15 久しぶりの暴力
「ようやく夏休み! 長かったなあ!」
「園部の場合はことさらそう感じるでしょうね」
一学期の終業式を終えて帰路につく俺と瀬川。
明日から長期休暇だと思うと、足取りも軽くなるというものだ。
よーし、遊ぶぞー!
「ちゃんと一学期の復習と二学期の予習しときなさいよ」
ねえ、瀬川さん。
なんでそんな教師や親みたいなこと言って、現実に引き戻そうとするの?
もう少し甘い夢に浸らせてくれよ。
「だってまたあんなつきっきりで勉強見るとか嫌だし」
「ツレない事言うない。そもそも、こっちだってお前の家に行って風邪をもらった――」
しまった、失言だった。
自分の言葉に俺は思わず固まる。瀬川の方も固まっている。
この前、瀬川の家であった事は暗黙の了解でタブーとなっていたはずなのに。
ロボットのように動きを止めた俺たちだが、やがて瀬川が口を開く。
「そうだね。正直ごめんね。本当にうつるとは思わなくてさ」
馬鹿な。乗っかってきやがったと⁉
「別に子供じゃないんだから、いつまでも気にしててもしょうがないでしょ」
「だ、だな。俺も悪かったよ」
こいつのこういう所は見習うべきだよな。
「それに妹にもちゃんと紹介しときたいし……っ」
……今なんて?
「あ。こ、これは恋人を家族に紹介したいみたいなアレじゃないからっ。これは妹があの日の事をまだ怪しんでいるからっ。いっそちゃんと顔合わせさせて、打ち解けさせたいとかであって――!」
この女、ただただ普通に動揺してやがる。
わかったよ。
わかったから、それ以上喋るのはやめろ。それ以上の失言は俺にも効く。
以降も、半ば逃避するように俺と瀬川は他愛ない話題にシフトさせてぎゃあぎゃあ騒ぎながら、俺たちは河川敷を一緒に歩いていく。
だが――。
「よう。相変わらずいいご身分だな園部」
その道の先で、得意気な顔で通せんぼしてくるお邪魔虫がいた。
学校でも見覚えがあった顔だ。
ふむ、二人組か。
ギリいけるかな。
「友達?」
「そう見える?」
「全然」
とりあえず今の内に桜沢様に連絡しておくか、と俺はポケットの中の携帯をまさぐっていると、距離をおいた瀬川が既に携帯をポチッていた。
多分、桜沢だよな。こいつも随分とたくましくなったもんだ。
「とりあえず何の用だ? 言っておくけど、俺をボコッても瀬川はどうにもなんないぞ」
「別にィ。俺はそこにいる瀬川さんを助けたいだけさぁ」
真ん中の奴はネチャリと粘ついた視線を瀬川へと向ける。
対して瀬川当人は、ああまたこういう連中か、と露骨に嫌悪の表情で返している。
最近はすっかり沈静化していたとも思っていたので、今更、ここまで直接的な行動してくる連中がまだいたのは驚いた。
「やめろって。暴力なんて馬鹿らしいぞ」
「同感。文句があるなら学校で直に話し合えばいいでしょ」
瀬川も疲れたように答える。
いや、別の意味で狙われているのは君の方だからね。
俺たちの余裕ぶった態度が気に入らないのか、片方がこちらを睨みながら近付いてくる。
「聞いてるぞ。園部、お前さ。去年暴力沙汰を起こして一人退学させたんだろ?」
……へえ。その話を持ち出すのか。
まあ一年も経ってないし、まだ覚えてる奴は覚えてるか。
「そんな奴が瀬川さんと一緒にいるとか許されるわけ――がっ⁉」
こちらの胸倉を掴……もうとする前に俺はそいつの手首を掴んで力を入れる。
「ぐぅ……!」
「どうする? まだやるか?」
俺は自分がそこまで喧嘩が強いとは思ってないけど、二人程度なら十分行ける。
保健の先生には悪いが、保健室で世話になるぐらいの怪我を負わせられると自負しているぞ。
「きゃっ――っ!」
直後、後ろから小さな悲鳴が聞こえ振り返る。
しまった。油断した。
後ろに潜んでいた、もう一人が、瀬川を後ろから羽交い絞めにしていた。
クソッ。
人質なんてベタで古典的な真似しやがって。
「ふわあぁ、瀬川さん、良い匂いぃ!」
「……キモい!」
瀬川を封じている男はすごく気持ちが悪い笑顔を浮かべて息を吸い込んでおり、瀬川はジタバタと抵抗している。
……おい。それは洒落にならんだろ。
「よおし。このまま……ふげっ」
「ぼごぉ!」
俺は即座に目の前の奴を渾身の右ストレートで顔面を殴り飛ばした。
次いで、そのまま振り向き様に後ろにいた奴へと回し蹴りを喰らわせる。
「……へ?」
変態野郎はあっという間に一人になってしまい、ポカンとしている。
「離れろ」
「あ、あぁ」
「瀬川から離れろ」
それでもそいつは離れようとしない。
むしろ瀬川を盾にしているようだった……、が。
「ふぎゃあ!」
瀬川も大人しく捕まっているような女じゃない。
彼女は変態野郎の足を踏み抜き、続けて身体を屈めたと思ったら、思いきり後頭部で頭突きを喰らわせた。
変態野郎はたまらず拘束を解く。
解放された瀬川は俺の方に向かって、一気に駆け出す。
俺も瀬川の元へと走る。
「逃がすかぁ!」
俺が蹴り飛ばされ地面に倒れてた奴が、そのまま瀬川を足を掴んだ。
「あっ――⁉」
バランスを崩してそのまま派手に転ぶ、瀬川。
「お、おい。瀬川さんには手を出すなって言っただろ!」
「はあ!? こいつが逃げるのが悪いんだっ!」
「いった……」
瀬川は思いきり身体を打ったものの、目立った外傷はないようだった。
だが、しかし、けれど、それでも――ああ、もういいか――こいつらぶっ殺そう。
……。
……、……。
そこから先は簡単だった。
俺はそこにいた連中を全員ボコボコにした。
殴った蹴った。
ひたすらにひたすらに。
途中でやめてとかごめんなさいだとか、嘆願していたがふざけるなよ。
そっちが先に仕掛けてきたんだろうが。
「待ちたまえ、園部達彦」
やがて、気取った声と共に現れたのは塩見だ。
「ははは。見たかい瀬川さんこれがこいつの本性だよ。君は騙されていたんだっ!」
そいつは勝ち誇ったように叫ぶ。
ああ、なるほど。
こいつもグル。いや、手引きしたのか。
俺の話をどこからか知って、これを見せるためにわざわざこんな手の込んだ事をしたらしい。
暇人め。でも、まあ認めよう。
お前の目論見通りにいったよ。
瀬川は狼狽と若干の怯えの目でこちらを見ていた。
対して、俺は何も答えられずにいる。
「ほら御覧――君は――僕と――えっ?」
いまだに彼女へ向けて色々アピールしている塩見の腕を俺は無造作に掴む。
「……おい。やめろ。そんな強い力で――痛い痛い痛い――!」
少なくとも俺は勿論、お前らみたいな輩がこいつの傍にいるのだけは我慢ならなかった。
俺が馬鹿だったよ。こういう輩は徹底的に痛めつけなければならなかったんだ。
手始めに二度と瀬川に触れられないように手を折ろう。
「園部っ!」
不意に頬にパンッと乾いた音と共に痛みが走る。
瀬川が俺の頬をはたいたのだ。
彼女はフーフーと息を荒くしながら、涙をためた目で俺を見ていた。
そこで俺はようやく頭が冷える。
そして、思い知る。
自分が何をしようとしていたのかを。……瀬川に何を見せようとしていたのかを。
「これは暴力事件だ。ははっ。停学……いや退学かなぁ!?」
一方で塩見の方はすぐに持ち直して、こちらから十分に距離を取りつつ、いまだに楽しそうに喚いていた。
そのままドヤ顔で立ち去ろうとするが、そうは問屋が卸さない。
既にそっちの担当は瀬川が呼んでおいた。
「塩見君、こんにちは」
「……さ、桜沢さん」
塩見は顔を引き攣らせる。
当初は桜沢も口説いていたらしいが、既に彼女のやばさは十分に理解しているのだろう。
「以前私をデートに誘ったわね。いいわよ。付き合ってあげる。一緒に指導室まで行きましょう? 須剛先生も一緒よ」
「ひぃい! じゃ、じゃあ園部も……」
言われて桜沢は黙ってこちらを見ていた。
「園部君と……、瀬川さんの怪我をしているみたいだから、まず学校に戻って保健室に行きなさい。……指導室は空けておくけど、来れる時間帯でいいわ」
来れる時間ね。
了解、行けたら行く。
「来なさい、塩見」
「ひっ。は、はい」
そのまま塩見は観念したように、桜沢に引き摺られていった。
俺はもうどうでも良かった。
俺にとって大事なのはこっちだ。
「あ……そ、園部……」
瀬川が俺に話しかけようとしているも、結局何も喋れずに口を噤む。
気まずい沈黙が流れ続ける。
「じゃあ、俺もう帰るわ」
やがて耐えられなくなったのは俺だった。
俺はそう言い残して、それでも何かを言おうとする瀬川を振り払ってその場から離れる。
俺は瀬川美沙から逃げたのだ。




