
「先生に言いつけてやる!」
小学生かい。
というかアレか。クラスメイトの女子の机に酷い落書きをしたら消されちゃったので、ソイツをボコボコにしてやろうとしたら返り討ちに遭いましたって素直に泣きつく気か。
お前、特に先生にコネがあるわけでも、家がお偉いさんの御曹司とかでもないだろ。
その神経が逆にすごいわ。
……なんだか思い返すと、今頃イライラしてきたな。
丁度いい。こいつのせいで俺は今日の貴重な休み時間の大半を机磨きに失われた。
その分、鬱憤を晴らしても文句は無かろう。
「ひっ。な、なんだよ。暴力反対!」
色々と察したのか顔を引き攣らせて押し黙る赤髪君に俺は指を鳴らしながら近付く。
「園部君、そこまでよ。林田君から離れなさい」
そこへ一人の女子生徒が現れる。
長い黒髪を丁寧に編み込んで後ろにまとめ、整った顔立ちの鼻の上に眼鏡を乗せた美少女だ。
だが、瀬川たちと違い、その鋭い眼光は寄ってくる男らを委縮させられるぐらい鋭い。
「桜沢美也子」
面倒な女に捕まってしまい、思わず名前を呟く。
我がクラスの委員長にして風紀委員。
スクールカーストとか関係ない。真面目一徹な正義の女傑様だ。
机の落書きの時は先生からの呼び出しでずっと生徒会の手伝いをしていたらしいが、あの時彼女がクラスにいたら、きっと俺の代わりに瀬川の机を拭くのを手伝っていただろう。
そんな思わぬ介入者へ赤髪君は救いの手とばかりに泣きつく。
「い、委員長! 助けてくれぇ。こいつが俺にいきなり乱暴してきたんだ!」
うわ。
この赤髪君、いけしゃあしゃあと何言ってくれちゃってんだ。
委員長は黙って誇張された彼の話をゆっくりと聞いて、何度も頷いた後、こちらを見る。
「園部君、暴力で解決しようという悪癖はまだ直っていないみたいね?」
彼女とも俺は以前から面識があり、しかも仲はあまり良くない。
いや、俺が一方的に苦手意識を持ってるだけなんだけどさ。
だって、以前から『私があなたを更生させてあげるわ』とか抜かして一方的に絡んでくるんだよなぁ。
こんな品行方正な男子生徒を捕まえて酷い話もあったもんだ。
一方で赤髪……林田だっけか。
よしっ、覚えたぞ。
林田は、桜沢の後ろの方に隠れながらこっちに向かって、むかつくぐらい勝ち誇った笑みを浮かべてやがった。
残念だけど、お前も別に窮地を逃れられたわけじゃないと思うぞ。
「でも丁度良いわ、林田君。私もあなたを探していたの」
「はぇっ?」
横目で後ろの林田を見ながら、ニコリと笑う桜沢さん。
でも、その目は全然笑っていない。
……ほら、言わんこっちゃない。
不正は勿論、色眼鏡や贔屓といったものも嫌う彼女はこういった揉め事は喧嘩両成敗と言わんばかりに平等に扱い裁く。
独善と言ってしまえばそれまでだが。
「今朝方のあの瀬川さんの落書きの話なんだけど。あなたが教室の前を出入りしていたという部活の朝練をしていた生徒から証言があったわ。ちょっと指導室まで来てくれる?」
「え? ……で、でも……俺は上位カースト……」
いや、んなもんが通じるかよ。
どんだけスクールカースト神聖視してんだよ。そもそもお前上位でもなんでもないだろ。
「来てくれるわね?」
「ふぁ、ふぁい……」
反抗の意思を許さない有無を言わせぬ彼女の一言に、先生の説教すら無視していた自称上位カースト陽キャこと林田君は蛇に睨まれた蛙のように竦み上がっている。
気持ちはわかる。
俺もあの目で睨まれたら逆らえなくなるだろう。というか逆らえた試しがない。
なんにせよ、これにて一件落着だよな。
良かった。良かった。
桜沢さんに大人しく連行される林田君の後ろ姿を眺めながら、俺ももう帰宅しようとその場を去ろうとする。
……彼女に気付かれないように忍び足で。
「あ、園部君、あなたにも詳しく話を聞かせてもらいますから、一緒に来てちょうだい」
わぁーい。逃げられなかったでござるぅ。
桜沢さんに眼鏡追加しました。