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第5章 王子改造計画

(はあ~やってもうた~)


マクシミリアンの家から戻って来て、クラウディアはどっとお気に入りのソファに崩れ落ちた。


気づいたら勝手に言葉が出ていた。植物について語っている時の、はつらつとした横顔を見ているうちに、もっと自由に動けたらどこまで輝けるだろうとそんなことを考えてしまった。理性と行動が一致しないなんて初めての体験だった。一体何が起きたのか。


(はあ~でも陛下がそこまで入念に保護してるとなれば訳アリよね。これは藪蛇かも。下手したら陛下の逆鱗に触れて一転国外追放なんてなったら……いけないいけない。とにかく波風立てないようにこっそり情報を集めてみよう)


本人に尋ねるのはまだためらわれた。会って間もないのに根掘り葉掘り質問するなんて恐れ多くてできない。となれば、彼女の持っているコネクションを使うしかない。まずは王都にいるグランに手紙を書いた。


グラン・グレンジャーは、クラウディアの数少ない友人の一人である。子爵家の次男で、グレンジャー家と言えば、数代前に博打で資産が枯渇して破産寸前となっていたが、先代が手掛けた商売が大当たりして持ち直した逸話が有名だ。そのため、現在は金銭的に困ることはないが、周りの貴族たちからは「貴族が商売をするなんて」と小ばかにされていた。グランはかなり頭が切れるが、そういった理由と次男坊というのも手伝って、学園内では目立たない存在だった。そんな彼を見込み、自分の陣営に引き込んだのがクラウディアだった。貴族にありがちな堅苦しさを捨てて好き放題言える気の置けない友人だ。


几帳面なグランらしく返事はすぐに届いた。


「さすがお嬢様、持ってるねー。転んでもただでは起きないというか、おとなしいと思ってたら、いつの間にか王子を拾っていたとは。いや、拾われたのか。マクシミリアン殿下のことは限られた人しか知らないようだ。アレックス殿下は当然知ってるだろうけど。そういう訳で余り期待に応えることはできないんだけど、分かったのは、亡くなられた奥方と国王陛下はとても仲睦まじかったこと。奥方が崩御された時陛下の悲しみは尋常じゃなくて一時期は憔悴しきっていたこと。なぜ陛下がマクシミリアン殿下をかくまっているかははっきりしないけど、どうやら『落ちこぼれ王子』『ダメ王子』のレッテルを貼られて、そんな中傷から息子を守っているのではないかという話があった。何でも身体が弱くて病気がちだったのと、気が弱かったから王の器には相応しくないと判断されたのかもな。愛する奥方の忘れ形見だからつい守ってやりたくなるのかも。また何か分かったら連絡するよ。こっちではお嬢様人気者になってるから早く戻って来いよ。じゃあまた」


(期待したほどの情報はないわね。まあ国王にバレないようにそっとやれというのもなかなか難しいのは確か……それはともかく、『落ちこぼれ王子』『ダメ王子』そんな風に呼ばれていたの? 確かに、アレックス殿下と比べると対照的だけど、マクシミリアン殿下は婚約者を裏切ったりしないだろうし……ああっいけない。また腹が立ってきた!)


 マクシミリアンの「植物学者になりたい」という希望を叶えてやるには、最終的に大学に進学する必要がある。大学に入るにはクラウディア達も通う学園を出ないといけない。学園はマール王国でいうところの「上級学校」の一つで、16歳から19歳までの4年制である。クラウディアやアレックス達は皆17歳だから現在2年生、マクシミリアンも同い年のはずだ。平民も通える上級学校は全国各地に点在するが、王侯貴族が通う上級学校は王都に一つだけある「学園」のみである。唯一にして特別な存在としてただ「学園」とだけ呼ばれる。マクシミリアンは王族だから、学園しか選択肢がない。だがその学園が厄介なのだ。


(あそこは一癖も二癖もある伏魔殿なのよ! あのピュアすぎる殿下にとっては!!)


 貴族の子弟は、ほぼ皆学園に入る。成績優秀者は当然羨望の的になるが、実際に大学に進む者は研究の道を志すごく一部だけだ。武芸に秀でた者は騎士団に入ることが多い。大体は学園を出た後家を継いだり、王都で政務に当たったり、これは一段低く見られるが商売を始める者もいた。一方女子は、在学中にお見合いを済ませ卒業後結婚する者が多い。しかしそれは表向きのこと、何より大事なのは、貴族社会で生き残るための駆け引きを学ぶことにある。これを習得しないと生き馬の目を抜く貴族社会では生きていくことができない。貴族らしい遠回しな言い方も、手の回し方も、ライバルを蹴落とす手法も、みなこの学園にいる間に学ぶのだ。


(このわたくしですら足元を掬われるのだから、今まで貴族のあくどさから無縁だった殿下が何の対策もせずに学園に入ったら、悪い奴らに目を付けられてあっという間に骨までしゃぶられてしまうわ! そんなのダメ! ゼッタイ!)


 打てる手は少なそうだが、それでも貴族社会のイロハを叩き込む必要がある。第一、王子という身分にもかかわらず、マクシミリアンが貴族の作法一つ教えられていないのには驚いた。国王は本気で息子を王室とは無縁の存在にしたいと思っているに違いない。


(でも学園に入るからには作法は覚えなきゃダメよ。いくら王族でも馬鹿にされる。一定のマナーはあるみたいだけど、ダンスは全然知らなそうね。そうそう、貴族社会についての知識も身に付けなければ。どうしよう、課題が多すぎる)


 クラウディアはしばらく考え込むと、机の上の便せんを取り、グランへの返信を書いた。


「忙しくなかったら来い、忙しくても来い」


**********


 数日後、クラウディアの滞在する別荘に頭を抱えるグランの姿があった。わざわざ来てくれたお礼として、クラウディアは精一杯のもてなしで迎えた。


「あのなー、人使いが荒いにも程があるんじゃないか。学生の身分で簡単に休めると思っているのか? しかもあの文面は何だよ」


「あら、今は長期休暇中だから問題ないでしょ?それに新学期が始まってもあの学園は融通が効くのよ、わたくしも特別休暇を頂けたし。さあさあお茶をどうぞ。これはコック自慢のお菓子よ。私は諸事情で控えているのでどうぞご遠慮なく召し上がって」


「おしとやかな令嬢の振りはもういいよ。ところで俺に何をして欲しいの?」

 

 その言葉に呼応したかのように、クラウディアは淑女の仮面を外してがらっと態度を変え、事務的な口調で話した。


「殿下の教育係を務めて欲しいの。学園に入っても見劣りしないくらいの礼節とマナーを」


「何かすごい早さで話を進めているけど、国王陛下のお許しは取ったの? 存在を隠すほどの箱入り息子が学園に入学するのを許すと思う? 勝手にしていいことじゃないだろう?」


「あっ……もしかしてわたくし、とても大事なこと忘れてた?」


 虚を突かれたようなクラウディアの様子を見て、グランは呆れてため息をついた。


「やっぱり。なんでそんな簡単なことに気づかないんだよ。お嬢様らしくない。本人から事情を聞いてみればいいじゃん」


「何となく言い出しにくいのよ。シーモア夫人というのがお世話係で、多分元々はお母様に仕えていた人だろうけど、彼女がずっと監視しているみたいで、何度か行ったけど話を切り出せる状況じゃない……」


「じゃあ殿下をこっちに呼べばいいんじゃないか?」


「ちょっ、そんなことができると思って? ご近所のサンデル夫人もしばらく会わないくらいの引きこもりなのよ? 知り合ったばかりのわたくしが誘えるわけないじゃない?」


「学園に行こうっていうのに、歩いて10分もかからない家にも行けないってどんなお子ちゃまだよ。過保護にしてるのはお嬢様なんじゃないの」


 ぐうの音も出ない。そこで、使いの者に手紙を託したら、驚くほどの早さで本人がやってきた。これはクラウディアも予想できなかった。てっきり人嫌いだと思っていたのにこんなにフットワークの軽い人だったのか。


「やることないからまた森に出かけようと思っていたんだ。そしたら手紙が届いてちょうどよかった。僕も会いたかった」


 クラウディアはグランをマクシミリアンに紹介した。グランは貴族の作法で自己紹介したが、マクシミリアンは「堅苦しいことはいいよ。よろしく」とざっくばらんに言っただけだった。


「あの、私が先走って勝手に話を進めてますが、殿下は本当に学園に行きたいと思っておられますか?」


「学園はクラウディアと一緒なんでしょう?なら行ってみたいな」


「そうじゃなくて……植物についてもっと研究したいとおっしゃっていたではありませんか!」


「もちろんそれはあるよ。でもクラウディアから色々話聞いたら学園に行ってみるのも悪くないかなって。友達も欲しいし」


 グランは2人の会話を聞きながら、壁にもたれかかって頭を抱えた。


(駄目だ……こんなんじゃ学園の敷地に足を踏み入れた途端、取って食われるのが関の山だ)


 グランはたまらず口を挟んだ。


「あのう……殿下、答えにくい質問かもしれませんが、国王陛下は殿下が学園に通われるのをお許しになると思われますか?」


「父上は優しいから、僕が行きたいと言えば許してくれると思うけど。ただ色々と心配はするかもしれない。そうだな、何か説得材料があればできるかも」


「説得材料?」


「僕って見るからに王子らしくないでしょ。落ちこぼれだから当然なんだけど。貴族らしい作法の一つも知らないし、しゃべり方だって平民と変わらない。こんな状態のままで学園に行きたいと言っても、父上もなかなかうんとは言えないだろうから、もっと王族らしい振る舞いを覚えて、誰の前に出ても恥ずかしくないようにすれば、納得してくれるかも」


「そう! その通りですわ! わたくしも同じことを考えてましたの!」


 クラウディアが手をパンと叩いて言った。


「殿下も同じ考えということが分かったら、あとは行動あるのみですわ! 今の殿下も十分素敵ですけど、誰の前に出ても立派な王子様に見えるよう、わたくしとグランが変えて見せましょう!」




>忙しくなかったら来い、忙しくても来い


シャーロック・ホームズから借りましたw


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