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外伝① ロジャーの結婚11

急いで準備を整えたレティシアは、小走りで客間に行った。久しぶりに会うリリーは、清楚な白のワンピース姿で背筋をピンと伸ばして座って待っていた。


「お待たせして申し訳ありません。少し出かけていたもので今戻って来たところです」


「私もあらかじめ連絡しなかったから気にしないで。今日は皇帝陛下のメッセンジャーとして来たの」


リリーはそう言うと、鞄から一通の手紙を取り出してレティシアに渡した。


「わざわざあなたを呼びつけるわけにもいかないし、父も多忙だから代わりに手紙を書いたの。悪いけどここで読んでくださる?」


レティシアは、言われたとおり封を開けて手紙を開いた。しばらく手紙を読んでいたが、だんだん手が震えて涙があふれるのを抑えきれなくなった。落ちた涙はポトン、ポトンと音を立てながら便箋の上に落ち、そのせいでインクが滲んだ。


「父も横着よね。こんな形で親らしいことをしてこなかった埋め合わせをしようと思うなんて」


リリーは小さくため息をつきながら言ったが、レティシアはずっと泣いたままだった。


「ごめんなさい……! みなさんにご心配をおかけして。私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったのに……!」


やっとのことで答えるレティシアに、リリーは優しく労わるように声をかけた。


「なにがあったのかは知らないけど、ただならぬ状況というのは私にも分かるわ。兄は黙りこくって声をかけられる雰囲気ではないし。だから私がここに来たってわけ。言いにくいとは思うけど、詳しい話を聞きたいの。どうかお願いします」


レティシアはしばらく迷った。偽りの婚約の話を打ち明けてしまおうか。これだけは絶対に秘密にしなくてはならないときつく言われていたが、既にロジャーとの関係は破綻しているのだから隠しておく理由はないと思われた。リリーを信じて、レティシアは全てを打ち明けた。


事の真相を聞いたリリーは当然ながら驚いた。今までみんなを騙していてとても申し訳なく思うとレティシアは真摯に謝罪した。許してもらえるとは思わないが、自分を信じてくれる人をこれ以上騙し続けるのは耐えられなかった。


「皆さんにおめでとうと言われるたびに罪悪感が募って辛かった。貧困地区に学校を作るためにお金が必要だったの。半年だけなら何とかなると思って承諾したけど……」


でも自分でも気づかないうちに深く入れ込みすぎた。二人で公式行事に参加したり、パーティーのために完璧に磨き上げたり、その他にもロジャーと過ごす時間が多かった。彼と一緒にいると時間があっという間に過ぎた。


「入れ込み過ぎたのは兄さまも同じね。だって、まだ結婚してないのに公式行事に同行させるなんておかしいじゃない? あなたをどう言いくるめたのか知らないけど、向こうもかなり周りが見えてなかったのよ。知ってる? 前より公式行事に出る機会が増えたって評判になってるの。あと、王宮にいる時間も増えたって。どうしてだと思う?」


レティシアはぽかんと口を開けてリリーの話を聞いていた。一体どういうことなのか? ある一つの仮説にたどり着いたが、まさかそんなはずはないとすぐに打ち消した。だって、全くあり得ないではないか。自惚れては駄目だ。自分なんか取るに足らない人間なのだから。それでも自ずと頬が紅潮してしまった。恥ずかしそうにうつむくレティシアを見て、リリーはクスクスと笑った。


「兄さまの気持ちは分かるでしょう? ああ見えて分かりやすい人なの。今日私が来た理由は、あなたの気持ちを確認したかったから。父もあなたの真意を知りたがっている。兄さまのことをどう思っているの? このまま婚約を解消したい? どんな結果でも大丈夫だから正直に答えてください」


自分の本当の気持ち。リリーにまっすぐ見つめられて、レティシアは自分の心と向き合った。彼に対する気持ちは前から決まっていたが、一言で言い表せるものではない。時間をかけて自分の考えをまとめ、一回深呼吸してから話し始めた。


「好き……です……すごく好き……! 彼を愛しています……! 一緒にいると楽しいし、こんな気持ちは初めて……でも、あの人の背負っているものは余りに重くて……どうしたらいいか分からない……近づこうとすると壁を作られるんです……本当に大事な部分には立ち入らせてくれない……でも、それだといつかあの人は壊れてしまう気がして……それを見るのは辛い……」


レティシアは、身体を震わせながら絞り出すように答えた。彼が自分の理想とする姿を堅持しようとする限り、本当の意味で心を通わせることは不可能だろう。そんな関係では長続きするとは思えなかった。お互い思っていても、心はすれ違ったままになってしまう。どうすれば彼の心を開くことができるのか彼女には分からなかった。もしかしたらそれは自分の役割ではないのかもしれない。それなら潔く身を引くしかなかった。


「二人とも強く惹かれ合っているのだから、あと必要なのはひとかけらの勇気だけよ。大丈夫、兄さまはあなたのことをきちんと受け止めてくれる。ただ、これだけは私たちも手助けできないの。あなた達を見守ることしかできない。あなたにばかり負担をかけて申し訳ないけど、他の人では無理なの。お願い、もう一度兄さまに会ってください。そして彼を救ってください」


リリーはそう言うと深く頭を下げた。皇女にここまで頼まれては断ることができない。しかし自信は全くなかった。ロジャーの心を繋ぎ止める魔法の言葉など持ち合わせていない。こうなったら捨て身の覚悟で会うしかないと、レティシアは腹をくくった。


**********


ロジャーに会う段取りはリリーがやってくれた。指定の時間、指定の場所にレティシアは早めに行った。そこは王宮の一角にある庭園のガセボだった。人払いがしてあり誰も近づけないようになっている。近くには噴水があり水の流れる音が聞こえる。こんな状況でなければ素敵な庭園を楽しめるのにと密かに考えた。


やがてロジャーが姿を現した。確か出張から帰って来たばかりと聞いていた。彼は、レティシアと会わなくなってから、また視察や出張の予定を入れるようになって王宮に留まらない生活に戻ったようだ。ロジャーはレティシアを見つけると駆け寄って来た。


「先日はすまないことをした。金銭的なことで君を疑うなんて愚かだった。ぶたれても仕方ないことをしたと思う。どうか許して欲しい」


レティシアが口を開こうとしたら、先手を取られてしまった。ロジャーはあれからずっと後悔していたのだろう。だからいの一番に言ったのだろうが、これでほだされてしまっては出鼻をくじかれた形になってしまう。レティシアはぐっと我慢してそ知らぬ振りをした。


「あら、私の方こそ今日はあなたに嫌われてもいい覚悟で来たの。だから遠慮せず全てをお話します。あなたがいくら格好つけていても、私本当のあなたを知っているわ。本当は、臆病で、傷つきやすくて、誰かに甘えたくてしょうがないって。完璧な皇太子殿下が聞いて呆れるわね」


レティシアは怯えた心を隠すために、必要以上に虚勢を張ることしかできなかった。他にもっといい方法があればそうしただろうが、彼女ではこれが精いっぱいだった。


「こないだ、弱さを見せたら本当に弱くなってしまうって言ってたわね。それは違うわ。そんなの関係なく最初から弱いものは弱いのよ。ただ現実から眼を逸らしているだけ。それこそ弱虫だわ。自分の弱さを直視できないのね」


ロジャーは黙って聞いていた。何も言い返してこないのが却って怖かったが、レティシアは更に言葉を続けた。


「男の人ってバカよね。自分の格好悪さを見せるのが恥だと思ってるの。女はそんなこと考えてないのに。本当に好きな人には全てをさらけ出して欲しい。信用しているからこそ見せたくない部分をも見せて欲しいのよ。いいことも悪いことも分かち合いたい。格好いいだけの男なんて薄っぺらいわ」


「つまり何が言いたい?」


やっとロジャーが口を開いた。レティシアは彼の表情を見るのが怖くて、横を向いたま答えた。


「だから私があなたを支えてあげるって言ってるの。できれば一生。何があってもあなたの元を離れない。他の誰もがあなたを見限っても私だけはずっとそばにいる。地獄にだって一緒に着いて行く。どんな時も一緒に笑ってるの——」


しかし最後まで言い終わることはできなかった。ロジャーが急にレティシアを包み込むように抱きしめたからだ。今までにない出来事にレティシアは気が動転して言葉を失ってしまった。


次回で外伝①最終回です。最後までお付き合いよろしくお願いします。


現在投稿中の「没落令嬢の細腕繫盛記~こじらせ幼馴染が仲間になりたそうにこちらを見ています~」もよろしくお願いします!


この先どうなるの?と少しでも興味を持っていただいたらこの下にある☆☆☆☆☆の評価とブックマークをお願いします。

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