外伝① ロジャーの結婚12
突然ロジャーに抱きすくめられ、レティシアは驚きの余り頭が真っ白になった。一体これはどういう事? 何が起きたというの?
「すまない……レティ。君をこんなに苦しめて。本当は俺が君にひざまずいてプロポーズしなくてはならなかったのに」
少なくとも自分は受け入れられたのだと混乱した頭でぼんやり理解したレティシアは、安堵の余り一瞬気が遠くなった。全身の力が抜けた彼女をロジャーは慌てて支え、ガセボのベンチに座らせた。
「前回別れてからずっとレティのことばかり考えていた。最悪の形で君を侮辱してしまった。俺の心が弱いだけなのにひどい八つ当たりをしてしまった。いつの間にか本当に好きになっていたんだ。婚約を本物にしようとさえ言えばよかったのに、拒否されるのが怖かった。寄りによってこの俺が肝心なところで怖気づくなんておかしいだろう?」
おかしくなんかない。ロジャーだってただの人間だ。拒まれたくないと思う気持ちが強ければ臆病になることだってある。誰にだってあることだ。
「私も本当はすごく怖かったのよ。今日ここで失敗したらもう一生あなたに会えなくなるって。そしたら悔やんでも悔やみきれない。あなたが他の誰かと一緒になる未来を想像しただけで耐えられなかった」
レティシアは自己肯定感が低い余り、ロジャーには釣りあわないと固く信じてきたが、やっと自分の気持ちに正直になろうと思い至った。結果はどうあれ、好きという気持ちを告白しないことには絶対後悔すると思った。
「あなたの苦しみを私にも分けて。二人で持てば重さが半分になるわ。一人でカッコつけないで無様な姿も見せて。あなたならどんな姿でも素敵に見えるから大丈夫よ。だって完璧なロジャー皇太子でしょ?」
レティシアが泣き笑いの表情で言うと、ロジャーも釣られて笑った。ここ最近では久しく見なかった笑顔だ。厚い雲の隙間から日が差してきたかのようだった。
「ありがとう、レティ。初めて会った時まさかこうなるとは思ってなかった。あんなに適当に選んだのに、こんな最高の人だったなんて……でも……というかだからこそ、あらかじめ言っておきたいことがある。楽しい話ではないが、どうか聞いて欲しい」
途中から改まった口調に変わったのを察して、レティシアは身を正した。
「実はずっと気になっていることがあるんだ。このまま順調に行けば俺は皇帝になる。皇帝と言うのは恨みを買いやすい。過去には暗殺された者もいる。父も日々命の危険に晒されながら任務に当たっているはずだ。だから俺は一人の人間に深入りしないようにしてきた。俺の身に何かあったら相手を悲しませるからだ。それなのに大事な人ができてしまった。自分のせいでレティが苦しむことがあったら耐えられない。それが怖くて仕方ないんだ」
ロジャーはそう言うと、レティシアの両手を強く握った。彼の苦悩はよく分かる。大事なものができたら、次は失うことを恐れるようになるのだ。失うものが何もなかった頃には戻れなくなる。レティシアは真剣な表情のロジャーをまっすぐ見据え、少し考えてから答えを出した。
「分かりました。私も覚悟します。あなたに告白する時やはり怖かったの。あなたと一緒になるということは、皇太子妃、そして行く行くは国母になることを期待されるわけだから。ただの普通の恋人とは訳が違う。多分幸せなことばかりじゃないと思う。思いも寄らぬ試練が待っているかもしれない。でも、それでもあなたがいいの。最期の日まであなたと一緒にいたい。どうかよろしくお願いします」
そして彼の前で一礼をした。どんな形の終わりが来ても彼と一緒でよかったと思える人生にしてみせる。これは義務だ。
それを聞いたロジャーは黙ったまま彼女を自分の胸の中に抱き寄せた。そして彼女の唇を指でなぞり、顎に手をかけ上向かせると、そっと自分の唇を重ねた。最初はおずおずと、反応を確かめながら味わうように進み、だんだん中に侵入して行った。二つの影は一つに重なり、ずっと離れることはなかった。
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「いや~マックスはまだ学生だったか。卒業しないと結婚できないのは残念だなあ。悪いな、俺の方が先に結婚しちゃって」
「正直言ってそこだけは本当にロジャーに嫉妬している。その……夫婦にならないとダメってクラウディアに言われてるから……」
無事に結婚式が終わり、披露パーティーの場に花婿のロジャーと招待客のマクシミリアンが話をしていた。マクシミリアンは、前に会った時より更に大人びて凛々しい姿になっていた。公の場に出たタイミングが遅かった分、後から一気に成長が進んだのだ。
「二人ともそんなところで何コソコソ話しているの? 二人のツーショット撮りたいから並んでくださる?」
桃色のドレスに身を包んだリリーがカメラマンを伴ってやって来た。
「どうして俺たち二人の写真なんだよ。俺とレティなら分かるけど」
「一部で需要があるのよ。いいからいいから」
ロジャーが何か言うのもお構いなしに、リリーはカメラマンに命じて、ロジャーとマクシミリアンの写真をたくさん撮らせた。それが終わると、今度はクラウディアの元へやって来た。
「先ほどレティシア様と少しお話したわ。とても感じのいい方ね、ロジャー殿下にぴったり。とても美しくて中から発光してるみたい、憧れてしまうわ。でもわたくしとロジャー殿下のこと話してないわよね?」
「あっ……うーん。あなたとは気づいてないんじゃないかな……多分」
リリーは自信なさげに目を泳がせた。
「ちょっと、多分ってどういうことよ!? わたくし気まずいんですけど?」
少し離れたところでは、皇帝とオリガ夫人が談笑をしていた。そこへレティシアが近づいて来た。
「あの、ご歓談中申し訳ありません。いつかいただいた手紙のお礼をまだ言ってなかったことに気付いて……」
ロジャーと喧嘩していた時にリリーから渡された皇帝の手紙のことだった。いつか話をしなければと思っていたのに、式の準備に追われていて、今まで言いそびれていた。
「あの時は本当にありがとうございました。一番辛かった時に心のこもった手紙をいただいてとても嬉しかったです」
そう言ってレティシアは頭を下げた。そんな彼女に皇帝は柔らかな笑みを向けた。
「そうかしこまることではない。私もたまには父親らしいことをしてみたかっただけだ。それでも今までの埋め合わせにはならないだろうが」
「殿下には内緒にしてあるんです。その、陛下の手紙のことは」
レティシアは少し言いにくそうに言った。
「いつか陛下と殿下が喧嘩した時の隠し玉に使おうと思って。お二人が喧嘩したら激しそうだから、陛下の手紙を見せて冷静になってもらおうかなと、そんな日が来ないに越したことはないんですが、準備は念入りにした方がいいので」
それを聞いた皇帝はぷっと吹き出した。
「新しいお嫁さんは、かなりしっかり者のようだ。そんな先のことまで考えているとは。ロジャーはいい選択をした。よろしく頼みますよ」
皇帝の穏やかな笑顔を見てレティシアもほっとした。
「それではファーストダンスを花婿と花嫁のお二人に踊っていただきましょう」
呼ばれた二人はフロアの真ん中に立ち、軽やかな音楽と共に踊り始めた。絵本の一ページを切り取ったような二人の姿を見て、彼らに何があったのかを知る者は少なかった。この先どんなことが起きようと、今この瞬間で最も幸福な恋人はロジャーとレティシアだった。喜びも苦しみも笑いながら乗り越えるであろう二人の姿はいつまでも人々の目に焼き付いたのだった。
これでスピンオフ「ロジャーの結婚」は終わりです。
最後までお読みくださりありがとうございました!
8話くらいで完結させるつもりだったんですが、いつもの話が長くなる病で12話に延びてしまいました。
契約結婚ネタは好きなので、まだどこかで書きたいと思います。
このお話はこっぱずかしい台詞が多くて悶絶しながら書いてたのですが、完全ギャグに振り切った短編も書いてみました。
「生贄からの一発逆転ライフ~へっぽこ聖女は竜のエサになるのを全力で回避します!~」なろうおなじみの、短編の癖にタイトルが長いアレなのですが、こちらも読んでくださると幸いです。
あと12000字くらいの「オタクに優しい悪役令嬢なんかいません!」、連載中の「没落令嬢の細腕繁盛記~こじらせ幼馴染が仲間になりたそうにこちらを見ています~」もお願いします。
宣伝ばかりで恐縮ですが、最後にポイントやブックマーク残してくださると作者の励みになります。ではまた会う日まで。