外伝① ロジャーの結婚05
「ねえ、ねえ、姉さまが結婚したらうちもお金持ちになれる?」
「そうねえ……お金もそうだけど、あなたたちもいいところと縁組みできるようになるわよ」
「社交界でも人気者になれるかなあ?」
「ええ、もちろんよ。なんせあのロジャー皇太子の親戚になるんですからね」
家では母と妹たちが、捕らぬ狸の皮算用とばかりに都合よくバラ色の未来を想像している。そばで聞いているレティシアは冷や冷やするばかりだった。婚約解消したあとの彼女らのショックの大きさを考えると怖くて何も考えたくなくなる。当然レティシアへの当たりも強くなるだろう。その一方で、レティシア自身には何の価値もなくて、結婚によって得られる副産物ばかり期待されているのがモヤモヤした。
(私自身がなにかを成し遂げたわけでもないのに変な感じ……)
自分を認めてほしいというのではない、自分は何もしていないのだから無視されるのは当然だ。むしろ、すごいのはロジャーの方だ、もっと正確に言えばロジャーのお金だ。
そんなことを考えても仕方ないと割り切ることにして、レティシアは部屋に戻った。静かだった生活が急に慌ただしくなったので、自分の部屋にこもれる時間は貴重になってしまった。
(そういえば、最近学校の様子も見ていない……)
学校を建設するという夢は、レティシアにとって自分が自分でいられる貴重な場所だった。ここのところ、皇太子妃教育や社交続きで学校の様子が見られていないことが気になって、久しぶりに行ってみようと思った。先日、メラニーと少し口論になってしまったが、ほとぼりも冷めた頃だろう。そうと決めたらすぐに着替えて出発した。
「あら、レティ。久しぶりね。最近顔を見せないからどうしたのかと心配したわ」
一緒に活動しているルーシーがレティシアを出迎えた。
「なかなか来れなくてごめんなさい。工事が再開しているようでよかったわ。あともう少しね」
「それなんだけど、また支払いが滞っているみたいで、こないだまた工事が止まりかけたのよ。メラニーが何とかして事なきを得たみたいだけど」
「えっ? なぜそんなことが?」
レティシアは耳を疑った。ロジャーの援助は十分だったはずである。財務処理は全てメラニーに任せていたが、これは直接話を聞かなくてはならない。先日言い合いをしたばかりなので困ったことになったが、避けては通れなかった。
数十分してからメラニーがやって来た。レティシアが問い詰めると、メラニーはあっさり資金を横流ししている件を認めた。
「なんですって……! 支援団体の他の活動に使っていたってどういうこと?」
レティシアにとっては寝耳に水だった。まさか今までもそうだったのだろうか。驚くレティシアをよそに、メラニーは淡々とした様子だった。
「なにって、よくあることよ。学校を作るだけが目的じゃないもの。あなたそんなことも知らなかったの?」
「でも、ロジャー殿下の援助は、学校を作るためのものだから他の目的に流用しては駄目よ! そんなの分かり切ったことでしょう!?」
「分からないわ。今までやっていて問題なかったのに、急に駄目と言われても」
「少なくとも私は知らなかった。じゃあ聞くけど、その支援団体の人たちは今まで何か役立つことをしてくれたのかしら。ロジャー殿下以上の貢献をしてくれたとでも言うの?」
「あなた変ったわねえ」
青ざめるレティシアを冷めた目で見ながら、メラニーはため息をついた。
「ロジャー殿下、ロジャー殿下、って。あなたいつから体制側の人間になったの? 殿下だって婚約者のあなたのために援助してくれたのでしょう? そうでもなければ貧困層の教育問題なんて今でも無視してたわよ」
「そんなことないわよ! 確かに全てに手が届くわけじゃないけど、殿下だって貧困層の生活改善には精力的に動いてるわ。こないだだって孤児院を一緒に視察したばかりだし……この際どっち側とか関係ないでしょ!」
レティシアは懸命に訴えたが、メラニーの白けた表情を見て、今度ははっきりと自分は彼女らと違う世界にいるのだと痛感せざるを得なかった。ロジャーの婚約者となった時点で「あちら側の陣営」とはっきり線を引かれたのだ。それならなぜロジャーの援助を受け取ったのか。言いたいことは山ほどあったが、これ以上は感情が高ぶって涙が出そうになったので無理だった。泣いているところは見られたくない。そしてがっくり肩を落としたまま事務所を後にした。とうとうレティシアの居場所はどこにもなくなった。
次にロジャーに会う時が憂うつで仕方なかった。事の顛末を話さないわけにはいかないだろう。もしかしたら怒るかもしれない。それでも仕方ないと思った。すべてはレティシアが甘かったのだ。
次に会ったのは数日後の宮殿のお茶会だった。今回のお茶会はレティシアとロジャーが取り仕切った。お茶会が終わって二人きりになったところで話を切り出したが、ロジャーは別に驚いた様子はなかった。
「なんだ、そんなことか。まあ時々あるよな。慈善団体の振りして金集めだけするケースは」
「何ですって!? あなた分かって援助してたの?」
レティシアは信じられないというようにロジャーを見つめた。
「知らなかったけどよくある話だよ。約束したことだから余程目に余る状態でなければ、黙っていようと思った。あんたにも負担をかけてる以上、多少のことには目をつぶろうかと。なんだ、レティには知らされてなかったのか」
「知ってたら頼んだりしないわ! あなたを騙すようなことするわけないでしょう……でも結果的には同じことだわ。私は知らなかったなんて言い訳にならない。本当にごめんなさい。これを機に援助を打ち切って下さい。これ以上いただくなんてできません。約束の期限まで婚約者の振りは続けるので大丈夫です」
レティシアは素直に頭を下げた。本当なら、今まで貰っていた分も返還したいくらいだ。しかし、それは現実的ではないので、最低限の誠意を見せるためにもう援助を打ち切って欲しかった。
「何言ってんだよ? 貧困地区の子供に教育を受けさせたいんだろ? 『私は心の美しい人間です』とアピールしたところで誰も聞かないぞ?」
ロジャーは呆れかえるように言った。確かにその通りだが、それではレティシアの気が済まなかった。
「でもっ……! 人から寄付を募って運動をする場合は、使途を明らかにしておかなければならないわ。そうでないと信用を失って寄付が集まらなくなるもの。慈善運動全体のイメージが悪くなってしまう。こんなことを野放しにしていたら駄目」
「それなら今後同じようなことが起きないようにすればいいよ。そこはきちんとレティが話を付けて。ただ、今までの成果をふいにするようなことだけは避けなければならない。学校は必ず完成させろ。その後どう運営するかも含めて。いいな」
ロジャーはレティシアの両肩を持ちまっすぐ目を覗き込み、言い聞かせるように言った。レティシアは黙って頷くしかなかった。ロジャーの言う通りだ。子供たちには何の罪もない。何はともあれまずは彼らのことを第一に考えよう。援助金を横流しすることは止めなければならないが、目標は必ず実現させなければならない。
相手は皇太子だ。政治の現場に立ち、場数を踏んでいるのだからレティシアより先の見通しができるのは当然だろう。ロジャーと肩を並べられるとは当然思っていなかったが、それでもレティシアは自分のふがいなさを呪った。今回のことは自分の見通しが甘かったせいだ。寄付金の使途をメラニーに一任していた。学生時代の友人だからとメラニーを信用し過ぎたのがいけなかった。少しは目を配っていればこんなことにはならなかったはずだ。これでは世間知らずのお嬢様のおままごとと受け取られても文句が言えない。レティシアは、これからのことを考えるとため息しか出なかった。
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