外伝① ロジャーの結婚06
やけに頭痛がするのはじめじめした天気のせいか、それとも先ほどメラニーと口論してきたせいか。レティシアはずきずきと痛むこめかみを抑えながら事務所を後にした。万全ではない体調を押して、何とか言うべきことは言い切った。それでもなお、心は晴れないままだ。学生時代から信じていた友人に裏切られたのだから当然と言えば当然だろう。
(今後同じようなことがあれば援助は完全に打ち切ると宣言した。あそこまで言っておけば、これ以上私を騙すようなことはしないはず……多分)
しかし、今回のことで知らず知らずのうちに、親友で同志だと思っていたメラニーと心が離れてしまったことを直面化せざるを得なかった。いつから道を違えるようになったのだろう。ロジャーと偽りの婚約をしたことで明らかになったが、その前から萌芽はあったように思える。自分が気付いていないだけだったのだ。
とにかくロジャーの言った通り、今は学校を完成させることが最優先だ。そして教員を確保して安定して運営できる仕組みを作らなければならない。それが実現するまでは、メラニーたちとは縁を切らないでおこうと思った。
レティシアは先を急いだ。午後からロジャーと一緒に公式行事に出るのだ。笑みを絶やすことなく大勢の前に出なければならないのは案外重労働だ。結婚していないのに公式行事に出なければならないのが不思議だったが、これもロジャーの演出で仲がいいアピールとのことだった。これで婚約破棄となったらショックを受けたと思われてしばらくはうるさく言われないだろうという魂胆からだった。
約束の時間近くなってから王宮に到着した。ここから車でロジャーと一緒に訪問先の植物園まで向かう。オープンセレモニーに参加するためだ。
「どうした? いつもより顔色が悪いみたいだが?」
車に同乗したロジャーがめざとくレティシアの顔色に気が付いた。
「少し頭痛がするの。ここに来る前にメラニーと口論したせいかしら」
レティシアはメラニーと話した内容をロジャーに報告した。
「学校が軌道に乗るまでは縁を切らない、か。確かにそうだな。大人になったじゃないか」
笑いながら言うロジャーをレティシアはむっと睨んだ。
「笑いごとじゃないわよ。こっちはそれなりに傷ついたんだから。結局メラニーは一言も謝ってくれなかった。私たちの活動を大きくするためには宣伝も必要という考えから動かなかったわ。それより今は学校を作る方が先なのに」
「まあ、運動を続けるうち見解の相違が出てくるのはよくあることだよ。それをうまく采配するのが政治だ。だから政治家は必ず誰かに恨まれる職業なんだよ」
そんな会話をしているうちに車は会場に到着した。この度新しくできた植物園のオープンセレモニーに参加するのだ。全国から珍しい品種の植物を集めているため、レティシアでも見慣れないものがたくさんあった。植物の知識はさっぱりだが、ロジャーの横に着いて解説を聞くのは楽しい。自分には向いていないと思っていた公式行事が案外嫌ではなかったことは、意外な発見だった。
しかし、体調は思わしくないままだった。頭痛は、はっきり拍動するほどにひどくなっている。それでも笑顔を絶やさず大勢の人に対応していた。公の場に出ると必ず行われる「ご婚約おめでとうございます」という言葉と共に渡される花束を受け取ったレティシアは、何とか笑みを作って「ありがとうございます」と答えた。いつもは心がちくりとする瞬間なのだが、さすがにこの時ばかりはそんな余裕はなかった。その時、隣にいたロジャーが何かを察したのか急にレティシアの肩を抱き「ちょっと失礼」と言った。
「どうしたの? 私ならまだ平気よ」
「何言ってんだよ。鏡を見てみろよ。顔色がえらいことになってるぞ」
自分ではそのつもりはなかったのだが、ロジャーが近くの人に耳打ちをして空いた部屋で休ませてもらえるように段取りを取った。あいにくベッドがないので長ソファに身を横たえることしかできなかったが、それだけでも体が楽になった。自分でも気づかなかったが、相当無理をしていたらしい。
「レティシア、大丈夫か? まだ顔色が悪いな」
しばらくしてから一通り仕事を終えたロジャーが側近と共に部屋に入って来た。レティシアは身を起こそうとしたが、ロジャーに止められた。
「途中で離脱してごめんなさい。申し訳ないことをしたわ。皆さんにも迷惑かけてしまったし」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。体調はどうだ?」
「寝ている方が楽だけど、何だか寒気がしてきた……」
レティシアは体ががくがくと震え出すのを止められなかった。思ったより具合が悪いらしい。
「これから熱が上がってくるのかも。すぐに王宮に戻ろう。家に戻るよりその方が近いだろう」
ロジャーは自分の上着をレティシアに羽織らせ、すぐに車を呼んだ。レティシアはそこまでしなくてもいいのにと恐縮してしまったが、こういう時のロジャーは有無を言わせないため、何も言うことができなかった。彼に促されるまま車に乗り、隣にはロジャーが座った。
「どうだ? まだ寒気がするか?」
この頃になるとレティシアは歯の根が合わないほどに体の震えが止まらなくなっていた。それを見たロジャーは上着の上から温めるように彼女を自分の方に引き寄せた。
「ちょっ! これ……!」
レティシアは一瞬体調が悪いのも忘れるほどに気が動転した。
「変な気はないから安心しろ。こんなに震えてちゃ放っとけないだろ。病気なのに外へ連れ出した責任もあるし」
ロジャーは乱暴にレティシアを引き寄せ、大きな体で彼女を包み込んだ。上着の布を通して彼の体温が伝わり、確かな温もりを感じた。こんな状態でなければ完全に顔が熱くなって頭が真っ白になっていただろう。
「駄目よ、こんなの。風邪だったらどうするの。あなたにもうつってしまうわ」
レティシアが恐る恐る言うと、ロジャーは豪快に笑った。
「心配してくれるのか、ありがとな。でもそんなこと気にしなくていいから」
車は30分ほどで王宮に到着した。ロジャーはレティシアをそのまま抱きかかえ、客間へ運んで行った。レティシアが「大丈夫よ、歩けるから」と言うのもお構いなしだった。そして客間のベッドにぽーんと放り投げ、後から着いて来たメイドに「後は任せた。丁重に看護しろ」と命じて去って行った。
レティシアは寒いのか、恥ずかしさで体が火照って熱いのか分からなくなっていた。メイドに促されるまま楽な服に着替えベッドに横たわる。やがて王族付きの医師が診察に来た。そこまでの病気ではないのにとレティシアは恐縮したが、これもロジャーが寄越したのだろう。予想通り疲労が原因と診断され、一晩王宮で休むことになった。しばらくして寒気が治まると、今度は発熱して体が熱くなってきた。すぐに気づいたメイドはすかさず氷嚢を持ってきてくれた。火照った体にひんやりした感触が心地いい。レティシアは、王宮の至れり尽くせりの対応に感謝した。
ウトウトしては目が覚めての繰り返しだったが、明け方になる頃にはある程度まとまった睡眠がとれるようになった。朝になり目覚めるとびっしょり汗をかいている。その分熱は下がったらしく身体も大分楽になっていた。
メイドに手伝ってもらいながら身体を拭き新しい寝間着に着替える。そして出された朝食をベッドの上で食べているとロジャーがやって来た。
「お姫様、お加減はいかがですか?」
おどけながら言うロジャーを見て恥ずかしいより安心する方が先に来た。レティシアは「昨日はありがとうございました」とベッドの上にいながら姿勢を正して言った。
「お礼はいらないよ。俺だって無理させたのが悪い。このくらいさせてくれ。ついでだから朝食も食べさせてあげようか?」
「それは結構です! 自分で食べられますから!」
たじたじとなったレティシアを見てロジャーはまた笑った。王宮内だと笑顔もリラックスした感じになることをレティシアは発見した。
「あの……本当に、期間限定の関係なのにここまでしていただくのは申し訳ないわ。契約内容に病気の看病は入ってなかったのに。私からも何かお返しをしたいけど何がいいか思いつかなくて」
「確かにそうだな。皇太子に看病されるなんて金の延べ棒が道端に落ちていることくらいありえないものな。これで一生分の運を使い果たしてしまったかもしれないぞ」
「冷やかさないで! こっちは真剣に考えてるんだから!」
頬を膨らませて抗議するレティシアを見てロジャーはクスクスと笑った。
「そうだな、じゃあ契約内容の一部変更と言うのはどうだ? その……」
しかし、言いかけたところでふっと真顔に戻り「いやいい。今のは気にしないでくれ」と話を打ち切った。彼が何を言おうとしていたのか、レティシアは分からず終いだった。
間違えて、現在連載中の「没落令嬢の細腕繫盛記~こじらせ幼馴染が仲間になりたそうにこちらを見ています~」をこちらに投稿してしまいました!そちらは削除して正しいものを投稿し直します!先に読んでくださった方申し訳ありませんでした!
この先どうなるの?と少しでも興味を持っていただいたらこの下にある☆☆☆☆☆の評価とブックマークをお願いします。




