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第36章 皇太子の初恋と令嬢のご乱心

学校が休みの日は、クラウディアは本館のティムのところに行って一緒に遊ぶことが多かった。この日もティムと一緒に屋敷の中をかくれんぼして遊んでいた。


「二人ともそろそろお茶の時間にしましょう。クラウディアさんも疲れたでしょう」


しばらく経ってからオリガ夫人が声をかけ、二人は1階へ降りて客間に向かった。ちょうどお茶とお菓子の準備がしてあり、小腹が空いたクラウディアはありがたく頂いた。


「おークラウディアも来てたのか。ちょっと暇ができて寄ってみた」


声がした方を振り向くとロジャーが立っていた。先日のリリーの話を聞いていたので少し身構えてしまう。でもそんなクラウディアの気持ちなど露知らず、ロジャーは当たり前のように彼らの輪の中に入って行った。


「はいこれ、お土産。ティムが喜ぶと思って買ったんだ」


「ありがとう! 今度はどこへ外遊に行って来たの?」


ティムは当たり前のようにお土産を受け取り、オリガ夫人もにこにこしながらお礼を言った。その様子を見ると親子のようにしか見えない。見てるこっちの方が恥ずかしくなってしまう。


「そういや、途中でイリヤにも寄って来たぞ」


「イリヤってどこ?」


「ティム知らないのか。お母さんの故郷だぞ」


「まあ、もう何年も行ってないわ。みんなどうだった?」


「元気だったよ。みんなオリガが元気でやってるか心配してたから大丈夫だよって言っといた」


オリガ夫人は懐かしそうに目を細めた。夫人の穏やかそうな表情を見つめるロジャーもまたリラックスしているようだった。そういう目で見れば、ここにいる時のロジャーは普段とは違いくつろいでいるように見える。そんな彼の様子はとても珍しいことに気が付いた。


「そうだ、クラウディアにも土産話があるんだ」


「なんですの? わたくしへの話って」


「ここで言っていいのか?」


「もったいぶらないでください。聞かれてまずい話じゃないんでしょう?」


「マックスが今度の新年舞踏会に出席する」


クラウディアはぴたっと固まった。ここでマクシミリアンの名前を聞くとは思ってなかった。マクシミリアンが来る……自分に会いに来る……まるで考えもしなかった。もうしばらく会えないと覚悟していたのに、いざ会えると聞くと逆に怖くなった。


「駄目! 会えない! 合わせる顔がないわ!」


「ええ? いきなり何言いだすんだよ!?」


クラウディアは両手を頬に当てジタバタした。それを見たティムとオリガ夫人は何があったのかとびっくりしている。


「だってあんな別れ方をしたのよ。絶交されたって文句言えないのに、どんな顔して会ったらいいか分からない……」


「向こうは何も思ってないと思うぞ。いくら何でも考えすぎだよ」


「向こうはよくてもわたくしが駄目……あれ? よく分からなくなってきた……」


クラウディアは自分でも何を言っているか分からなくなってきた。


「会いに来るんだから会っておけよ。ただ皇帝には要注意だぞ」


のぼせ上がっていたクラウディアに冷や水を浴びせるようにロジャーが言った。


「皇帝陛下が何かするの……?」


「こないだ言っただろう。確実に取りに来る気だぞと。新年の舞踏会で絶対何かを仕掛けてくる。もちろんマックスも全く警戒してない訳じゃないだろうけど、老獪な皇帝陛下相手にどこまで太刀打ちできるか」


クラウディアは今度は血の気がさーっと引いた。のぼせたり引いたり忙しいが、相手がマクシミリアンだと冷静になるなんて無理だった。


「ねえ、今話してる人ってクラウディアの婚約者か恋人なの?」


二人のやり取りを聞いていたティムが余りに無邪気すぎる質問をしてきた。


「いえっ! 違います! ただの友達っていうか……とにかくそんなんじゃありません!」


その質問は余りに刺激が強すぎた。しかもロジャーのいる前でされると気まずい。


「こらっ。人の詮索をするのははしたないですよ」


オリガ夫人がティムを諫めた。しかし、オリガ夫人には全てお見通しなのではとしか思えなかった。


「あの、わたくし用事を思い出したのでこの辺で失礼させていただきます。ティムごめんね。また遊びましょうね」


クラウディアは席を立ってそそくさと別館へ戻って行った。そして自分の部屋に戻るとベッドに臥せって枕を顔に当てた。しばらくそのままでいると、扉の外からアンの声がした。


「クラウディア様、ロジャー様がお越しのようですが」


「もう来てるんだがちょっといいかな」


「ちょっと! レディーの部屋に入ってこないでよ! すぐ降りるから下で待ってて!」


クラウディアはぷんすかしながら客間へ降りて行った。ロジャーはクラウディアの後を追いかけてきたらしい。


「あんなところでする話じゃないでしょ! 何を考えているの!?」


「もったいぶるなと言ったのはクラウディアの方だ。俺は言われた通りにしただけだ」


「ティムにまで見られて……恥ずかしいどころじゃなかったわよ!」


感情が高ぶってつい皇太子相手の言葉使いを忘れてしまった。ロジャーはそんなことにお構いなく話を続けた。


「それでどうするの? 陛下相手に無策で臨むの?」


「それって……皇帝陛下に立ち向かえってこと?」


「何も反旗を翻すわけじゃない。ただ何らかの手は打っておいた方がいい。俺もマックスは好きだけどマール王国の王子のままでいるべきだと思う。彼の存在は火薬庫のようなものだ。皇帝の計画通りになったら一気に政情不安定になる。クラウディアだってそれは嫌だろ?」


「わたくしは……マクシミリアン殿下が危険に晒されるようなことは起きて欲しくありません。ってことは殿下にこちらに来ないで欲しいと伝えればいいですの?」


「それは無理だろう。だって彼に会いたいだろう?」


「べっ……別に……ロジャー殿下はマクシミリアン殿下が来ない方が好都合でしょう?それなら……」


クラウディアは視線を泳がせた。なかなか口にできないことを言おうとする時の癖だ。


「俺は別にこだわってないよ。今回来なくても陛下はいつか必ず行動に出る。それなら今だって同じこと……ああそうか、もしかして俺の気持ち考えてくれたの?」


「そんなんじゃありませんってば!」


しかしクラウディアの顔は真っ赤だった。


「いやあ、俺のこと思ってくれるなんて嬉しいなあ。でもそんなつまらない理由でマックスに来るなとは言わないよ。正々堂々と勝負するのが俺のモットーだから。それに個人的にマックスのことは気に入っているし」


「そうなんですの? 初耳だわ」


「おとなしいとか押しが弱いとかみんな言うけど、あれはかなり頑固だし我が強いし人を動かすのも得意だ。王太子になっていたら相当期待されていたと思う。上に立つ者の資質を元々備えている稀有な男だ」


マクシミリアンをそのように言う人を初めて見た。クラウディアが思っているマクシミリアンの特徴を、ロジャーは数か月の滞在で全て見抜いていた。


「それなら何でアレックス殿下と喧嘩するようにけしかけたんですの? 相当根に持ってますわよ」


「ああ、あれか。2人だけの兄弟なのにお互いの顔色をうかがって腫れ物みたいに接してるのが歯がゆくてさ、真正面から向き合ってとことん話し合えと思ってアシストしたんだ。結果的によかっただろう?」


アハハと笑うロジャーの横顔をクラウディアは呆れて見ていた。


「とにかくさ、俺はクラウディアもマックスも好きだから変な心配しないでよ。あ、好きと言ってもそれぞれ意味は違うけどね」


「まあ、そんなことおっしゃっていても、オリガ夫人の話聞きましたよ。彼女の前だと安心しているようで穏やかな顔でしたわ。わたくしのこと口説いてる場合じゃないんですの?」


「ばっ……皇帝の妻だぞ。そんなのに手を出したらヤバいじゃないか……リリーに聞いたんだな。あのお喋りめ。ガキの頃の話だよ。14か15の頃。思春期でイキってて何かと反発してたんだよ。第二夫人と離婚になってその後嫁いだ第三夫人がオリガで。少し年の離れたお姉さんだから舞い上がったってのはある。まあ初恋みたいなもんだよ」


ロジャーの口ぶりからは過去の話だという感じだった。ロジャーにもイキってた時代があったなんて想像するだけでおかしい。


「では、皇帝陛下がどうしたらマクシミリアン殿下を諦めて下さるか相談しましょう。共同戦線ね」


クラウディアはそう言うと、人払いをして会話を盗み聞きされないように周りを確認した。そして話し合いは夕方まで続いた。


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