18 だらだらと続く
「どうやら俺は瀬川が好きみたいだ」
「は?」
いつもの屋上ではなく俺の家、某携帯獣的なのの通信している最中での俺の一言。
言われた鹿山麻央は一瞬何を言われたかわからなかったものの、俺の言葉の意味を理解し始めると、一転してその目はアホを見る目へと変わり始めた。
「ブッププッーーアハハハハハ! 今さらぁ?」
――そして足をばたつかせながら爆笑。
やはり相談する相手を間違えたかもしれない。
でも、他が堅物女と食欲魔人、とこいつ以外に適任っぽいのがいないんだよな。
「あー。しかしあの先輩が私に……なるほど感慨深いですねえ」
「なんだその遠い目は、お前は俺の何なんだよ」
「先輩の名アドバイザーで後見人」
「おこがましい女めっ!」
今までの自分の言動を思い返してみやがれ。
しかし、こいつも当てにできないとなるとどうすればどうするべきか。
ううむ。ラブコメ漫画でももっと読み込んでおくんだったかな。
「ちょ……先輩! 勝手に役立たず扱いしないでくださいよ! 大丈夫です、我に策ありです! 大船に乗ったつもりでいてください!」
焦った鹿山は巻き返そうと打開策を打ち出そうとする。泥船にしか見えないんだよなあ。
「一応は聞こうじゃないか。言ってみろ」
「ずばり私で練習しましょう!」
「お帰りはあちらです」
「速攻却下!?」
だって、こいつが何を言ってるのか、本当にわからねえもん。
なんでお前で練習しなくちゃいけないわけ?
確かにコイツは可愛い。でも、女としては論外だ。
伊達にこの一学期、こんなクソみたいなやり取りを続けてきたわけじゃない。
すっかりそういう風に見れなくなってしまった。
「そんな顔をしないでくださいよ。先輩に必要なのは乙女心への理解度です。つまり私とデートしましょう!」
だから、その発想についていけないんだってば。
「ごめんなさい。許してください」
「謝られたっ! そんなに嫌ですか⁉」
さらに攻勢を打って出てくる鹿山だが、逆に申し訳なさすら抱いてきた。
やがて、業を煮やした彼女はチラリと服の胸元を引っ張って谷間を見せてくる。
「ほうら。私と付き合うなら、瀬川先輩もしてくれないサービスを……ってなんで鼻で笑うんですか⁉ 酷くない?」
笑わせるな。
貴様のような小娘のインスタントハニートラップにやられる俺ではない。
こっちは伊達に瀬川のお見舞いイベントを乗り越えてはないないのだ。
「お、おのれー! 先輩のくせに生意気なっ!」
女としてのプライドを粉微塵にされ、半泣きで鹿山はポカポカと叩いてくる。
実にウザい。
俺は溜息をついてうっとおしい小娘後輩の手を振り払おうとしたその瞬間。
「あれ?」
気付けば、俺の視界はグルンと一回転。そのまま床に叩き伏せられていた。
……え、何今の。
手首掴まれてからは、ほとんど見えなかった。
何がすごいって衝撃こそあれど、痛みとかがない絶妙な力加減。
その上の方で鹿山麻央は肉食獣のような笑みを浮かべている。
「ククク。先輩つーかまーえた!」
「え。嘘。変な冗談はやめろ鹿山!」
ようやく焦りを覚えた俺は離すように言うが、完全に力の重点を奪われ、関節をきめられている。
解放してくれる気はないらしい。
――というか、完全に武道経験者のソレなんだけどっ。
武術ギャルとかそんなのアリか。
いや、漫画とかだとチラホラ見かけるし、需要自体はありそうだけども。
「ふっふっふ。今の先輩は完全にまな板の上の鯉。生かすも殺すも私次第っ!」
悦が入ったようにゾクゾクッと頬を紅潮させている鹿山。
こいつ、こんな危ない奴だったのか。
だがしかし、お前みたいなチンチクリンに瀬川の代わりが務まるかい。
いや、可愛いのは認めるが。お前は俺の中で存在が既にうるさい後輩なのだ。
もうイメージを上書きする事は出来ない。
「へえ。まーだ、そんな事言っちゃうんだぁ」
鹿山の笑みがさらに得体の知れないものに変わり、そっと俺の腹に手を伸ばして、つっと指をなぞる。
「先輩、私は本気ですよ?」
キャミソールの下から覗かせる谷間、舌なめずりするその姿はさっきのようなおふざけのノリは感じられず、艶やかさすら感じられた。
喰われる、そう本格的に俺の本能が警鐘を鳴らす。
「舐めんな」
だが、その隙をついて、俺は強引に鹿山に捕まった状態から立ち上がる。
腕がミシッと変な音がするが知った事か。
「きゃあっ!」
バランスを崩してスッ転ぶ鹿山を余所に俺は体勢を立て直し距離を取る。
ちょっとだけ腕にまだ痛みが残っていた。
部活とかに入ってなくて良かった。次の試合はあきらめるところだったぜ。
「やるじゃないですか先輩」
だから舐めるなよ。
生憎と恋心を自覚した傍から、別の女に靡くほど軽くはないつもりだ。
一方で、そこまで拒絶されるとは思わなかったのか、ショックを受けたような表情をする鹿山。
見ているだけで、罪悪感が募らせるが、これもこいつの手だ。引っかかるわけにはいかない。
「……騙されないからな」
「どうして。そんな酷い事言うんですかっ?」
鹿山は目元に涙が浮かばせながら問う。
「……ねえ先輩。私じゃ駄目ですか?」
並の男なら一発アウトの渾身の一撃。
「駄目だ。俺は瀬川が好きだ」
だからこそ、俺の方もはっきりと答えた。
重い沈黙が場を支配する。
「フッ……。流石ですねえ先輩。今のは先輩を試したのですよ」
「本当か? なら、その手を止めろや」
一転していつもの調子に戻る鹿山。
ワキワキと両手の指を動かしにじり寄ってくる彼女から、俺は少しばかり安堵を覚えつつ、さらにゆっくりと距離を取る。
接近戦は俺の方が無理だと思い知らされた。
このままではジリ貧だ。
緊張の汗が頬を伝ったその時――。
「はい。そこまで」
「イダダダダ!」
いつの間にか鹿山の後ろに立っていた瀬川が彼女の頬を抓り上げた。
「あ……」
助かった、そう言おうとしたその瞬間、瀬川の視線に気付く。
抓り上げながら、無表情で彼女は何か言いたげにこちらを見ている。
そうだ。こいつはどこまで聞いていたんだ?
最初からだとしたら、ものすごく気まずいのだが。
「随分とこいつと楽しく取っ組み合ってたみたいじゃない?」
あ、そこからかな?
良かった。好きだって言った所とかだったら……って全然良くないわい。
そもそも鹿山が俺を襲おうとしてたあのシチュエーション、あれだけでも誤解されるには充分過ぎる光景であった。
言い訳が聞かないあの状況をどう説明するか。
ラブコメだったら、涙ながらに駆け出してしまうこのシチュエーション。
だが、瀬川は特に動じていない。……いけるか?
「どうしたの? 続けたかった?」
あ、やっぱり怒っていらっしゃる。
「ごめん」
「なんで謝ってるの? 別にこの馬鹿が悪ノリしてたのぐらいは理解できるよ。でも、まあそれ含めても、面白くないんだよね」
「あ。じゃあ瀬川先輩も混ざります? スリーでピース的なアレで」
瀬川の拘束を解いて、ケロリと悪びれずにトンデモ発言してくる鹿山。
とりあえず俺は目の前のその色情魔と化した後輩をボカリと拳骨しておいた。
「痛い! 先輩酷――ふぎゃっ! 瀬川先輩までぇ⁉」
続いて、鹿山にチョップを喰らわせた瀬川はフンッと鼻を鳴らす。
「人のもの取るなっての言ってんの」
俺の腕を取りながら鹿島へと舌を出した。
……え?
この子、なんて言った?
「……人のもの?」
「今さら何言ってんの?」
俺はおそるおそる聞いてみる。
「……瀬川、お前どこから聞いてた?」
「知らないしっ」
瀬川は頬を少しだけ赤く染めなら、相変わらずぶっきらぼうに言う。
そのまま俺たち二人は何も言えずに固まる。
これは向こうもオーケーという事でいいのか。
いや、駄目だ。これは瀬川の罠だ。
とにかく、一度ちゃんと告白……いや、話し合いしなくては……!
と頭の中がグルグル回っていく。
鹿山は『当て馬かよ』と遠い目で不貞腐れていたが、そんなのもうどうでも良かった。
こんな感じで俺たちの日常は続いていく。
オーバーヒートしたのでここで一度お終いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
色々と溜まったらまた書くかもです。